今を生きる自分に

蒼伊ゆう

第1話

 高校二年の春、がやがやと喧騒渦巻くこの四角い箱の中で、一人頬杖をつきながら窓の外を眺める、既に高校生活に諦めを見出している男子がいた。そう、僕である。端から見れば、達観系主人公気取りの痛いやつだと思われるかもしれないが、そこに関しては否定しておきたい。というのは、アニメを見たり、漫画、ラノベを読んだりするのが趣味の僕にそういう所が、所謂中二病的な側面が一つたりともないのかと言われれば決してそうではないからである。そして今僕がこうしているのはこれが一番姿勢的にも精神的にも楽、という至極単純な理由からだ。

 

 自分は何のために生きるのか、ということについて少し前から考えている。何だお前ただの暇人かと。そうではなくて、暇というよりもそれが僕に必要なものなんじゃないかと思って。あの日を境に、自分になにもないことへの虚しさや焦りが、段々と募っている。そんなものは誰だって感じているからと言いたくなる人もいると思うが、それでも今日、皆が立つことができているのはそれにうまく目を背けているからで、目を背けていない僕は偉いと言いたいわけではないけど、僕はそれができそうにないから、辛い。

 確かに、僕の過去にあったというものを捨ててしまったのは、僕自身であるのだから、今の心の良くないのは全て手前の責任だということは明確な事実だけれど。

 ふと、我に返って自分のネガティブさに呆れた。感傷に浸っているだけなのも良くないなと一度意識を外に向けると、休み時間で五月蝿い教室の中でも僕の耳にクリアに聞こえてきた声があった。その声がそういうふうに聞こえたのは音が高いからとか大きいからとか物理的な要因からではなく、ただ僕の脳が勝手に聞こえてくる音を取捨選択したときに、取の部類に判断したからだと僕は思った。まあつまり、嫌になるほど聞いた幼馴染の彼女の声に乗せて、その文章が発せられたのだから、聞こえないはずはないということだ。

「最近、絵の調子悪くて。あんまり上達してないんだよね」

 と、彼女が隣の席の友人らしき女子に言った。

 僕はその文章から読み取れる事実を知り、内心安堵していた。他人の不幸で安心するというのは一般的に、道徳的に言えば良くないことではあるのだろうが、誰だって今の僕と同じような心境に立ったことがあるはずで、だから誰も僕を否定することはできない。

 彼女は、友達の多い方ではなかった僕にとっては唯一無二の親友と言える存在だった。彼女も、僕を同じように認識していたかどうかという点については、まあそれは彼女の口から直接聞いたわけではないので、どちらかに断定はできないし、そうかもしれないという僕の推測は、所詮そうであってほしいという僕の願望でしかないのである。ただ、一つ言えるのは小学生からのつきあいで、それなりに仲は良いほうだったということ。家も隣だったのでよく二人で遊んでいた。

 だが、そんな仲もあの日からは過去のことである。物理的な距離自体は近かったので、そこから急に口を利かなくなったというわけではないが、日を重ねるうちに段々と、着実に、僕たちの心の距離は離れていった。寂しくないと言えば嘘になるが勝手に自分からあいつと関わることをやめたのに、今更寂しいから復縁しようと迫るのは都合がいいにもほどかある。第一、僕はあの時確実に、耐えられなかったから逃げたのであってその判断について別に後悔はしていない。

 キーンコーンカーンコーン

 その音が自分にタイムリミットを告げているようで不快だ。なんのタイムリミットかは自分でも分からないけど、急かされる感じが僕にはどうにも。また、これから退屈な授業が始まるのだなと、そしてこれがあと5回も続くのだなと思うと果てし無く憂鬱な気分で、もういっそ学校辞めたら楽になれるんじゃというマジでヤバメの笑えない考えまで浮かんできたので頬を軽く叩いて気を入れ直した。そこから放課後に至るまでの記憶は一切残っておらず、ただ今日も1日終わったという消極的な達成感と、帰ったら何しようという考えとで頭の中はいっぱいだった。


 家に帰ったら、スマホで動画を見たりゲームをしたりしているのだけれどここ最近はあまり楽しいという感覚がない。いや、厳密に言えば楽しいのだけれど、自分の中の何かが自分を我に返らせる。それでいいのか?と。今日もまた同じように。別にいいだろと言いたいが、そうでもない心も確かに存在しているので、何も答えを出せず止まっていた。

  ピーンポーン

 そんな中に響いた空気の読めないその呼び鈴の音を疎ましく思いながらも、来客を待たせるわけにはいけないという常識のほうが強く働いたようで、足は玄関へと向かっていた。多分このときには気づいていた。この田舎で平日にこの家を訪ねてくるやつなんて。なぜわざわざとも思ったけど、僕の足取りは少し軽くなっていた。そして、玄関までたどり着く。その扉の取手に手を伸ばし、少しの期待と少しの緊張、少しの嫌悪をもって開けた。案の定というべきか、そこにはもうほとんど言葉を交わさなくなっていた幼馴染の女子の姿があった。

「久しぶり」

「あぁ、久しぶり」


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今を生きる自分に 蒼伊ゆう @youkin_g

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