『閑話休題①』〜クィン氏の正体〜アガサクリスティの謎を解け!その5

@u86

〜クィン氏の正体〜アガサ・クリスティの謎を解け!その5

 クィン氏──ハーリ・クィン──とはいったい何者なのか?

 突如として現れ、事件解決の糸口を引き出し、消えるように去っていく。

 今回はクィン氏の正体と出没動機について考察したい。

 そのクィン氏の登場する物語は──全部で14編ある。

《謎のクィン氏》(短編集)の中に短編12

《愛の探偵たち》(短編集)の中に短編1

《マン島の黄金》(短編集)の中に短編1

 クィン氏は、関係者から事件の説明を聞き出し、特定の部分に同意を与えたり──復唱や確認をすることで──、説明者に“別の視点”を気づかせていく。

 そうこうしているうちに──説明者は重要な問題点を考え合わせ、事件を見事に解いていく。

 このクィン氏の正体について──《謎のクィン氏》(短編集)の【あとがきの解説】があるので、それを一部を抜粋する。

(前略)──

それは彼がこの世の人ではないからです。といっても、幽霊や生き霊、ましてや異星人などではありません。

──(中略)──

まさに時空を超越した超自然的存在。それが本書の「主人公」、ハーリ・クィンなのです。

──(後略)

 と書かれている。

 “時空を超越した超自然的存在”

 その通りなのだが、私はより明確に──クィン氏は“精霊”であると断定したい。

 西洋の精霊や幽霊は──日本のそれとは違い──実体があり、足もあり、人間と取っ組み合いもできる。

 なぜ私はクィン氏を“精霊”──もしくはそれに近似する存在──と断定するのか?

 理由はアガサクリスティが、小説の中にそれを示唆する内容を残しているからだ。

 具体的には『空のしるし』(短編小説)の中にある。──少し長くなるが、その部分を抜粋してみよう。

(前略)──

「あなたは謎めいたひとだ。きっとこれからも謎のままなのでしょうね。このまえ会ったときは──」

「ヨハネ祭の前夜でした」

 まるでその言葉が、彼にはよく理解できない手がかりであるかのように、サタースウェイト氏ははっとした。

「ヨハネ祭の前夜でしたか?」当惑しながら、彼はたずねた。

「ええ。でもまあ、そんなことはどうでもいいですね。重要なことではありませんから」

「あなたがそう言うのなら」サタースウェイトは相手の言葉にしたがった。その漠然とした手がかりが、彼の指のあいだからすり抜けていくような気がした。

──(後略)

 この部分である。

 サタースウェイト氏は、クィン氏の言葉から大事なものを感じとる才能を何度も見せている。

 もちろん、ここでもサタースウェイトは手がかりを感じとった。一方のクィン氏にとっては──前回の件の詳細などは、無用なことだった。

 ここでサタースウェイト氏は、重要な──クィン氏に関する未知の部分を明らかにする──情報を取り逃がしたことが分かる。

 ならば、その重要な情報──“ヨハネ祭の前夜”には、いったい何があるというのか──それを調べてみれば良い。

 そう──《聖ヨハネ祭の前夜には“魔女”や“精霊”が現れる》という言い伝えがあるのだ。

 サタースウェイト氏は、クィン氏が「重要でない」といったため、そこに思い至る隙(ヒマ)もなく、今後のクィン氏との再会予定へ話題を移してしまった。

 アガサクリスティが、事件とは無関係の内容をわざわざ挿入してまで、──サタースウェイトの指から重要なことがすり抜けていったと仄(ホノ)めかした。

 このことからアガサクリスティの中では、クィン氏は“精霊”として設定されていると考察できるのだ。

 また精霊には住所も家族もない──身元を証明するものもないので、公的機関での証言をすることができない──そこで奇縁の友人サタースウェイト氏に、事件解決の役を任せているのだろう。

 ──それでは次に、なぜクィン氏は事件の解決をしに現れるのか、を考察してみよう。

 これも、まずは《謎のクィン氏》(短編集)の【あとがきの解説】を見てみよう。

 一部を抜粋させていただく。

(前略)──

そんな不思議な存在ですから、彼には通常の意味での依頼人はいません。ではいったいどんな時に登場するのかというと、そこには明確な条件があります。それは、“愛し合うものたちが危機に陥り、ほっておけば破局が訪れることが避けられない場合”です。しかも事件が発生する前に、舞台に登場することも珍しくありません。どう考えても、予知能力があるとしか思えない摩訶不思議な存在なのです。──(後略)

 と書かれている。しかし、この件──“通常の意味での依頼人はいなくて愛し合うものたちの破局を防止するために現れる”、“予知能力を持っている”──ということに関して、私は異議を唱えざるをえない。

 世界中の愛の破局──何百万の破局──に、クィン氏が駆け回っているというのか?そんな慌ただしい様子は見られない。

 依頼について──、アガサクリスティは別の短編『海から来た男』(短編小説)において、クィン自身の言葉で──その現れる理由を──挿し込んでいる。

 その一部を抜粋する。

(前略)──

「もしもあなたがなにも知らないなら、どうして一昨日の夜、ここにいて──待っていたんです?」と、サタースウェイト氏は反論した。

「ああ、あのことですか──」

「そうですよ」

「あれは──たのまれてしたことです」

「だれに?」

「あなたはときどき、わたしのことを死者の代弁者だと言いましたね」

「死者の?」サタースウェイト氏はすこしとまどった。「なんのことかわかりませんが」

──(中略)──

「たかが死など!」クィン氏は吐き捨てるように言った。「あなたは死後の世界を信じているのでしょう?あの世でも、生きていたときと同じ願望や欲求をいだかないと、だれが言いきれますか?もしもその欲求が強ければ──使者が見つかるでしょう」

 彼の声がしだいに小さくなった。

──(後略)

 ここでいう“使者”とは、あの世にも行き来できる精霊クィン氏のこと。

 つまり生きている人のみならず、死んだ人でもあの世で強い欲求があれば、使者──精霊クィン氏──を見つけ出し、事件の解決を依頼することができる──といっている。

 クィン氏は──愛し合う二人の破局を防止するために、自律的に善行しているわけではなく──、特定の個人の“強い欲求”によって、依頼を受けて動いている。

 またクィン氏に予知能力まで持たせることは不要だ。もしそれがあるなら──神すら超えて、すべての犯罪を未然に防止できてしまうではないか。

 精霊クィン氏は、単に友人サタースウェイト氏の動向を調べ、偶然をよそおい出没するのだ。そして──、関係者の性格や状況から予測して、前もって危険回避の予防線を張っていると推論する。

 では今回の考察をまとめ、ひとまず結びとしよう。

・クィン氏は“精霊”であり、出没は自在で、人間のサタースウェイト氏に公的な解決役を任せている。

・クィン氏が事件の解決に現れるのは、依頼者の生死を問わず、その“強い欲求”──願望──によるものである。

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