第6話 ミラとサリナ、今更かよ自己紹介

「お嬢様、中々筋が良いですね。」


 少女は空いた時間を利用して件の家屋へと顔を出している。


 今はまだ準備期間であるため、表だって何かをしてはいない。

 

 奴隷の彼女が家屋を綺麗にして人が生活出来るようにし、少女へ暗殺術を教え込んでいる最中である。


 様々な折檻をしている家族達ではあるが、週に1日だけ自由にしていたのである。


 他のメイド達も休日があるため、何かがあって使用人に休日がないなんて事が国に知られると、色々と面倒だからである。


 勤務表だけ休みだけれど、実際は仕事をしているという悪どい事はしていなかった。


 それは、働き過ぎにより倒れて、国の医師などに掛かると面倒だからというだけであった。


 あれだけの傷を付けておいて、ろくに飲食もさせず痩せこけている身体で、週に一度の休みで他のメイド以上の事が出来ている事自体が異常なのであるが……



 聖眼により、疲れを除去しているから可能なのであって、普通の人であればとっくに倒れている。


 都合の良い家族や使用人達は、そんな違和感には気付かない様子だった。



「さ、お嬢様。お風呂入りますよ。」


 暗殺トレーニングの後は汗を流すための入浴が待っている。



「いや、貴女手つきがものすごくいやらしいから……」


「そ、そんなっ。合法的にお嬢様に触れられる機会をっ!」


 悲しそうな顔と全身アピールで彼女は残念がっていた。


 どういう熱意かわからないが、必死の説得で彼女は少女に懇願を繰り返す。


「……普通に背中を流すだけとかなら許可するけど。」


 傷だらけの背中に、普通のタオルでは痛みを与えてしまう。

 

 そのため、少し高額ではあるが、肌に優しいタオルを購入していた。


 始めのうちは優しく撫でるようにしていたが、やがてそれが変わっていく。


 少しずつ肌を密着、合わせるようになり、彼女は段々過度に肌を合わせるようになっていった。


「って結局貴女がタオル代わりになってるじゃないっ!」


 とどのつまりが奴隷の彼女は、自身をタオルに見立てて、自分の身体を使って少女の汚れを落としていったのである。


 動物が自分の身体を擦りつけ、マーキングするかのように。



「嫌とは言わないけど、もう少し遠慮しなさいよ。」


 仲のいい姉妹にしか見えない主人(13)と奴隷(16)。


 奴隷というのはもはや違うだろう、従者の彼女。


 冒険者として鍛えた身体を取り戻したからか、見事な美しい筋肉美であった。


 表面上の傷は一切なく、ドレスを着れば貴族令嬢とも見間違う程の容姿をしていた。


 ただし、お嬢様である少女への愛……敬愛なのかまでは微妙ではあるが、自らを癒してくれた少女のため誠心誠意尽くしていた。


 自らの暗殺術の伝授、それから家屋の家事全般、少女の世話と……


 ただ、それがやや行き過ぎている感は否めないと思う少女であった。






 二人共に湯船に浸かり、お湯に身体を浸していた。


 少女の背もたれとなっている彼女は、どこか恍惚とした表情で少女を抱えていた。


「そういえば……貴女の名前は?」


 奴隷商のとことで最初に見た時から、右目の魔眼でそれは見えてはいるのだけれど、少女は彼女の口から聞きたがっていた。


 少女の問に口を噤んだ。


 

「元の名前が良いのか、私が付けた名前が良いのか。」


 あえて元の名前を私が付けた風でも良いのだけど、と思う少女である。

 

 右手で湯を掬っては、指の隙間からお湯は逃げて腕を伝って湯船に戻る。



「そう。それなら貴女の名前は【サリナ】。特に何か意味があるわけじゃないけど、パッと見の印象で浮かんだ。」


 元の名前は【カリナ】である。元の名前に近ければ、自分が魔眼で視た云々は解消されるだろうと。


「私の名前はサリナ。はい、ありがとうございます。とっても嬉しいです。それでお嬢様の名前は……」


 名前を与えられた奴隷の彼女、サリナは満面の笑みで答えた。


 とても元Bランク冒険者や元暗殺ギルド所属とは思えない、とても可愛らしいものだった。


 それこそ、奴隷商が着させていた、あのフリフリが似合う程度には可愛らしいものだった。


「そういえば名乗ってなかったわね。」


 本名を名乗るのが阻まれたわけではない。しかしいずれ廃名したいと思っていたため、極力名乗らないようにしていた。



「リュドミラ=デル=フィレンツィア、この町を含むこの国南部にある伯爵家の長女よ。いずれ苗字は廃するつもりだけど。」



「そうね。ミラとでも呼んでちょうだい。」


 家族に虐待され続けている少女、リュドミラの愛称である。


 尤もミラと呼んでいたのは、母親と今は実家に戻っている乳母くらいのものである。


「それでは、公式の場ではミラ様とお呼びしますね。今はなくとも、いずれそういう機会があるという事でしょうし。」



「察しが良いわね。名前でもお嬢様で好きな方で良いわ。まだその時は訪れないし。」



「ただ、そうね。来月メイドが一人長期休暇を取るみたいなの。そのまま戻らなくても、もしくは別の誰かと入れ替わってもあの人達は気付かないでしょうね。」



「入れ替わると言うと……私でしょうか。それとも……」


 少し悲しそうな顔をしてサリナは訊ねた。


「それはまだ決めてないわ。でもここの維持も必要だし、そろそろもう一人か二人、奴隷を見繕いましょうか。」


 近い未来を想定し、ミラは展望を伝える。


「それは覚悟をしなければいけない事ですが、やっぱり若い女の子で?」



「なんでそうなるのよ。でもまぁ、貴女のように普通では売れない奴隷の方が良いでしょうね。」



「……もしかして宗教でも作ろうとしてますか?お嬢様。」


「だからなんでそうなるのよ。」


「だって、もう諦めていた欠損が治れば普通は崇拝しますよ。この方は神か!と。」



「そりゃそういう人達からすればそうなのかもしれないけど。私がやろうとしてる事は、普通の人からすれば許されない事よ。」



「でも、お嬢様のその……」


「クソ家族でもカス家族でも、どう言って貰っても咎めたりはしないわ。実際私がそう思ってるもの。」


「お嬢様のその可愛らしい口から、クソとかカスとかいう言葉は似合いません。」


「じゃぁ、クソ家族ヘドロとかで。」



「お嬢様を虐げる者達がどうなろうと関係ありません。私にとってはお嬢様こそ全て。直接は見てはいなくとも、私の中でも怒りが沸々と怒りが沸いてきます。」


 先程、もう既に何度も見たミラの身体の傷の数々を思い出して、サリナは怒りを口にする。


「作戦執行中は表には出さないでよ。」


「心得ております。」


 そして湯船から上がった二人。


 ミラの身体を綺麗なタオルで拭いていくサリナ。


 身体を洗う時はやらしい手つきだったのだが、お湯を拭き取る時は普通に拭き取っていた。


 筋肉の量と身長以外はほとんど身体付きの違いのない二人。


 ミラの傷がなければ、ミラが年相応に飲食が出来ており年相応の肉付きをしていれば、二人は姉妹と言っても過言はないくらいだった。


「お可哀そうに……」


 ほぼ平坦な胸を見ながらサリナはミラを慰める。


 しかしそれがブーメランな事をサリナは失念していた。


「何故胸を見ながら言ってるのかしら?それはそのまま貴女にも当てはまってよ?」

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