第5話 ヤバイ兆しのある腹心の確保

「……」


 

「……」


 暫く沈黙が続く。



 外の光が玄関の中を照らしている。


 奥に見える階段が2階がある事を示しており、蜘蛛の巣などが現在掃除が行き届いていない事も表していた。



「何を言ってるのこの人はってところかしら。じゃぁこれはサービス。」


 少女は彼女の顔に巻かれている包帯を無造作に巻き取っていった。


「なっ」


 何をするとでも言いたかったのか。しかしその声は随分と可愛らしい声であった。

 

 奴隷商が着せてくれていたこのフリフリの服が似合う程度には。


「随分と可愛らしい声ね。」


 包帯の無くなった左目のあったところは陥没しており、本来は美しい顔だったろうに、目と頬の傷でそれらは失われていた。


 少女が聖眼でその眼を見ると、みるみるうちに変化が表れている。


「いきなり開けると痛みを感じるかもしれないけれど、光が入ってるとはいえそこまで明るくないから大丈夫かしらね。」


 13歳という若いとは思えない言葉使いの少女、車いすに座る彼女は戸惑いと疑念を隠せなかった。


 微かに動く身体と、今の言動。


 一体何を言っているのかわからず戸惑うが、左目の違和感に直ぐに築いた。




「み、見える……」


 ただし、その眼はまだ光を苦手とするのか、直ぐに瞼を閉じてしまった。


「じゃぁこうして暫く被せるから、徐々に慣れさせようか。」


 どこから取り出したのか、もう一つのフードを取り出し、彼女の頭から被せた。


 暗闇から徐々に慣れさせ、部屋の明るさになれるまで数十分。


 目の慣れと落ち着きを取り戻すには充分な時間だった。



「それで最初の質問の事だけど。何かやりたい事、やり残した事、そういったものはあるのかしら?」


 彼女は考えているのか、俯いて暫く無言が続いた。


 少女はそれが伝わったのか、無理に返事を待つ事はせず、彼女が言葉を発するのをじっと待った。


 彼女は考えた。潰れた目が見えるようになった。それは失った眼球が戻ったのか作られたのかはわからないが、また見えるようになった事。


 それはつまり、切れた足の健、裂かれた頬の傷、失った利き手である右腕もどうにかする事が出来るという事ではないかと。


 そして、それらを成して、自分に何かをさせたいのだろうという事。


 

「別に、倒しそこねた目標にしてる魔物なんていないし、自分をあんな姿にした事で暗殺ギルドとの関わりももうないに等しい。」


「目標とかやりたい事なんて……」


「それなら、私のために生きてくれないかしら。手となり足となり目となり、私の腹心として良きパートナーとして。」


 少女はそれが目的でこの奴隷を購入したのである。


 自分だけでは成しえない事のために、補助する人物が必要であるために。



「私の目を治してくれたのだから……私は貴女に反しようとは……」


「そ。さっきのは私の力をわからせるためと、話をスムーズに進めるためのサービスみたいなものよ。私の元でちゃんと働くというのならば、その足も腕も頬の傷も、その他の傷も綺麗にしてあげる。」


 そして、少女は彼女の足、頬と治していき、内臓等の内側を治し、最後に失った腕を治した。


 彼女が少女を見る目が既に淀んだものではなく、女神でも見るかのような羨望に変わっていた。





「それじゃぁ、これを見て貰おうかしら。今の貴女なら両目でしっかりと見えるでしょう。」


 ふぁさっと布が地面に落ちる音が木霊する。


「なっ……」


 一糸纏わぬ少女の裸体が、車いすの彼女の両目に映し出された。


 少女の正面には数々の鞭の痕、腕、胸、腹、太腿、首から下には何かしらの痕が残されていた。


 そして少女は回れ右をして背中側を見せる。


 正面側が可愛いくらいの傷跡が背中や尻には残酷に残されていた。



「それは……」


「父、義母、義妹、使用人達……それから、形だけの婚約者、この国の王族の一部、私に傷を付けたほぼ全ての者たちに復讐を、徹底的に復讐をしたいの。」


 かつて何度か王族への謁見や茶会に連れていかれた事がある。


 その時に味わった屈辱は、家族達から程ではないにしても、とても惨めなものであった。


 茶会の場にて、王女の言葉により令嬢達の前で全裸にさせられ、傷の全てを晒された事がちょっとした惨めで済むはずもないが。


 それを煽ったのが義妹である事は言うまでもない。



「傷を消せるのに消さないのには、もちろん理由があるの。今身体の消すと、この能力を良いように利用されるのを防ぐため。それと、傷を見る事で復讐心を失わせないため。」



「それで……私をこのようにして治して、何を……」


「さっきも言ったけど、貴女には腹心となって貰いたいの。まずはこの家屋を綺麗にする事かな。今後多分人が増えるだろうから。」


 そして、一部の計画を彼女に伝えた。


 聖眼で彼女が裏切らないであろう事は、はっきりと視えていた。


「事が動くまでは、貴女はこの家屋で過ごして。お金は金庫に入れてあるから。」


 帳簿はきっちりと記載しておくように伝える。


 元は父の不正な金をちょろまかしたものだが、現在いくらあるかは把握している。


 これまでの使用は、この家屋を買うためと、奴隷の彼女を買うためにしか使用していない。


「掃除道具どかも未購入だから、人が生活する必要経費を惜しまなくて良いから。」


 ちょっとした衣服や下着なんかは、いくつかこの家屋に持ち込んである。


 買い物にいく恰好がないのは不便であるからだ。


 奴隷商が彼女に着せたフリフリは……正直何度も着るものではない。


 彼女には是非メイド服を着て貰いたいという一心があった。


 暗殺メイド……良い響きだなと内心で思っている少女である。


 腹心で仕えてもらいたいだけでなく、メイドとして、暗殺技術の伝授等、彼女には様々な事で利用したいのである。


 

「お嬢様のためなら火の中水の中、酸の中だろうと身を賭して働きます。」


 少女の傷を見てからか、彼女の言葉には敬語が混じるようになっていた。


「お、おう……命は大事にね。」


「あと一つだけ……暫くは人を増やさないでいただきたいです。暫くはお嬢様と二人っきりで……」


 何やら怪しい目の輝きを見せる奴隷の彼女であった。




「それと、これは感覚的なものでしかないのですが……」


「もしかして、私処女に戻りました?」


 暗殺ギルドにいる時、失敗した罰として何人もの男達に回されていた時期がある。


 彼女は冒険者としても暗殺稼業としても、女としても全てを失っていたのである。


「あ、うん。目には見えない箇所も治したからね。」


 しばし彼女と会話をする事で、少女の口調は年相応の少女のものへと変わっていた。


 彼女の言う処女云々だけでなく、内臓の爛れや潰れた箇所、裂傷箇所なども治している。


 だからと言って、毒耐性などのスキルは残してあるので問題はない。


 そして聖眼の眼力はほぼ万能であった。

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