第2話 回収船メルチェーデ号
やっとの事で終業の鐘がなり最後にもう一振りしたクワを手前に引いてから身体を起こした。
「う〜ん、イタタ……」
背中を反らし腰をトントンと叩いている姿が年寄り臭いとピッポは言うけれど痛いものは痛い。
ふぅ~と息を吐いてからしゃがみ込み汚れた手袋でいま掘り起こした足元の貝とか石とか色々な物が入り混じった辺りを探るとコロリと小さく少し歪な四角い物が手前に転がる。
「最後に出たか、今日はツイてる」
近くに誰もいない事を目だけで確認してニヤけそうになる顔を目深に被った帽子で隠すようにし、それを拾い上げてポケットへ入れる。
「モタモタするな!早く上がらねぇと閉じ込めっぞー」
向こうで監視屋の白髪頭のマルコが面倒くさそうな顔で叫びながら手を振りみんなを出口へ急がせる。
言われなくったってわかってるよ、と言い返したいけれどこっちは一日働いてクタクタだ。何も言わずにマルコの横を通り過ぎ暗い階段を先に歩く大人達の後ろについて上がって行く。
手に抱えた箱には今日の成果が幾らか入っているがさっきの以外は大したものは見つかってない。
今日はこのまま帰ろうとカウンターの前を素通りしようとすると鑑定屋のジャックが誂うように声をかけてくる。
「エメラルド、今日もタダ働きか?」
「うるさいな、直ぐに大物を掘り当てるよ」
「期待しないで待ってるぞ」
この御大層なエメラルドというのが私の名前だ。
短く切った髪にいつも薄汚れた服を着て帽子を目深にかぶっている。どこから見ても名前以外は男にしか見えないだろう。
キッと睨みつけたけどジャックはヘラっと笑って誰かがカウンターの上に置いた箱の中身を取り出して調べ始めた。
その様子をチラッと見て直ぐに扉をくぐって通路へ出た。
回収場では今日も誰も大した物を見つけていないはずだ。もし大物が出たら大騒ぎになっているはずだから。
少しホッとしたような気持ちで通路をどんどん進み近道である突き当りの細い急な階段を上る。箱とクワを小脇に抱え階段というより梯子のようなそれを延々と上ると居住区域の第四デッキの端に出た。
船の右舷の船首側にあたるここから近い二区に私の住む部屋がある。オジジとその孫のリュディガーと一緒に暮らす私は二人とは血の繋がりはない。
物好きなオジジはリュディガーと二人で暮らしていたが私を『一人も二人も大して変わらん』と言って引き取ってくれたらしい。
私は回収場に引き込まれた雑多な回収物の中で見つけられた赤ん坊だった。
物心ついた時に私が拾われた子だという事は周りの人達の会話から自然と耳に入った。オジジに「私は拾われっ子か?」と聞いたら「それがどうした?」と言われ、兄だと思っていたリュディガーに同じ様に聞いたら「俺に妹はいない」と言われた。
ちょっとショックだったがそれまでとそれ以後と二人の態度は全く変わらず、ちょっと拗ねていた私は段々と馬鹿らしくなりもうその事は気にしなくなった。
オジジもリュディガーも別に私にキツく当たる訳でも無駄に甘やかして来るわけでもない。生きていく為に面倒を見てくれ必要な事を教えてくれた。
ともすれば自分は勿論、他の誰かの命も危険に晒される船での生活は生やさしいものじゃない。
ここはブルーズシーと呼ばれる大海の真っ只中。
回収船『メルチェーデ号』が私が育った場所だ。
回収船とは海に漂う漂流物なんかを船底にある回収口から引き込みそこから価値があるものを選別する船の事だ。
海の漂流物の回収を目的とし、海底に沈む遺跡から遺物を浮上させ回収口から取り込む為に表面を削る回転式の掘削機が繋がれてある。掘り起こされた遺物を回収し、魚や貝や海藻の他に木屑や石等色々な物が混ざり合っている中から何か価値あるものを探し出す。それが私の仕事だ。
ただのゴミさらいと言う奴もいるし、発掘屋と呼ぶやつもいるが正式な名称は知らない。
私としては夢がある発掘屋と呼ばれる方が気分が良い。
回収船の中で一番多くの人が働いている場所で一番稼げるポイントの落差が激しい仕事だ。
発掘屋の主な獲物はキューブと呼ばれる魔晶石の欠片だ。色々な種類のキューブを組み合わせて魔晶石を作りそれを使って魔導具を動かす。
回収する中から発見されるキューブは小さな石に見えるがただの石ではない。
いかにも人工物らしく立方体であることが多く、色も大きさも様々。基本は赤、青、黄の三種類が見つかることが殆どだが稀に真っ黒いキューブが見つかることがある。黒いキューブが一番ポイントが高いが私はまだ見たことはない。
ポイントとはこの船での貨幣のようなものだ。実際に船での生活で貨幣を使うと閉鎖された空間である船内で諍いが起こりやすい為、ここでの支払いは全てポイントで賄われ管理は船長のモッテンがしている。
メルチェーデ号には凡そ二千人が乗船している巨大な船だ。船である事は確かだが人によっては動く島と呼ぶ事もある程の大きさだ。
基本的には申請を出せば乗り降り自由だが大海原で突然降りると言われたって当然無理なので、実際は定期的に接触する食料やなんかを運んで来る貨物船やキューブを回収しにくる政府の回収部隊の高速艇が来た時に限定される。定期便が来る度に二、三百人ほど入れ替わるのが常だ。
船を降りる時にポイントは貨幣に精算される。それを持って陸地へ向かうのがこの船から降りる真っ当な手段の一つだ。
なんの装飾もない通路を慣れた足取りで軽快に進む。この時間の居住区域に入ると狭い通路を多くの人が行き来している。
すれ違う時はお互いに身体を横向きにして避けながら進む。部屋へたどり着くと鍵を差し込みドアを開けクワと今日の成果が入った箱をすぐ横の棚に置く。
「ただいまオジジ。ご飯取ってくる」
姿は見当たらないが居場所はわかっている。
「おう、おかえり。リュディガーは夜勤だから二人分じゃぞ」
二段ベッドの下段から声だけで返事を返してくる。
「うん、わかってる」
私達にあてがわれたこの部屋は、元は二人用で二段ベッドの上下にオジジとリュディガーが寝ている。
私も小さい頃はリュディガーと一緒に上段のベッドで寝ていたけど、リュディガーが十三才になり身体がどんどん大きくなった時に分けられてしまった。
当時、私はまだ八才で一人で寝るのを嫌がったが『いい加減一人で寝ろ』とリュディガーに却下された。それからは部屋の奥に作られた間仕切りの向こうで一人で寝ている。
発掘屋の終業時間は熔鉱炉の仕事の交代時間でもある。リュディガーは熔鉱炉で働いていて、今夜は夜勤のため既に食事を済ませて仕事に向かったんだろう。
ごった返す食堂から二人分の食事を載せたトレーを持って部屋へ戻って来た。周りにもチラホラ食事を手に部屋へ入って行く人の姿が見える。二区は家族連れが多く、騒がしい食堂より狭くても落ち着いて食べられる
独り身の多くは一区で、大抵個室が無く八人部屋で暮らしている。そこは二段ベッドが横並びに二つ、向かい合わせに計八台並べてあるだけの空間で、実質ベッドの上だけが自分の部屋だ。稼いだポイントを多目に払えばマシな部屋も借りれるが、船には色々な事情で金がない奴ばかりの集まりだからみんな借りたがらない。
部屋なんて寝に帰るだけの空間だし、金が貯まったら陸地で暮らすというのがそいつ等の目標みたいなもんだからポイントの無駄遣いはしない。
「持ってきたよ。一緒に食べよう、オジジ」
部屋に戻るとオジジが二段ベッドの下段から顔を出した。
「あぁ、すまんな」
ベッドから下りて普段は壁に立て掛けるように収納されている折りたたみテーブルを出してそこへトレーを置いた。オジジはベッドの下に収納してあったイスを取り出して座るとグンと伸びをしてから眼鏡を外して目頭をつまむようにしてグイグイ揉んでいる。
「あんまり根つめないでよ」
「あぁ、それじゃ頂くとするか」
オジジが食卓に向かって軽く頭を下げる。私も帽子を取ると同じ様に頭を下げてから食事を始めた。
皿の上にはパンと焼いた魚か硬い肉、茹でた芋が定番のメニュー。これに野菜の酢漬けが添えられている。船の上じゃ贅沢な料理は食べられ無いと皆は愚痴るけど、私はこれしか知らないから別になんとも思わない。けど定期便が来た時期だけ出る新鮮なフルーツは確かに楽しみではある。
大海原でポツンと浮かぶ船の上で、きちんと食事が取れる有り難みを忘れちゃならんぞというのがオジジの教えの一つだ。
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