窓のノック

伊田 晴翔

窓のノック

 コンコンコン。三回ほど、ノックの音が聞こえた気がした。

 生徒たちは皆、帰宅したはずだった。教室には私だけ。

 音がした窓のほうを見る。暗い空の背景がスクリーンになって、電気のついた教室を映し出している。

 もちろん気のせいだと思い、私は成績つけの仕事を続ける。教師の業務は疲れることばかり。卒業学年の担任は、特に。

 腕時計を確認する。いつの間にか、時刻は午後八時を過ぎていた。そろそろ帰ろう。

 コンコンコン。また、ノックの音。

「開けて」

 クラスの人気者、優花ゆうかさんの声だ。

「開けて」コンコンコン。「ねえ、開けてよ」

 その声はたしかに、優花さん。

「優花さん……なの?」

「そうだよ。先生、開けてよ」

 私は今の三年生たちを、一年時からここまで面倒見てきた。特に優花さんは思い入れのある生徒だった。一年生のとき、放課後にこうやってよく、一階の教室の窓をノックして勉強を教わりにくる努力家だった。頭がよく、「将来は人の役に立ちたい」と言う優しい子だった。

 コンコンコン。

「勉強教えて、先生」

 背筋がゾッとする。優花さんの声がするなんて、そんなはずはない。

「優花さん。もう、それはできないのよ」

 ここは三階。窓の外に足場はない。優花さんの声が聞こえるはずなんて、ない。

 コンコンコン。

「先生、開けて」

 ペンを置く手が、震えている。私は、涙を流していることに気がついた。

「今まで、勉強頑張ったね。えらかったね。優花さん、さようなら」

 そう告げると、ノックの音は止んだ。

 優花さんは亡くなってもなお、とても優秀で、聞き分けのいい生徒だった。


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窓のノック 伊田 晴翔 @idaharuto

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