第14話 「闇に揺れる決意」

 1.密謀の影


 月が雲間から覗く夜更けの日本橋長屋。

 千代婆の占い屋の蔵で、静香たち忍が密やかに集まり、作戦が

 練られていた。


「百合、急ぎ知らせることがあると言っていたな 」

 千代婆の声に、百合は一度瞬きをして、


「はい、吉原の華玉楼かぎょくろう地下に阿片窟を見つけました」

 百合は声を潜める。


「そこで密談を聞き、どこかに火を付け、その隙に阿片を運び入れるという

 話があるそうです」


「どこに火を付けるかは? 」

 小太郎の問いに、百合は僅かに首を振った。


 千代婆は手元の燭台をわずかにずらし、ため息交じりに、

「わしらが火を止めるのは難しかろう」


 皆それぞれ歯がゆい表情を見せると、


 「異国の船はどこに着くか見当は付くかい? 」

 百合が気持ちを切り替えるように、男衆に投げかけた。


「ああ、二、三カ所は……」


 小太郎は歯切れの悪い口調で続ける。


船手頭ふなてがしらの同心が、異国の船を手引きしてるらしい」


 半次が顎に手をやりながら割って入る。


「あっしも歌舞伎小屋あたりで異国人を見かけたな、例の『亀の印』も」


 静香は根本的な疑問を投げかける。

「鎖国しているはずなのに、どうして? 」


 その問いに、一瞬の沈黙が場を支配した。誰もすぐに答えられなかった。


 やがて、千代婆が静香に口を開く。

「表向きは鎖国だが、小太郎の話からすると、お上の役職が次々と懐柔されて

 幕府は開国したと見て間違いないじゃろう……」


「えっ」

 千代婆の言葉に全員が顔を見合わせた。

 小太郎は黙ったまま拳を握りしめ、静香は目を見開き、


 (幕末でもないのに開国したとは……幕府にも焔影一族の影響が? )


 静香の疑問に、重い口調で千代婆が

「裏では異国と手を組んでいる……と噂されておる」


 険しい顔で頷く皆を見ながら、さらに千代婆は続ける。


「小太郎は水揚げの下手人と運び先を見定めておくれ。

 半次は人形町の歌舞伎小屋で怪しい者を、

 お静、百合、お咲は吉原に戻って華玉楼と阿片の動きを見張り、

 わしは火消し役やお奉行達の話を集める、

 何かあったらすぐ知らせるんじゃ」


 それぞれ厳しい顔で立ち上がり、

 音もなく、これから起こる事に備え始めた。


 2.吉原の警戒


 吉原では湿り気を帯びた風が灯籠を揺らし、玉響たちの陰を落とす。


 事前の打ち合わせ通り、玉響(静香)と禿(お咲)が華やかな着物で、その香り

 に誰もが振り向き視線を集め、仲の町を練り歩き、黒装束に身を包んだ

 百合は屋根上から、その立ち居振る舞いを見守りながら、異変がないか

 警戒していた。


 華玉楼の前を通り過ぎ、ふと裏手を見ると、なにやら男が遊女を負ぶって

 いるではないか。玉響が近づいてみると、かつて話をした禿が、心配そう

 に佇み見送っている。


「どうしたのかえ? 」


 静香が玉響の声音で問いかけると、禿は驚いて顔を上げた。


「玉響様……くすし殿が急に来られまして、具合が悪いので

 医療所で診ると申されて…」


 と禿が小声で答えた。表情は不安に満ち、医者と名乗る男が急に現れた

 事への疑念が垣間見えた。


 黒い頭巾を被った医者は、不自然なほど落ち着きなく周囲を警戒する

 ようなそぶりを見せていた。


 お咲は、すかさず屋根上の百合に合図を送ると、連れ去った男達の後を

 追いかけた。


「はて、医が突然とは珍しいこと。わっちが見て行きなんす」


 玉響が静かにそう告げると、禿はほっと息をつき、

 少し気が楽になったように見えた。


 花魁を負ぶった男たちは、人目を避けるようにして、羅生門河岸の方角へと

 歩みを進めていく。百合は上から併走し、玉響は焦りを抑え、所作を失う

 事なく付いていく。


 吉原では下級の遊女が集まる切見世の前で立ち止まった。すると、中から

 見目麗しい男が出てきた。


「上手くいったようだな。花魁は預かろう。これで人目をらせる

 これから火を付けるから、荷揚げをしろと知らせに行け」


 男たちは頷き急ぎ足で、そのまま夜陰に紛れて去って行った。


 それを聞いた百合は、すぐさま動き出した。物音ひとつ立てずに

 屋根を駆け抜け、仲間へ知らせに吉原を後にする。


 静香は玉響を忘れ、お咲の方に振り返り、声を潜めて

「ここで戻って、お咲。ここにいたら危ないわ。すぐに着替えて

 吉原を出るのよ」


 静香の顔から優雅さが消えたのを見て、頷いたお咲は

「姉様……ご武運を」


 その一言が、静香の中で何かが切り替わる。艶やかな衣装の下で、

 陽炎の力に勇気をもらい、玉響の柔らかな物腰が、くノ一の

 研ぎ澄まされた緊張感に変わっていく。


 ぼんやりと光る灯籠の薄明かりに目を細め、どこか不穏な空気が漂う

 吉原の夜が、やがて炎に包まれるかのように感じた。



 3.九郎助稲荷くろうすけいなりの決戦


 その夜は風が遊び、飛び跳ねる。

 湿った空気は消え、多くの客を吉原へ呼び込むようだった。


 先ほど、指示を出した男は九郎助稲荷に近づき、

 花魁を前に座らせた。

 さらに他の仲間二人は桶を持って裏手に回り、何かを撒き始めた。


 (ちょっと待って! 花魁のせいにするつもり? )

 静香は何とかしないと不味いと、焦る。


 指示役の男が、ほこらの裏で火を付けた。その刹那、

 静香は全身に気を込め、自身が突風になるイメージを描いた。


 シュッと目にも留まらぬ早さで

 静香が病の花魁を抱えようとしたその瞬間、


「邪魔するな」


 指示役の男がそう言うと、辺りは反転したかのように色を失い、燃え始めた

 炎は青白く広がる。


 その男の足元から紫の影が幾筋か伸び、静香の足に絡み、冷たい鎖のように

 縛り上げ、じわりと骨までみ込み、恐怖が心臓を冷やす。


 すると、影の一つが禍々しく、黒光りした槍のように変わり、

 静香の背中めがけ飛んできた。


 突風のように裏から心臓を一突き、


「グサッ! 冷たい槍が静香を突き、ガキーン! だが陽炎の力が

 鋭くそれを弾き返す」」


 血しぶきとともに槍のような穂先は弾き返され、

 静香に絡みついていた影も陽炎の力がその冷たさに応じて燃え上がり、

 影が小さな炎に焼かれていく。


 静香は致命傷には至らなかったが、とっさのことで、判断が少し遅れ

 背中の痛みで、気を失いそうだった。

(花魁をかばいながら戦うには不利すぎる……衣装が動きづらい。どうしよう)


「やれるさ、陽炎の力を信じてみな」

 静香のお守りからサルの声がした。


「ほう、なかなか面白いじゃねぇか。これならどうだ? 」

 男はさらに槍、、短刀、クナイの形をした影を無秩序に飛ばし始めた。


(お願い、陽炎。花魁を、あの影から守って! )

 カッと目を開いた静香は、大きく手を広げると、影が共鳴している。


おそれよ、その影、全てを照らす」

 静香の体から熱気が広がり、影がその周囲を歪めて揺らめく。

 その度に影がパチパチと音を立てて火花のように消えていった。


 しかし、陽炎の力も消えてしまう。


 男の羽織にしつらえた、亀の家紋が光り、

「見つけたぞ。陽炎の力。『太陽の光』ここにおったか」


 華玉楼の地下で聞いたその声。

 蓬莱幻影の声は冷たく響くと同時に、静香は呼吸が浅くなるのを感じた。

 彼の存在そのものが、辺りを呑み込む闇であるかのように。


「ひっひひ、陽炎の力はたいしたことないようだな。蓬莱幻影そうだろう?」

「神楽院 真央かぐらいんまおよ、おまえの『月の光』に相対する力だ。

 しかし、今のままでは勝てまいな、陽炎の者よ」


 静香は自分の未熟さに歯がみしながらも、『月の光』という言葉に驚くと、

 首から提げたお守りが反応する。


「蓬莱幻影。いや、東王公とうおうこう、やはりおまえの仕業か。

 こいつに『月の光』を与えたんだな? 」


「サルタヒコか……忌々しい。またも邪魔をする気か? 真央、

 目的は果たした。この場は退くとしよう」


 九郎助稲荷の鳥居は火に包まれ。今にも崩れそうだ。

 そばに居た花魁を抱え静香は走り出した。


 すぐ近くの京町二丁目に火が回り始めているそばを駆け抜ける。

 火事の余波で吉原の喧騒や人々の叫び声が聞こえる中、


(きっと止められたわ! 私がもっと強ければ)

 静香は血の味を感じる息づかいをしながら、崩れ落ちる鳥居を見つめた。


「強くなりたい」


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