第80話 Crescent(20)
なんだかドキドキした。
自分が小学生の頃を考えたら
もう先生に怒られてばっかりで。
一度、みんなでふざけて遊んでいて、箒で学校の窓ガラスを割ってしまい
めちゃくちゃ怒られたあと
学校に親が呼び出されて、その後も家でめちゃくちゃ怒られたりと
ロクな思い出がなかったりする。
通知表にはお決まりの
『落ち着きがない』
が1年生から6年生まで、消えることがなく
学校は先生に怒られた思い出しかないような気がしてきた。
しかも
ここは自分が卒業した小学校。
校舎が建て替えられたりして、雰囲気は変わっているけれど
昔を思い出すのには充分すぎた。
「お待たせしました。 担任の吉沢です。」
シンとした教室に現れたのは40代半ばくらいのベテラン風女性教師だった。
「・・樺沢です。 いつも息子がお世話になっております。
職業病なのか
お辞儀を必要以上にしてしまう。
「お父さまもお忙しいのにわざわざ来ていただいてありがとうございました。 どうぞお座りになって下さい、」
「・・いえ、」
子供用のイスが非常に小さくて窮屈だった。
「暖人くんは元気ですし、お友達ともよく遊んでいますし。 それでいて授業中はきちんと集中しているので、・・そうですね、特に何も言うことはないです、」
担任はそう言って笑った。
「え・・あ・・そうですか。」
ものすごくホッとした。
「遊びは遊び、話を聞かなくてはならないところの境目がきちんとわかっているお子さんですね。」
そんなにホメられて、非常に照れる。
「おうちではどんなお子さんですか、」
逆に聞かれて
「よく学校であったことを話してくれます。 学童クラブから直接私の実家に帰るので、私の帰りが遅い時は夕飯もそこで済ませてるんですが、時間に余裕があるときは私が迎えに行って家に戻って夕飯を食べます。 時間の読めない仕事なので遅くなることもあって、少し夜更かしさせすぎかなと思うんですが。 そういうときしか話ができる時間がなくて。 なるべく早く帰るようにしています、」
樺沢はいつもの暮らしぶりを振り返った。
もちろん彼らが父子家庭であることは担任も知っていた。
「そうですか。 きっとお父さんとお話しする時間が楽しいんですね。 ・・・以前に比べて、いろいろ理由はあるのでしょうが、お父さん、お母さんどちらかだけのお宅が本当に増えて。 そうすると親御さんがお忙しいので、なかなかお子さんと過ごす時間が作れないでしょうし。 昔の子供に比べて今の子は本当に頭が良くなっているなあ、と感じるんですが、その分情緒に欠ける部分が目立つ気がします。 ひとりで過ごす時間が多すぎるのかな、とも思います。 ご両親が揃っていても、子育ては本当に大変なものです。 子供と一緒に過ごす、・・それが一番なにより大事なことなんですよ、」
ベテランらしく
落ち着いた口調でそう言ってくれた。
「今は・・本当に大変でしょうが。 いつかきっと暖人くんはお父さんが一生懸命に自分を育ててくれたことを感謝する日がくるでしょう。 暖人くんはそういうことをきちんとわかってくれる子だと思いますよ、」
胸がいっぱいになりながら
社に戻った。
『先生』と名のつく人からあんなに褒められたのも初めてで
いや
実際褒められたのは息子なのだが
自分が褒められるより格段に嬉しい。
たくさん大変なことはあるけど
暖人がいる生活が本当に楽しい。
おれも。
頑張らなくちゃ。
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