第16話 Began at the time(16)

「や・・だから。 別に下心あってトイレ借りたわけでもなんでもなくて! ほんっと我慢できなかったから言っただけだって!」



それからは



樺沢の『言い訳』を志藤は腕組みをして聞いた。



「トイレ借りといて。 その勢いで泊まったってこと?」



「なんっか・・、」



樺沢は首を捻った。



「そのあとも。 話が盛り上がっちゃって。 ほんと深夜になっちゃって。 夜中は静かなトコだからタクシーもなかなか捕まえられないだろうし・・もちろん電車もないしって。 したら・・ほんっと自然にそういうことになっちゃったってゆーか。」



「あの姐さんをそこまで導いたのが、もう考えられへん。 しかも、おまえが!」



志藤は思いっきり彼を指差した。



「『泊めてくんない?』って言ったら。 最初は『はあ??』って感じだったけど。 そのうち、まあ・・いいよって感じになってさあ。 や、別に彼女が軽いとかそんなんじゃなくてさ。 困ってる人助けるって感じで。 なんだろ、おれも身を任せてもいいかなあ・・みたいな。」




樺沢はまるで他人事のようだった。



「身を任せてもって。 想像するやろ!」



志藤は彼の後頭部につっこんだ。



「彼女、ほんっとにしっかりしてて、頼りがいもあるし。 さっぱりしてて話も楽しいし。 なんかあの時初めて会った時から、なんか・・いいなあ~って。」



それでも樺沢はにやけて話を続けた。



「おまえがそんな速攻を仕掛ける男だとは思わなかったよ、」



志藤は呆れて捨て台詞を彼に吐き、部屋を出ようとすると



「あれ? この前南ちゃんから聞いたけど。 おまえ、東京に来てものの2~3ヶ月で白川さんに手えつけて、妊娠させたとかなんとか?」




樺沢はその背中にやんわりとしたイヤミをぶつけた。



志藤はギクっとして足を止めた。



「や~~、ほんっと同期の中でも出世頭って言われてたからな~~。 志藤は。 新人の時からなんでもソツなかったし。 同期の中でトップで管理職だしな~~。 社長秘書にターゲット絞るとこも。 ほんっとスゲーっていうか・・」



もうイミシンに頷いてニヤついてそんなことを言っている樺沢に



あまりにストライクを投げ込まれて無性に悔しくなってUターンしてきた。




「おまえに言われるとなんっか悔しいねん!!」



思いっきりほっぺたをぎゅうううっと抓った。



「いででで!!! なんだよっ!! 理不尽だっ!!!!」





「な~~。 だからあたしの言うとおりやったやん。」



南は鬼の首を取ったように得意気に食後の紅茶に砂糖を少しだけ入れてティースプーンでかきまわした。



「別にね。 いい大人同士なんだから。 そんな経過なんかどーでもいいじゃん。 いちいちこの男がうるさいったら、」



樺沢は横にいる志藤を指差した。



「ハハ・・ほんっと似たもの同志で罵り合ってどーすんねん。 ま、でも! 今度さあ、ウチにおいでよ。 二人で。 これからカップルで遊びにいけるし楽しいやん!」



南は目を輝かせた。



「おれは入れへんのか?」



志藤がちょっとやっかむと




「もう子供がいる人はええやん。 家族サービスしなくちゃ。 あたしたちは身軽やから、旅行とかも行ったりしたいよね~~。」



「今度さあ、釣りとか行ってみない? おれ福岡でやるようになってハマっちゃってさあ、」



「つり? へー! ええやん! おもしろそ!」



南と樺沢だけが盛り上がり



志藤は忌々しそうに二人を見るだけだった。




とりあえず



独身同士の二人。



楽しい恋愛ライフの始まり・・のはずで。



その後にやってくる



ビッグウエーブ



はもちろん知る由もなかった。


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