第6話 うそですよね?この失礼極まりない人が?


 アリシアをヴィルフリートは魔法陣の中に立つ。


 ガイル大司教が何かを唱えるように合図を送った。


 すると魔法陣が光に包まれて…私たちは瞬間移動した。



 はっと気が付けばそこは大聖堂の祭壇の前ではなくどこかの部屋の中だった。


 アリシアがつまずきそうになってヴィルフリートが慌ててその腕を掴んだ。


 ふたりは抱き合うような格好でその場に立った。


 「おい、何だ?その格好は、転移の途中でいちゃついていたのか?」


 「っなわけ!ってあなたは誰です?」


 いきなり失礼な声を掛けられアリシアはつんのめりそうになりまたしてもヴィルフリートに抱えられる。


 やっと辺りを見回しここは誰かの執務室ではと思う。


 「人に名を聞く前に自分から名乗るのが礼儀だと習わなかったか?チッ!」



 さっきから失礼な事ばかり言う男は執務机に脚を乗せて椅子に座ったままふんぞり返っている。


 髪は白金に金色も混じった不思議な髪色で後ろにたばねてある。目は虹彩に金色と赤色が混じっていて瞳孔は縦長く見えた。


 顔立ちはすこぶる整っていて凛々しい眉や高い鼻にせっかくの形のいい唇なのに…


 さっきから嫌味な事ばかり言っている男は誰?


 おまけに来ている服は正装に近い。黒い上質そうな上着の袖口は金糸で凝った刺繍がありかなり高級そうだと分かる。


 アリシアがいぶかしい顔で男を見ているとヴィルフリートが早速挨拶をし始めた。


 「あの、申し遅れました。私たちはティルキア国から参りました。こちらが聖女のアリシア様で私は彼女の護衛をする事になったヴィルフリート・バルガンと申します。あの、失礼ですがここはどこでしょう。それにあなたは?」


 「そうか。では少し離れたらどうだ?見るに耐えん」


 「あなたね。私たちがいつっ!」


 アリシアはいきなり手を放されてまた倒れそうになるのをぐっとこらえる。


 すぐ隣にヴィルフリートが支えになるように立つとアリシアの頭をぐしゃっと下げた。


 「失礼しました。いいから黙れアリシア!」


 言い返そうとしてヴィルフリートににらまれアリシアはやっと口を閉じた。


 「来たか聖女殿。早速力を見せて欲しい。それにしても…もっと聖女とは若くて初々しいものだと思っていたが?」


 彼は平然とそんな失礼極まりない事を躊躇なく言った。


 はぁ?何よ。この失礼なおとこ!年増で悪かったわね。


 だって…今まで聖殿からほとんど出たことがなかったんだから、男の人とめぐり合う機会さえ…


 アリシアは自分の今までの悲惨な過去を思い出すがここで弱気になってはとグイっと顔を上げた。


 「私たちは名乗ったわ。今度はあなたの番でしょう?あなたは誰よ!」


 男の眉がアリシアの顔よりもグイっと上がる。


 アリシアはすぐに偉そうな物言いをしたことをちょっぴり後悔した。


 「俺の顔も知らんのか?ったく!俺はアラーナ国第一王子。そしてかったるい事に次期国王予定のグレン・シーヴォルトだ」


 ふん!何よその紛らわしい言い方。


 この人がシーヴォルト殿下?


 って言うことは彼がけがをしたっていう?それにしては元気そうだ。


 「あの…怪我をされたって言うのはあなたなんです?」


 アリシアは驚いてついそんな事を聞いてしまう。


 だって、怪我をしたって言うから寝込んでいるとばかりに思っていたのに、どこが?元気じゃない。


 「黙れ!失礼な聖女だ。ほんとに聖女なのか?それにいつ俺がけがをしたと?」


 今、ギシリと音がしなかった?


 まさか…彼、魔獣の血が入ってるのよね?待って待って、わたし食べても美味しくないから…


 売り言葉に買い言葉と言いたいがここは我慢でしょ。


 「あの…シーヴォルト殿下がお怪我をしたとそうお聞きしましたが…」


 アリシアは脳内が???となる。


 「ああ、そうか。それは弟のシーヴォルトの方だ。あれは人間で弱いからな。はっはっは」


 「あっ、弟さんがいらっしゃるんですね」


 「それくらい調べてくるだろう?普通。いや、来たと同時に盛っていたな。知能は低そうだ」


 「サカっ!今なんて?あなたと違って私は獣じゃありませんから。あれは転びそうになって…」


 グレン殿下の頬がピクピクとなった。


 口元が歪んで鼻息が荒くなった。


 「おい!今、獣と言ったか?誰が獣なんだ?」


 グレン殿下が机の上に投げ出していた脚を下ろして立ちあがった。椅子がガタンと大きな音を立てて倒れた。



 ヴィルフリートがアリシアの横で殿下に謝れとせかす。


 「いえ、殿下アリシアはそう言う意味で言ったのではないのです。誰も殿下がそんな…けものだなんて…ひっ!」


 ヴィルフリートでさえ彼の醸し出すオーラに背筋をシャキッと伸ばした。


 グレンがつかつかとアリシアの目の前にやって来た。


 アリシアより頭一つ、いやそれ以上大きくて立派な体躯のグレンが目の前で気だるげに腕を組んだ。


 アリシアをけだもののような瞳が見下ろす。


 でも、彼が悪いんだから。私たちは盛ってなんか!!


 「わ、わたしを食べようなんて思ってないわよね?あなたこの国の王子ですもの」


 ま、また余計なことを…


 今までずっと押さえつけられていた反動なのだろうか。アリシアは思ったことを口にせずにいられなくなったらしく。


 いや、ここまでの屈辱を受けたことがなかったと言った方がいい。


 今、瞳孔が大きく膨らんだわよね?ど、どうしよう。また怒らせたみたい。


 「私を食べてもおいしくないから…」


 「さあ、どうだろうな?それは食してみないと分からないというものだろう?げてもの趣味のやつもいるからな」


 さっきまで引く結ばれていたグレンの唇がくにゃりと緩んだ。


 アリシアの背すじは冷たい冷水が流れ散るようにゾクリを震えた。


 「な、なにを…」


 グレンの唇がアリシアの唇に重なる。


 「…ムッ!」


 その瞬間。何かが弾けたようにふたりの間に火花が飛び散ってアリシアの身体が倒れそうになった。


 グレンはアリシアをぐっと抱き留め自分の身体を下にしてアリシアの衝撃を和らげた。


 「きゃっ…」


 「お前!な、なにをした?」


 グレンは驚いてアリシアの身体を押し戻す。そして彼女から飛び逃げた。


 アリシアを見つめる視線は石のように固まったままだ。


 アリシアはその反動で床に手を突いたままで彼をぎっと睨む。


 だって、ファーストキスだったのに。


 こんなけだものに奪われるなんて。


 でも、私を庇ってくれた。彼が抱き留めてくれなかったら床にあざが残るほど身体を打ち付けていただろう。


 ふっと温かな感触が残る肌が粟立った。


 あっ、でも。これって魅了魔法が掛かったって事?


 アリシアはぎゅっと目を閉じた。


 ゆっくりグレンの方に顔を向けるとそっとをまぶたを押し上げていく。


 黒いまつ毛に縁どられた橙色の瞳がグレンを見上げる。


 そうまるで乙女の恥じらいを醸し出すような所作で。


 「っ。この!俺を篭絡する気か?そんなものが俺に通用するとでも思ったか?クッソ!」


 グレンは目を見開いてそう言うと顔をプイッと背けた。


 かなり怒っている。でも、口付けして来たのはそっちじゃない!


 アリシアはグレンを見上げた口をあんぐりと開いた。


 えっ?こ、こいつ魔法をかけようとしたって気づいた?


 で、でも魅了魔法は効いてないみたいだし…


 あっ、この男には通じないって事。


 はっ?これからどうすればいいんでしょう?大司教教えてください。


 アリシアは心の中で悲鳴を上げた。




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