第2話もう、こんなはずでは

その日からマイヤがアリシアに変わって加護の祈りをする事になった。


 そして事件は起きた。


 マイヤの力不足のせいでティルキア国の緩いだ事のない加護が緩んだのだ。


 そのせいで神殿の洞窟にあるオルグの泉の湖面が大きく揺れた。


 さらにそのせいで二つの勾玉が現れた。


 マイヤは何かに囚われたようにオルグの泉に向かう。


 その時のマイヤはふらふらしていて足元もおぼつかないような状態でオルグの泉にやって来た。


 オルグの泉の中で二つの玉が揺らめいている。


 一方は大地の恵みと言われる神々しく光る金色の光を放つ玉。


 そしてもう一方は暗黒の揺らぎと言われるどす黒く鈍い光を放つ玉。


 「聖女。お前どっちを選ぶ?」


 そう声を掛けたのは魔界の入り口にいるドークと言う魔界の妖精だった。


 ドークは真っ黒いマントに真っ黒い帽子をかぶっており、口が耳まで裂けている。


 マイヤの心は純真でもなく無垢でもなかった。


 言われるままにオルグの泉に手を差し入れたマイヤ。


 彼女の心はとっくに薄汚れた汚いものだったので迷うことなく暗黒の揺らぎを掴んでしまう。


 その瞬間だった。魔界の扉がほんの少し開いた。


 オルグの泉から二つの黒い塊が飛び出た。


 その魔物は魔狼兄弟。


 その魔狼の名前は兄がスコール弟がハーティ。


 二匹は太陽と月を憎んでおりいつか太陽や月を捕まえて引きずりおろしてやりたいと願っていた。


 マイヤはハッと我に返りドークに戻らせるように頼んだがもう遅かった。


 「君が選んだんだ。もう手遅れさ」


 ドークは口を大きく開いて笑った。


 マイヤははっとして握っていたどす黒い暗黒の揺らぎを元の場所にもどした。そして大聖堂に駆け戻った。


 「大司教様大変なんです」


 マイヤは今起きたことを話した。


 大司教はオルグの泉に行くとすぐに魔界の扉を閉じようとした。


 その時だった。一つの魂がその扉に吸い込まれそうになる。


 きっと今しがた命を落とした人間だろうとガイルは判断する。何も罪もないものが行くところではない。


 そう思うとその魂に手のひらをかざす。


 光がレールがその魂を包み込むと魂はあっという間にガイルの手の中に引き戻される。


 そして急いで魔界の扉を押し戻した。


 ほっとしたのも束の間ドークの姿はもう消えていた。


 「困った事になった。あの魔狼を倒すには相当な魔力を持った人間でないと…」


 大司教は頭を抱えた。


 そしてガイルは救った魂がヴィルフリート・バルガンと言う男だと知る。


 この男が今ここに現れたのはきっと神をお告げだと思う。


 すぐにヴィルフリートをここに連れて来なければならないだろう。


 

 そしてガイルは大至急アリシアを呼んだ。


 「アリシア頼みがある。アラーナ国の王子であるシーヴォルト殿下に大至急会いに行ってくれ。この事態を収めるには彼しかいない。あなたしかいないのだと頼むしかない」


 「大司教、私はもうお役御免になったんですよ。どうして私が?」


 アリシアは気だるげに大司教を見返す。


 ガイルは事の状況を説明する。


 アリシアは驚く。


 これはもう私一人のわがままを言っていられる状況でないけど…大司教には散々いいように使われて来たけど、そんな場合でないってことくらいはアリシアにもわかった。



 数日前ここでもう必要とされないと言われて最初は自由になれると喜んでいた。


 それも数日が過ぎると加護の祈りをする事だけがアリシアの唯一のできる事だっただけに自分の居場所がなくなったような寂しい気もしていたけど。


 マイヤはあの後体調を崩して寝込んでいるらしい。


 実際問題、加護の祈りは自分がやるしかないのではとも思っていたけどあんなに断罪されたのに今さらやる気は…


 でも、これはまた別の話で…ほんとはこれからどうしようかと思っていた。


 そうだ!これが仕事と思えばいいのでは?


 アリシアは思わず乗り気になってしまう。


 「それってすごく大変な事じゃないんですか?大司教これってもしかして仕事の依頼って事ですか?」


 「はっ?…ああ、それでいい。アリシアが頼りなんだ。これはお前にしか出来ない仕事だ」


 「でも、もし断られたらどうするんです?」


 そう言ってからお役御免をあんなに望んでいたのにっておかしくなる。


 って、やる気満々じゃない私。



 「そんな事がないようにアリシア、シーヴォルト殿下に魅了魔法をかけれるようにしてやろう」


 「魅了魔法?そりゃあ私には加護の魔法を使うしか能力がないのはわかってますけど…ちょっと待って下さい。私にそんな危険なことをさせるつもりなんですか?」


 って、その上から目線!!大司教はいつもそうだ。


 私をまるで命令すればなんでも言いなりになる奴隷くらいに思っているんだから。だから嫌なのよ。


 アリシアは今までのアリシアではなかった。


 もう、いつまでもおどおどしたままではいられないって思う。



 が。アリシアは加護の魔法しか使えなかった。と言うか幼い頃からそれ以外の魔法は使った事もなかったのだ。


 魅了魔法は相手を自分の虜にさせる魔法と言うことは知っている。そんなことどうしていいかもわからない。


 「いや、アリシア安心しなさい。これは保険と言うか、万が一シーヴォルト殿下が話を聞いてくれなかった場合に備えてだ。アリシアこの件が無事に解決すれば晴れて聖女をやめていい。どうだ?アリシアは聖女をやめたいんだろう?」


 「大司教…ほんとに?ほんとにやめてもいいんですか?」


 大司教はアリシアの心を見透かすように少し笑みを浮かべた顔で見透かす。


 アリシアはぐっと唇を噛んだ。


 この期に及んでまだこの国の心配をしている自分が嫌になるが子供の頃からずっとそうやって生きて来たんだもの。


 こ、これは仕方がないと言うか…


 「何年一緒にいると思ってるんだ?それくらいお見通しに決まってるだろう」


 平然とした顔でさらりとそう言う大司教。


 アリシアは思う。


 あっ、言いましたね。はっきり今言いましたよね。もう取り消しは出来ませんよ大司教。私やっぱり聖女はもう嫌です。


 他の女の子みたいに自由に街に出かけたり買い物をしたりしてみたいです。


 もちろん聖女以外の仕事も。


 これが出来ればアリシアも自分に自信が持てる。これから一人でやって行けるという自信が。


 これは新たな自分になるための挑戦ではないだろうか。


 アリシアは口角を上げた。


 「じゃあ、アラーナ国の国王にお願いに行けばいいんですね。わかりました。成功すれば私はここから出て行きますよ。いいですね大司教。約束ですよ」


 アリシアは意気込んでそう言った。


 「ああ、いいだろう。何しろこれは国家。いやこの大陸全体の問題だ。アラーナ国も無関係ではいられないはず、絶対に成功させるんだ。わかったかアリシア」


 えっ?そんなすごい責任を押し付けられても…


 アリシアは引いた。



 ちょうどその時アラーナ国の国王シーヴォルト殿下が怪我の治療のために聖女に来てほしいと依頼が来た。


 「なんて間がいいんだ。アリシアちょうど良かったぞ。アラーナ国に行ける理由が出来たんだから、さっきも言ったようにこれはとても急を要する事態なんだ。どんな手を使ってもシーヴォルト殿下にあいつらを倒してもらえるようしなければならないからな。早速だが治癒魔法のやり方をしっかり練習しておいた方がいいな。さあ、アリシアやるぞ!」



 大司教、簡単に言いますよね。


 やるのは私だってわかってます?


 もう、わかりましたよ。やればいいんでしょう。やれば!!


 「わかりましたよ…」


 アリシアに出来たのはガイル大司教を詰めたい氷のような視線で見据えることくらいだった。




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