~美顔~(『夢時代』より)

天川裕司

~美顔~(『夢時代』より)

~美顔~

 俺はベッドに居た。周りは明りと暗闇が丁度半々に分けて在る。俺は又眠りながら夢の中でそれが夢である事を知って居る。俺は旧いのか新しいのか少々分らない旅館の様な所に居り、一見では識別出来ない昔の友人・知人、仲間と共に戯れる様にして一緒に居た。

 俺が小学校六年生の頃、小学生で最後の運動会で二人三脚を一緒に足を繋いで走ったAKが、〝今風〟の出で立ちを以て体をやや後ろに突いた両腕で支えて足を投げ出して座って居るのを俺は見付け、少々躊躇し、声を掛ける事を躊躇ったが、否全て許してくれると空間の力を信じ、そう思うが早いか俺はKに話し掛け寄った。そのKの横にやはり同じ様な出で立ちと格好をした良く似たKの友人の様な男が居り、年は俺よりもやはり若い様で、その〝友人の様に〟という形容が物語る様に、その夢の内では二人は昔からか俺の知らない内にか知り合った、少々旧い友人の様だった。周りにもわんさかと俺を知ってくれて居る友人が居り、しかし、そのKの横に座って居た男の事は知らない様子で、否既にどこかで会って居て今は忘れてしまって居るか、こういう集まりの時には良く在る事の様に、友人がその又友人を連れて来て全く知らない者も入り混じる、といった混沌の状態が出来てしまって居るのか、とも思い、俺はその場の空気に合せた。しかし今思うと、俺の小学生(丁度五・六年時)の頃の恩師である松井先生がそこに居なかった事がとても悔しく、残念だった。俺はいつか又その内にあの俺が大好きな恩師に、会える日が来る事を願って居り、否必ずそう成る、と信じて居る。

 外は昼間の様で雨が降る気配は無く晴れて居り、長い廊下が何本か在るその旅館内を所狭しと皆行き来して居た様子だった。俺がそのAKをその友達の内に見付けたのはそこへ辿り着いてから一寸、否暫くした後で、それ迄俺はきっと別の友人達と喋り、戯れて居た様に思う。昼間なので部屋の内の電気は点いたり消したりして居た。俺は周りの友人に流される様にしてそのAKの近くへ行き、そして目前とした時俺は自らそのAKが昔に見知ったあのAKで在る事に先に気付き、その後で周りにわんさかと居た友人の内の一人である者が俺の耳に近付いて、〝これ誰かわかるか?…(云々)(その後に言われた言葉はよく憶えて居ない)〟とヒソヒソと耳打ちするかの様に言い、その時俺は初めて感嘆を皆の前で表す事が出来た。

「ああ!!よく覚えてるわ!AKやな!?あのA君がこんなに大きく成るとはなー、いやびっくりした。今日はここでゆっくりしよう!皆でワイワイやって騒いで、ついでに酒でも呑むか!?(俺は酒が呑めないのをその夢の内でも気付いて居た)ようし、今日は皆で良い一日に成りそうだ!はちゃめちゃやって気分は踊りまくろう!ここの旅館はこれから何時まででも騒いで良い手筈に成って居るから、全然誰にも何にも気遣う事はないやろ。久し振りに皆、現実の柵(しがらみ)を掻い潜ってここまでやって来たんや、ここで騒がにゃあ罰が当たる。な、A君も一緒に騒ごうぜ、んでお前は俺のこと覚えてるか!?(AKは、始め、挙動不審の様にも少々喋り掛けて来た俺の体裁に対して少々躊躇して居た様だったが、俺が余りにもその後で流暢に話したのがきっかけと成ったのか、段々微笑が見え始めて、〝うん《笑》〟と応えてくれて居た)そうか、やっぱりそうやな!そうそう、あの時、小学生の頃、俺ら運動会で二人三脚やってたもんなぁ、今でも良く、はっきりと覚えてるぜ。(両手で身長の高低差を極度に表すポーズを俺は取りながら)あん時こんなんやったのに、今は随分大きく成っちゃって、(殆ど俺と同じ位ちゃうか!?と言おうとした所、俺はそこが畳の上で、厚底の靴を脱いで上がって居る為自分が無防備に低いだろう、という事を危惧して口をつぐむ)いやぁ、なかなか、大きく成ったのに俺はびっくりした(最後の方は少々しどろもどろに成り掛けたが、誰も両者立って背比べをしよう、と言い出す者は居らず、一つ、俺は安心した)」

と結構な早口で俺は喋り続けた。AKはずっと立て肘を突いて確か白と黒の柄入りの九〇年代に流行った様なポロシャツを着た姿のままで、合わせ笑いを浮かべニヤニヤしながらずっと俺の話を聞いて居た。

(そこで一度見て居た光景・情景が覚め、又次にその同じ夢の内で別のものを見た)

 俺は一騒ぎ終えて、又暗闇と明りが半々に分かれた空間が見えるベッドの上に居た。何か〝一騒ぎ〟終えた様な感覚に浸っては居るが、それがどんな〝騒ぎ〟だったのかははっきりと覚えちゃ居らず、その時はそれ程問題にも又して居ない様子で、俺は少々昔(自分が大学生当時の頃)の事を思い出して居た。

 そのベッドの(自分から見て)右側の空間、丁度暗闇へと続く手前の明りが未だ差して見える位置に、お面の様な姿をした生首が置かれて在った。その顔は、目は薄く閉じて在り、無駄なものが一つも無いとても綺麗な肌をして居り、鼻はその頭(鼻先)が明りで丸く小さく光って居て少々愛らしくもあり、口は少々開けられて居る様だったがまるで美少女のもので在るかの様な薄ピンク色して何かを咥えたがって居る、否又咥えさせたく成る、様な頼りなささえ愛惜しく成る程のものであり、〝この薄く閉じられた目が開いたらどうしよう…!?怖いな…〟等とも思いながら俺は暫く、やはり少しずっしりと来る重さをその頭・顔から感じつつその若い〝無駄の無い顔〟に見惚れて居た。しかしこれは俺の顔、生首だと直ぐして気が付いた。この顔は俺が当時、大学生の頃に好んでして居た様相であって、そう一度は母親の口紅を拝借して塗り付けて外出した事さえ在った、あの頃の自分の顔にそっくりだった訳である。しかし少々両尻が垂れて、垂れ目気味に成って居る目と、逆三角形を象る様に細く尖った顎を見ると少々〝いや、これは俺じゃないかも…?〟とか思わされても居たが、心の中心で〝いやそれでもこの首は俺のものだ〟と確信出来るものがあり、やはりそれは俺の顔であり生首であった。どこかで変えられない真実を俺は知って居た。

 俺は段々と待って居るそのずっしりと来る頭部をその重さの故にかリアリティに目覚め始め、今乗って居る俺の生きた生首を思うと同時に哀しさが芽生えて本当に薄気味悪くなり始めて、直ぐにその手にして居る生首をどこかへ放りたく、早くどこか見えない場所へ置き去りたかった。〝自分で自分の生首を持ってそれを目で見て居る〟というその光景すらどこかのホラー漫画・映画・ドラマで見る一シーンの様でもあり、そう思う事が尚一層恐怖を煽り立てる。同時に、〝俺の若い頃、あの大学生だった頃、一八、九の頃はやっぱりこんなに無駄の無い美しさ(肌)を持って美少年を醸し出して、俺(自分)が見ても感じが良く愛される位の体裁だったのか〟と少々昔に心を置き去ったまま、過ぎて行く時間の流れに歯痒さと悔しさとを覚えた上で、俺が三〇歳を過ぎた今に成ってこの首を持って居た事の意味を後から考え始めて居た。〝俺は美顔を持った美少年だった〟という思いとは又別の思惑がその意味の内に在る事を俺は願い、信じて居た。


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~美顔~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

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