一度も折れなかったヒーロー

タヌキング

グッバイスマイリー

私の名前はマリコ。しがない雑誌の記者をしている。

今日は元スーパーヒーローであるパワフルスマイリーこと国枝 庄吉(くにえだ しょうきち)さんに会うために東京郊外にポツンと建てられた彼の家を訪ねることにした。

ヒーローが台頭して来た最初の頃から活躍していた伝説のスーパーヒーローことパワフルスマイリー。いつも周囲に笑顔を振りまいていた彼が、今どんな生活をしているのか大変気になるところである。

国枝さんの家に着くと、周囲には他の家は無く、本当にポツンと赤い屋根のこじんまりした家が建っているだけであった。こんなところにパワフルスマイリーが住んでいるのか?と自分の目を疑いたくなった。


“ピンポーン”


一度チャイムを鳴らすと、暫くしてガチャリと玄関の扉が開いて、中から白髪頭の老人が顔を出した。しわくちゃでガリガリに痩せ細り、当時とは容貌は大分変わってしまっているが、彼がパワフルスマイリーこと、国枝 庄吉で間違いないだろう。


「何か用か?」


しゃがれた声で私に尋ねて来る国枝さん。声も大分印象が変わってしまっているが、驚いている場合ではない。


「あの、今日伺わせて頂く予定だった雑誌の記者です。」


「あぁ、そういえばそうだったな。すまないな、歳を取ると忘れっぽくて。まぁ、立ち話もなんだ、早く中に入ってくれ。」


「それでは失礼します。」


中に入ると隅々まで掃除が行き届いており、マメに掃除されていることが覗えた。

居間らしき畳の部屋に通され、促されるままに座って居ると、国枝さんが湯飲みに入ったお茶を持って来てくれた。


「すまないな。お茶しかない。せめて茶菓子でもあれば良かったんだが。」


「い、いいえ、おかまいなく。」


伝説のスーパーヒーローに気を遣わせてしまった。何だかとても申し訳なくて委縮してしまう。

だがコッチも仕事で来ている、聞く事を聞かないと会社に帰ることは許されない。

国枝さんが胡坐をかいて座ったタイミングで私は彼に話し掛けた。


「突然の質問ですが国枝さん。ヒーローをやめて20年。現在の心境を教えて下さい。」


パワフルスマイリーは60歳の時にヒーローをやめ、隠居する形で民衆の前から忽然と姿を消した。80歳になった今の彼がどういうことを思いながら生活しているのか?それは雑誌の読者も私も気になるところだった。


「心境ねぇ。ヒーローをやめたら楽になった。あと笑わなくなったな。」


そう無表情で語る国枝さん。確かに玄関で出会って今まで彼の笑顔を見ていない。

笑顔は彼のヒーローだった時の象徴だったというのに、一体どうしたことだろう?


「どうして笑わなくなったんですか?」


「そりゃ当時は無理して笑ってたからだ、その反動が今きている。冷静に考えてみろ、ヴィラン殴りながら笑うなんて頭おかしいだろ?笑顔を貼り付けて俺は戦ってた。俺が笑顔の方が助けた人たちもありがたがるんだよ。だから笑顔を絶やすわけにはいかなかった。今では笑うことなんて無い。」


この話を聞いてショックを受けた。あのパワフルスマイリーが無理して笑っていたというのだ。こんな話をファンが聞いたら嘆き悲しむ人も居るかもしれない

彼の笑顔に救われた人が、どれだけ居るか分からないのに。


「ガッカリした顔をしているな。そんな顔をさせないのもヒーローの勤めだったが、今はそんな気を使う必要も無い。気楽なもんだ。」


「す、すいません。」


お前は顔に出やすいから気を付けろと、先輩記者からも口酸っぱく言われているのに、駄目だなぁ私は。

でも気を取り直して取材を続けないと。


「では、パワフルスマイリーとして戦うことは苦痛だったんですか?」


少し失礼な質問をしてしまったかもしれない。だが雑誌の記者が好感度を気にしたところで仕方がない。少々嫌な事にも突っ込んで聞いていかないと、面白い記事なんて書けやしないのだ。


「苦痛か・・・最初の頃はスーパーパワーを持った使命感に燃えて、苦痛だなんて考えたことも無かったな。むしろヒーローとして戦うことに充実感を覚えていたよ。笑顔を見せることも苦で無かった。私の笑顔で誰かの心を救えるなら、それだけで笑う価値があった。」


何の抑揚も無く、淡々と語る国枝さん。まるでロボットと会話している気分になる。


「だが結婚してからは辛くなって来たな。最愛の妻と子供との余暇時間に、緊急事態が起こってヒーローとして呼びつけられ、笑いたくも無いのに笑顔で戦わないといけないんだから堪らなかった。家に帰ると5歳の娘が言うんだ、パパは家だと全然笑わないってな。」


ヒーローには光と影がつきものとは言うが、やはりそれはパワフルスマイリーも例外ではなかったようだ。

娘さんの話題も出たので、いよいよあの話題を切り出さないといけないだろう。私に緊張が走る。聞き方によっては国枝さんに本気で殴られ、私は絶命するかもしれない。それだけのリスクがこの質問にはあった。

溜息をフーッと一つ付いて、私は恐る恐るこの質問をした。


「奥さんと娘さんを殺された時、どうしてすぐにヒーローに復帰できたんですか?」


「・・・。」


暫く国枝さんは喋らなくなった。その様子は怒っているという感じではなく、何かを考えている風であった。

そうして重い口を開く。


「三日、三日は泣きながら落ち込んでいたんだ。どうして妻と娘を守れなかったんだ?最愛の者を守れないで何がヒーローだ?そう自分に何度も問い掛けた。でも答えなんて出るわけも無い、グルグルと同じことを考えて、気が付くと涙も枯れていた。それで自分の顔を鏡で見るとな、笑ってたんだよ。ヒーローしている時みたいにニッコリとな。だからまだヒーローは続けられるなと思った。だから妻と娘の仇を見つけた時も殺さずに捕まえることが出来た。『テ、テメーの嫁と子供を殺してやった?どんな気分だ?』って奴は言った。そうしたら俺はニッコリ笑顔で返したんだ。アイツは顔を引きつらせて、小便を漏らした。あれは痛快だったな。そのせいかアイツは精神を病んで数年後には獄中で自殺したらしい。その時は別に何も感じなかったが。」


笑顔。確かにパワフルスマイリーはどんな時でも笑顔だった。その笑顔は人々を救ったが、同時に恐怖した人も少なくないのかもしれない。聞いた話によると胴体に風穴を開けられても彼は笑っていたという。

その時のことを想像するだけで背筋が凍る様だ。


「それから俺はヒーローを続けた。一日も休まず、悪人の相手をして、市民を助けた。けれど貼り付けた笑顔と裏腹に、誰に対しても何も感じない無感動な男になっていた。精神的に参ってしまったのかと思ったが、精神科医は正常だと言う。なら良いかと思って俺は60までヒーローを続けた。やめる時、周りの奴らは俺を真の英雄だともてはやしたが、俺はヒーローなんかじゃない。ただシーケンス通りに人を助け続けたロボットだよ。善意なんてものはありはしなかった。」


自分の右手を見て開いたり閉じたりする国枝さん。

「結局この拳は誰も殺さなかったな」とポツリと呟く。その姿を見た私は、国枝さんが意図して敵を殺さなかったのではなく、結果として殺さなかったのだということが分かった。


「ヒーローをやめて、俺は一切笑わなくなった。もう笑う必要も無いからな。かと言って自分を卑下したり、自分の不運を呪うことも無い。感情が希薄になって、日々が淡々と流れて行って、気が付けば20年だ。世間も俺のことを忘れ始めたことだし、俺は一人で生きて一人で死ぬ。死んだら新聞に小さい記事が載るだろうな、【元ヒーロー自宅で老衰】ってのどうだ?毎日紙面の一面をデカデカと占領していた男が笑える最後だろ?」


そう言っている彼が笑っていないのだから、私が笑うわけにはいかなかった。

それから少し世間話をしてインタビューは終わった。世間話の内容はあまりに些細なモノだったので、ほとんど覚えていない。

本社に帰る際、私はこのインタビューをどうまとめれば良いのだろう?と考えた。

だが、おそらくどれだけ上手いことまとめたとしてもボツになるだろう。世間は国民的英雄の美談を求めている。精神に異常をきたして、無感情にヒーローしていたなんて誰も知りたくないのだ。

帰り際に国枝さんがこう言った。


「どんな内容の記事でも構わん。脚色して嘘で塗り固めても良い。パワフルスマイリーは今も笑顔で暮らしていると書いても良い。もう私にはどうでもいい話だ。」


結局、最後の最後まで笑顔を見せてくれなかったパワフルスマイリー。

折れずに戦い続けた彼には敬意を表するが、折れて挫けた方が彼にとっては幸せだったのかもしれない。ヒーローという縛りが彼から人間らしい感情を失わせたのだとしたら、それは彼を求めた我々にこそ責任があるのかもしれない。

・・・こんなの記事にしたらクビにされちゃうな。

苦笑いをして私はトボトボと歩いた。






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