第36話 完全包囲

 空はもう明るく、朝鐘が鳴って絶対3時間は経った。2時間じゃない。2時間と言われたら心が折れる。


『もうすぐだ……もうすぐだから……頑張ってくれ……ソウヤ様……』


 ベティがもうすぐって言ってるんならもうすぐなんだろ。

 具体的な状況を逐一聞きたいところだが、聞き過ぎて安堵してその隙に死ぬのが嫌過ぎて途中から聞くのを止めた。


 騎士団長様はアルザス・サヴォア要塞の1つ前、コンピエーニュ砦を通過したと言う話を随分前に聞いた。もういつ聞いたか忘れたが、だいぶ急いで来てくれていることは分かったので、それが希望だ。


 ちなみに、敵兵は数万。数えろったって無理だよ。


 数万の敵兵に囲まれてまだ生きてる俺って凄いよな。

 今も包囲されているが、包囲されているだけで、まだ誰も突撃して来ないのだ。


 ナディとミーナが強過ぎる上に、フレデリカさんの馬さばきで10人程度の突撃は返り討ちにできるからだ。


 しかも徴集ホヤホヤの新兵のようで、連携はもちろん出来ず、自分の命が一番大事だから突撃に二の足を踏む。


 ナディもミーナも馬も、おかげで休みながら包囲戦を耐えているのだ。


 敵が数万人居ようが、目の前に見えるのは100人程度。


「できれば……ふぅふう……この当タリを維持したいわね……」


 汗だくで肩で息をするミーナがボヤくように呟く。


 怯えた敵兵に囲まれている今が一番休めるし時間稼ぎができるということだろう。


 ただ、包囲は少しずつ狭まっていく。

 最前列の敵兵が二の足を踏んでいても、後続が押し込んで来やがるのだ。


 あまりのんびりしていると、包囲に穴を開けることすらできなくなってしまう。


「旦那、ミーナに合わせてルーリーに放り込んでもらうが、良いか?」


「構わん。だが、俺の催涙弾もあと2発だ。この場で一発使う選択肢もあるが、どうだ?」


「いや、ダメだ。序盤ならアリだったが、大外まで届かねぇだろ? 結局は押されちまう。それなら穴を開け直して使った方が良い」


 ナディと持続可能な包囲戦について話し、結論付けてから共有する。


「ミーナ、フレデリカ、ベティも聞いたな? もうちょっとだ! 乗り切るぞ!」


 そうして5分程度膠着した後、ミーナのタイミングでルーリーに魔法を発射してもらい、圧力の弱い西へ大穴を開けてもらった。


 そこに向けて突撃したが、完全に罠だった。


 包囲の間隔はかなり広くなっているが、敵も敢えてだ。

 なぜなら、俺達に向けて斉射されるからだ。


 絶え間なく、西から、俺達を殺すために放たれる矢の雨。


「これだけ居て指揮官が1人も居ない訳は無かったか……」


 フレデリカの馬術と、ナディの魔法、ミーナの体術で俺に降り掛かる矢の雨は全て弾かれる。


 俺はその間に、風魔法で催涙弾を弓部隊に放り込む。

 そこにミーナを突撃させて弓部隊を一掃させてくるのだが、戻って来たミーナが泣きそうだった。


 背中に3本の矢を突き立てながら、ミーナは戻ってきたのだ。


「ソーヤ、西、ずっと、弓兵……しかいない……ごめ……ごめん。倒せなかった……全部……倒せ……」


 膝を着くミーナに、俺は馬から飛び降り、刺さる矢を抜いて有りっ丈の軟膏を塗り付ける。


「大丈夫だ! 俺は死なない! つーか自分の心配しろ!」


 弱っているミーナを見て、怖気付いていた歩兵達が元気になってきた。


 突撃してこようとしたところに、最後の催涙弾を放り込む。

 風魔法が無かったら味方も被害甚大だったな。


「さて、どうすっかな……」


 万策尽きたとはこのことか。


 残されたのは僅かな時間だけ。

 弓部隊の再編成と、歩兵達もすぐに準備が整うだろう。

 そうなれば、俺の命もジ・エンド。


 ルーリーの魔法も間に合わないし、騎士団長も今すぐ来ないと間に合わないし、他に俺にできること……。


 また俺から青い光が天に昇った。


 それを見て悟ったよ。


「……みんな、ありがとな……」


 俺の言葉に、ナディもミーナもフレデリカも。

 

 旦那、何言ってんだよ。

 ソーヤ、嘘よね?

 大将……ダメだ。


 って、口だけ動かして声が出てないでやんの。


「勇者が1人で西に突っ込む! 南に穴を開けて脱出しろ! これは命れ――」


 その時、東から旋風の如く歩兵を巻き上げ、赤髪女が目の前でしゃがむ。その両手には先の尖ったカタールと言う武器が握られていた。


 そして顔を上げて言うのだ。


「ふんっ、いきなり勇者に命令など良い身分になったものである。が、今回ばかりは聞いてやろう。【斬の勇者リコ・スコルピオーン】参る!」


 リコ先生がスーパーカーの如く敵弓部隊に突撃し、蹂躙を開始する。


「リコ先生……マジヤバ……」


 やだカッコいいとか言うレベルじゃなく、もうリコ先生1人で良いんじゃないかなレベルである。

 派手にやり過ぎてコッチまで弓兵転がってきてますよ?


 いや、ミーナも最初はあんなんだった。


 数の暴力の前に沈んだのである。


 そう振り返っている間にリコ先生が戻ってきた。


「弓兵は全部狩ったが、数が多過ぎであるな……」


 もう息が上がっている……。


「いや、弓兵やってくれただけ大助かりですよ。ミーナ、少しは動けるか?」

「ふんっ! ソーヤ、全部終わったら覚えてなさい!」


 涙目でぷんぷんしておられる……。


「元気そうで何よりだ。みんな助かったら、しっかり怒られてやるよ」


 ドスッ――。


 背中に衝撃を感じた。

 飛び出ているソレを見る。


 左肩の下、鎖骨のすぐ下に鏃が見えた。


 矢で射られたのだ。


 リコ先生がぶっ飛ばしてきた弓兵……ではなく、その弓兵が落とした弓と矢を拾った歩兵が、俺を射たのだ。


 痛みは感じない。


 むしろ、力が抜ける感覚に襲われる。


 だが、倒れる訳にはいかない。


 俺はフレデリカに右手を伸ばす。

 フレデリカが俺の右手を掴む間に、ミーナとリコ先生がその歩兵を殴り飛ばし、そのまま東に穴を開けて突破する。


 俺の耳に聞こえる音が小さくなっていく。


「マズ……大将の意識……無く……」

「チッ……やは……毒……急……である」

「……ヤ、ソーヤ!」

「……な! こん……とこ……で!」


 俺の意識が消える寸前、敵兵に完全包囲されて動けなくなり、その敵兵達が色とりどりの矢に完全包囲されるのを見たのだった。

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