第35話 情けは勇者の為ならず

ーーーーー ベルティーナ・ヴァーゲ ーーーーー


 ソウヤ様が原野に実質的な単騎突撃して早2時間。


 こんだけありゃ部隊も再編成して挟撃なりなんなりいくらでも取れる作戦はある。


 あるはずなのに……騎士団本部は微動だにしなかった。


「なんでだよ……なんでんなことになってんだよ……ソウヤ様だけが分かってねぇんじゃねぇのよ。ソウヤ様だけが……未だに諦めてねぇんだっての。マジで勇者じゃねぇか。そんなソウヤ様を見捨て……ふぐっ……」


 ソウヤ様の目として、最後まで役目を全うしなくちゃならん立場なのに、涙で目が霞むとか情けねぇ話だなぁおい。


 男のために流す涙があったことも、ベティさん自分でビックリだわホント。


「騎士団……損耗率……そんなに? ねぇ、私達、これだけ頑張ってる。それでも?」


 横で大粒の汗を流しながら休んでるルーリーにも状況は共有してる。


 騎士団本部曰く、アルザス・サヴォワ要塞やその向こうから怪我人が続々と運び込まれているらしい。


 王の指示で怪我人の治療と防衛線の再構築が最優先とされている。


 本部では「勇者が食い止めてくれている間に守りを急いで固めるのだ」って筆頭軍師が声高に言ってるらしい。


「あぁ、騎士団本部にはソフィーがいるはずだが、あのソフィーでダメなんだ……。本当にダメなんだろ」


「そっか――ソフィーちゃんが一番悔しいよねっ。なんだかんだソフィーもソーヤ様大好きみたいだしっ」


 ルーリーが切り替わった。ハイテンションモードは精神的にも消耗が激しいんじゃなかったか?


「もうちょっと、私も頑張りたいからねっ!」


 なんだよ、ルーリーもソウヤ様のことお気に入りか。


 ルーリーは長距離魔法の祝詞を、また唱え始めた。


 負けてらんねぇなぁ。


 なぁ、ソフィー。このままで終われねぇだろ?


 なんとかしろよ。期待してんぜ。



ーーーーー ソフィー・シュッツェ ーーーーー



 泣いてどうこうなる問題ではないと理解している。


 でも、納得できないし、このままだと本当にソウヤが死んでしまう。


 私はカーティス筆頭軍師の御前で、額を土に着け、何度か頭を踏まれたが、ずっと頭を上げず、願い申し出続けていた。


「ソフィー・シュッツェよ……。さっきはああ言ったが、筆頭軍師である私の立場でもどうにもならんのだ……」


 先程は怒鳴られ、罵倒され、頭を踏みつけられたが、今の声色には情を感じる。


 そもそも頭を踏みつけられたと言っても、本気じゃないことは明白だった。


 他の貴族達の前ということもあり、大袈裟に対応してくれたとすぐに分かったわ。


 カーティス筆頭軍師は理解ある人なのよ。


 それでも、ソウヤに援軍を出すことはできない。


 その一点張りの主張を曲げることはできない。


 私の役目は、そこを曲げてもらうことなのに。


 また貴族達が様子を見に来たのか、カーティス筆頭軍師に髪を掴まれ、少し浮かされた後、土に叩きつけられる。

 とは言っても痛みは無い。

 派手な音が出て周囲の兵は目を背けているが、土魔法の応用だ。

 周囲の目が逸れている間に耳打ちされる。


「これを期に少しは学べ、ソフィーよ。ソウヤ殿からの評価は、間違いなくお前が最上位だ。私ができることはない。しかし、お前達の支えになると思い、アナを仕向けた。まだアナの方が上のようだ。アナからも学べ。……いや、それともアナが動きやすくするために?」


 …………。

 それは保険のつもり……と態度に出てしまったかもしれない。


「いえ、私が何とかするのが、一番良い方法です」


 私はもう一度土に顔を叩きつけられた。

 これも痛くない……。

 というか、カーティス筆頭軍師、拷問慣れし過ぎなのでは?


「それでこそ、アナが羨む女だな。もう少しで摘み出す。外で少し泣き喚いて許しを請え。その後涙を拭きながら逃げるように去れ。その頃にはアナも終えているだろう。良いか? 筆頭軍師である私は知らぬ存ぜぬで通すからな?」


 私は目を伏せるようにして頷くと、「いい加減邪魔だ、どけろ」と土魔法と風魔法を駆使した体術再現魔法を私に行使され、傍から見たら蹴り上げられて入口までふっ飛ばされているようにしか見えない私は、そのまま摘み出された。


 言われた通り泣いて、逃げるように去る。

 嘘泣きしたかったけど、涙だけは本物よ。


 プランBしか無いわね……。


 アドルフィーナ、任せたわよ。



ーーーーー リコ・スコルピオーン ーーーーー



 戦況が最悪である旨はアドルフィーナより聞き及んでいる。


 我らはハイルン工房よりさらに後方にある救護施設にいるのである。


 リゼと共に運び込まれてくる兵士の手当を行っていた。


 手当と言っても、止血と包帯を巻くくらいしかできない――訳ではなく、ソウヤによって消毒液と抗生物質が齎されたのでやることが多過ぎるくらいである。


 野戦病院として、きちんと機能している。


 無論、この場所だけだが。


 そのせいで、他の救護施設は全く機能していない。


 全ての救護施設から、負傷兵がこの場所へと運び込まれてくる。

 アルザス・サヴォア要塞からも、ここへと運び込まれてくる。


 リゼと共にここに来て良かったと本当に思う。


 薬が、驚く程に効果を発揮するのだ。


 軽症なら傷を洗って軟膏を塗ればすぐに治り、重傷者も抗生物質を打って傷を縫合し、軟膏を塗れば僅か数分で全快する。


 もう一度言う、全快である。なんだかんだ神の加護が薬そのものに宿っている可能性が高いな。


 これも全て終わったらソウヤに売れる情報となるだろう。


 だからこそ、今ソウヤを失うには、懐的な意味で惜しいのだ。


「この薬を作ったのは、ソウヤ・シラキ。癒しの勇者である。今、勇者ソウヤは危機に瀕している。ヤツに戦う力はない。だから、助けてやってくれ」


 ……だからこそ、クランケンハオスに来て、初めてこの場で頭を下げるのだ。


 例え無視されようが、嫌な顔をされようが、逃げるように立ち去られようが、頭を何度も下げるのだ。


 誰からも良い返事が貰えず、助手をしてくれているリゼから声を掛けられる。


「リコ、アドルフィーナに言われたから……って訳じゃないでしょ……。そんなに、ソウヤ・シラキが心配?」


 抗生物質を重症者に注射しながら、我はその質問に答えない。逆に問うのだ。


「リーゼロッテよ、そんなに、ソウヤが心配か?」

「…………」


 リゼは答えず、我も続きを言わず、次の重症者に抗生物質を注射し、先程全快した兵士に願い申し出る。


 今度は「ひぃぃっ」と言われながら逃げられたのである。そんなに我が怖いか? まぁ随分ヤンチャしたから当然か。

 総長的な不良が都会に出て真面目になって帰ってきても地元民の心象は変わらん的なヤツか。


 自業自得であるな。


 それに巻き込まれるソウヤは――。


 我は注射器に変化させている不斬無ボータルメッサーをリゼに渡す。


「注射器で、ここまで吸い上げてから打つのである。注射器に空気を入れぬようにな」


 我の言葉に、リゼは驚かず、コクコクと頷き、受け取る。


 リゼも分かっているのである。


 ソウヤを今失う訳にはいかないと。


 この情けはソウヤの為ではない。我とリゼのためなのだ。

 

 我は全力で駆け出す。


 アドルフィーナよ、まだコソコソと動いているようだが、下手をすると間に合わんのである。


 そうなる前に、間に合え。

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