第26話 クセ者揃いの厄介者達

 工房内での仕事の割り振りに関して希望を聞くことにした俺なのだが、円満な職場にするためと息巻いていたこの時の俺をぶん殴ってやりたい。

 すぐさま後悔することとなった。


 緊急事態とは言え、抗生物質の抽出作業をやってもらい、その一連の流れからして問題無いと思ったんだよ。


 ちゃんと俺やソフィーの指示は聞いてくれたしな。


 だからこそ、意外と普通なんだと思い込まされてしまった。


 まずポワポワなイメージだったフレデリカさん。


「私はぁ、動物がとーぉっても、大好きなんです〜。だから、馬車馬や家畜のお世話などぉ、やらせていただければぁ」


 動物が大好きということで、馬の世話やこれから導入予定の家畜の世話をお願いしようと思ったんだ。


 工房の裏にはそれなりのスペースがあるから、鶏みたいな鳥から卵取るくらいはしたいし、専用の馬車やその馬の世話に関してもありがたいんだよ。


 でも、「よっこいしょっ」と馬に跳び乗ったフレデリカさんが豹変したんだ……。


「ヒャッハー! 久々の馬だぜぇ! 良い乗り心地じゃねぇか! ソウヤ様、ちょっくら行ってくっぜ!」

「お、おぅ」


 いきなり世紀末ヤンキーの眼光を向けられたら固まるに決まってる。よく「おぅ」だけでも声が出たもんだ。

 フレデリカさんはすぐ帰って来た。


「ソウヤ様! こいつぁ良い馬だぜ! よっと――私もぉ、この馬とぉ、相性良いみたいなのでぇ、これからしーっかりと、お世話させていただきますねぇ〜」


 馬から降りたらポワポワに戻るフレデリカさん。


 あと三階の部屋は要らないから裏口手前の物置が部屋としてほしいと言われたので、譲り渡した。

 裏口の門番代わりにもなり、裏口向こうに物置小屋を新たに設置する案をソフィーから提案されたからだ。

 ソフィーの後ろにはアドルフィーナがいる。

 アドルフィーナ、すでに結構強い立場を手にしているように見える。


 でも、ぶっちゃけフレデリカさんのキャラが強過ぎて、他の者達は霞むレベルのクセだった。


 エマは極度の掃除好きで潔癖症の疑いもあるらしいのだが、そもそも工房が綺麗に保たれるのは良いことである。

 さすがに指で窓の側を拭って「まだ埃がありますやり直し」とか言うレベルではないので、俺は問題無しと見做す。

 むしろエマくらいの清潔に関する意気込みは見習ってほしいくらいだ。

 そう伝えたら、エマは目を輝かせて俺に言った。


「はい、かしこまりました! 手洗いうがい、そして消毒を徹底させ、工房内を清潔に保ちます!」


「うむ、頼んだぞ、掃除大臣」


「ソージ・ダイジン……お役目承りました」


 え? 冗談で言ったのに両膝を付けて礼拝してくるエマさん。


「エマ、清潔なのは大事なことだけど、やり過ぎは良くないからな?」


「ハッ、肝に銘じて務めさせていただきます」


 そうして、エマはルンルン気分で工房の掃除を始めた。


 細目のベルティーナもフレデリカさん程ではないがクセ強だ。


「ハッ、私は近くのモノしか見えませんので、細かい作業は得意ですが動き回る仕事はできません!」


 どうやら目が悪いらしい。

 そして眼鏡も嫌いらしい。

 老眼は治癒魔法で治せないから眼鏡自体は存在する。

 でも近眼は治せると聞いた。 

 どういうことだ?


「ソフィー、アナ、治癒魔法で治せない近眼があるのか?」


 俺は文官で物知りな2人に確認する。


「幼少期から近眼を放置すれば、それが定常状態となり、治せなくなると聞いたことがあります。ですが、数年単位でなければそうはなりません。ベルティーナの家はそこそこに裕福です。年一回の定期健診を受けさせないことはないと思われます」


「ベルティーナは何か隠しておられます、ご主人様。それがあからさまだったので、今まで不遇の扱いを受けていたのです。自業自得とも言えますが」


「ひでー言いようだな二人して。そんなにあたしが嫌いかよ?」


 ベルティーナはおっさん口調になり、細目を少し見開いて二人を睨むように見た。


 何かを隠しているのは間違いないな。


 そして隠していることを隠そうとしない。


 そりゃ不遇の扱いを受けるのも納得だ。


 しかし俺は知っている。


 このベルティーナ、精密作業が超得意なのだ。


 製薬過程で水やら油やらを正確に用意してくる。


 天才料理人のアメリアたんより正確に分量を取ってくる。


 秤の単位がハッキリしないクランケンハオスで、その目は俺に必要だ。


「大丈夫だ。ちゃんとここに置いてやる」


 そしてベルティーナに近寄り、本人しか聞こえない声で囁くのだ。


「その魔眼、俺が使いこなしてやる」


 ちょっとカッコつけ過ぎたか?

 そんな魔眼みたいな正確の眼という意味なのだが、端折り過ぎたか?

 ごめんって、ベティさん。急に細目を全開まで見開かないでってば。

 俺は初めて知ったのだ。人はドン引きする時、驚く程目を開くんだって。


 俺はベティさんに背中を睨まれつつ、ルーリー氏の傍へとやってくる。


「……私は何でも卒なくこなす……。重労働でなければ寝ずに動く。作業効率は悪くなる」


 あれ? 昨晩はめっちゃハイテンションなキャピキャピガールだったのに、今は正反対なローテンション低血圧ガールになってるぞ?

 自己紹介の時もローテーションだったな……。

 二重人格的な? フレデリカさんでもう間に合ってますわよ?

 まぁ長時間稼働型タイプも製薬では有用だからな。

 構わず使わせてもらおう。


「アナはソフィーのサポートだ。王宮との繋ぎ役であるソフィーが不在の時の工房内総括、金銭回り、物品補充の決裁等色々だ。やることは多いが、元上級文官な上に俺のことをご主人様と呼ぶならそれくらいはやってもらう。もちろん、働きに応じた報酬も与えよう。工房が立ち行かなくのは困るが、そうでない範囲でなら要求に応えようと思う。これはアナに限らず全員に言えることだ。とは言っても慣れるまで大変だろう。今日……だけじゃなく明日も緊急の用件が無い限り休みとする。では最後に……アメリア」


 アメリアたんを呼ぶと、サッと俺の前に昼食を出してくれる。


 ランチメニューはルラーデという肉巻きとシュパーゲルという真っ白アスパラに緑のソースがかけられたモノである。


 俺がこれから寝ることを分かっているのか、量は少なめだ。


 ここは工房で本来食事を摂る場所ではない。


 とにかく眠いのだ。


 俺は素早く味わい完食し、アメリアたんに「ありがとう、ごちそうさま」と感謝の言葉を述べて皿を渡す。


「じゃあ俺は寝る。もう限界。明日の朝まで緊急事態以外俺の部屋のドアには誰も触れないように。アメリアも、明日の朝食から頼んだぞ。働鐘が鳴った後で食べるからよろしく頼む」

「……は、はぃい。か……しこ……ま、りまし……た!」


 部屋に戻った俺は、気絶するように眠りに落ちたのだった。

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