情報屋ギルド結成

「なんで、ごとわどぅ断るんだよお゛ー」


 三杯目の麦酒を飲み干して、ミニケはテーブルに突っ伏しながら吠えた。

 僕らは成り行きで夕食を共にする事となり、ミニケ行きつけの店だという酒場にいる。


「飲み過ぎじゃないのか」


「誰のせいだと思ってんのよー」


 赤い顔で恨めしそうに唸りながら、麦酒をジョッキに注ぎ直すミニケ。


「あんまりみっともない姿を子供に見せるなよな。クーナさんは、こういう大人になっちゃだめだよ」


「はい! お肉おいしいです!」


 こちらの話などほとんど聞いていないのか、クーナは一生懸命にステーキ皿(三皿目)を頬張っている。本当に幸せそうに食べるので、見ていて気持ちがいい。


「……それは良かった。いっぱいお食べ」


 邪魔しちゃ悪いと思い、ミニケに向き直る。


「っていうか、本当になんで断るのさー」


「一度経営不振に陥ったギルドを、信用しろっていうのが難しいでしょう」


「まあ、そうだよね。ちゃんとやってたはずなのに、なんで潰れちゃうかな。ボクには才能ないのかな……」


 急にしおらしくなって、泣き出しそうになるミニケ。これは相当に厄介な酔っ払いだ。

 まあ、自分もだいぶきつい言い方だったから、それは反省しないといけない。


「その辺りの事は、よく知らないから何とも言えないけどね。僕が断った理由はそれだけじゃなくて、実は情報屋を始めようかなと考えているんだ」


「情報屋? 冒険者じゃなくて?」


 ミニケは怪訝な顔をした。さっきクーナとのやり取りを見ていたからだろう。


「兼業しようと思ってね。エルドラさんから、僕の事はどのくらい聞いていたんだい?」


「ああ。パーティーの記録係で、ダンジョン未踏破部分の情報を編纂へんさんして、ギルドに報告する仕事だって聞いたよ。だからかい?」


「その仕事の形態上、ダンジョンに関する情報は全て僕の手元にある。それを今までは情報交換の場で他のギルドにも渡していたんだけどね――」


「今度から売り買いしようって考えに至ったわけだ」


「その通り。今日は色々とあってね。求めている人にとっては、情報は金銭以上の価値になるって事に気づかされたよ」


 マフィアの頭目を、たかだか闇オークションへの紹介状一つで言いくるめられたのだ。正直今でも驚きだ。


「ええー、そんな事も知らずに、今まで貴重な情報を他のギルドに流していたのキミ?」


 どこか馬鹿にしたような呆れ顔で、ミニケは言う。その気持ちは分からなくも無い。自覚はあるつもりだ。


「いや……本当は分かっていたんだと思う。ただ、今までは人の役に立てたかったから、商売するのは気が引けていたんだ」


「甘い! あまあまのあまちゃんだよ、レイズ君! 人助けでお金をもらっちゃいけない道理はないよ。というか、冒険者はそもそもそうやって稼いでるわけだしね。憲兵だって消防団だって、国から給料もらってる訳じゃない? むしろ、助けてもらっておいて、お礼も対価も無しってのがあり得ない訳で、正当な額だったら、当然もらう権利があるんだよ! そんなのはね、君自身の仕事の価値を下げているだけだよ!」


 唐突に、ミニケは怒り出した。あまりの勢いに、僕だけでなくクーナも面食らっていた。


「ミニケさん、酔ってます?」


「酔ってないです! レイズ君があんまりおバカだから怒ってるんですぅ」


「おバカか……それは厳しい」


 言われても仕方ないと思う。ミニケさんの意見には同意しかない。冒険者は皆、依頼と言う形で人を助けて稼ぎを得ている職なのだから。


「やっと見つけたぞ、レイズ!」


 唐突に怒鳴り声がして向くと、酒場の入り口にフルシが立っていた。


「フルシか。どうしてここに?」


 怒りに満ちた表情で、フルシは僕らのテーブルにまでやって来る。クーナが動きかけたので、手で制した。これは僕個人の問題だ。


「てめぇ、ギルドから文書一式盗んでいきやがったな! どういうつもりだ!」


「止めてください、フルシ様!」


 すぐ後ろから、ロネットとエルドラがフルシを追いかけてきた。


「ロネット、お前は黙ってろ!」


「止めなさい、フルシ。どういうつもり?」


 冷静なエルドラにとがめられ、フルシは渋々二人に振り返る。


「エルドラまで来やがったのか。どうもこうもありゃしねえ。こいつがギルドの備品を、情報の全てを持って行きやがったんだ。取り返しに行くのは当然だろうが!」


「悪いがフルシ、アレは僕の物だよ。ギルドマスターは僕の情報は必要ないと言ったんだ。手放したのは君たちの方だ」


「ふざけんな! お前を解雇しろとは言ったが、情報を手放せとは言っていない!」


「やはり、君が僕を追い出したわけか」


 とうに知っていたが、自白した彼への意趣返しにと少し責めてやった。フルシが少し怯む。


「っ―――ああ。お前は前から目障りだったからな。正式に冒険者でもねえくせに、偉そうに指図しやがってよ」


「助言を指図というのなら、その通りだろうね。だが、それならなおさら、情報を渡すわけにはいかない。あれは半ば自主的に集めた僕の私物だ。正確にはギルドの備品ではないんだよ」


「ふざけんな! そんな理屈が通るものかよ!」


 殴りかかってきそうな勢いのフルシを、エルドラがなだめる。


「通るのよ、フルシ。お爺様は彼に役に立てと命じただけ。記録係という役目は、レイズ自身が始めた事なの。ギルドは彼に情報提供を義務付けた訳でも、ましてそれを提出させるような契約を結んだわけでもないわ」


「なんだと! エルドラお前、こいつの味方をするのか!」


 エルドラが僕の援護をするとは思わなかったのか、フルシは怒りの矛先を彼女に向けた。


「道理の話をしているのよ、フルシ。私たちの言い分は通らないって事よ」


「そんなもの。こいつをぶん殴って在処を吐かせれば済む事だ」


 再びこちらを向いて、拳を握るフルシ。


「やってみるかい?」


 いい加減うんざりして来たので、僕も椅子から立ち上がった。


「レイズ、止めて!」


 僕が喧嘩を買うのが意外だったのか、エルドラは驚いた様子で止めに入る。

 しかし、フルシの方がわずかに早かった。


「上等だオラッ!」


 殴りかかって来たフルシの拳を受け止めて、足払いをし、転ばせながら捻じる様にして腕を彼の背後に回した。


「あぐっ、クソがっ!」


「暴れるなよ。肩を痛めるぞ。……そもそも、自分でどうにかできると言いきったのは君自身だ。ギルドマスターも、そこの二人も、僕の前で君がそう言ったのを聞いている。男なら、言った事くらいはやれ。、記録をつける事だ」


 今さらながらに、エルドラがあの時フルシにああ確認をとった意図が理解できた。

 こうなる事を予想していたのなら、エルドラは大した策略家だ。やはり、彼女は彼女で何か考えがあるのかもしれない。


「くそっ、覚えていろよ。今日の事をいつか後悔させてやる!」


 フルシを解放してやると、彼はそう言い残して酒場を出ていった。

 その様子を見送って、エルドラは深くため息をつく。


「迷惑をかけたわね、レイズさん」


「いいんだ。フルシを頼む」


「ええ。ロネット、行くわよ」


「はっ、はい!」


 ロネットは僕らに深く頭を下げて、エルドラと共にフルシを追いかけて出ていった。

 僕は安堵のため息を吐く。正直、フルシが引いてくれてホッとした。彼がスキルを使って攻撃してきたら、流石に僕では太刀打ちできない。

 そんな僕らのやり取りを眺めていたミニケが、面白くなさそうに呟いた。


「ひと昔前なら、冒険者といえば自分で探索の記録をつけたものだけどね。その記録を同じギルドの同業者にも決して明かさなかった。情報は命がけのダンジョン探索において、生死を分ける最重要要素だ。それは時に、命そのものと言っていい。

 それが今じゃあの始末だ。自分たちで記録ぐらいつければいいのに、人からもらって楽しすぎたね。協調とか協力って言うのは聞こえの良い言葉だけど、それで全体の能力が落ちたら意味が無い」


 なんとも含蓄のある言葉だが、どう見たってミニケは僕より年下だ。


「貴方がそんなベテランだったとはね」


 僕がらしくもなく茶化すと、ミニケはにやりと笑った。


「ボクは未熟者さ。親から継いだギルドを潰すくらいにはね。ただ、子供の頃から見ていたから、良く知っているだけさ」


「ギルドの存続にこだわるのは、それが理由?」


「まあね」


 どこか悲しそうにそう言って、誤魔化すようにジョッキを飲み干す。

 酔っている風に見えたのはわざとで、どうやら酒は強いらしかった。


「さっきの話、やっぱり考え直さないかい? ボクは君がボクのギルドで何をしても構わないと思っている。ギルドが続くなら、君のしたいように変えてもらっても構わない。それこそ、情報売買専門の冒険者ギルドとかどう?」


 ミニケはそう言って、三度目の勧誘をボクにする。


「そこまで変わったら、もう貴方のギルドじゃないだろう」


「いいや。変わらないために変わるのさ。どうあっても、ボクのギルドには違いない」


 その眼は本気だった。これまでの様な、焦りに似た態度はどこにも無い。

 いや、もしかしたら今までのは彼女なりに、雰囲気を和らげようとしていたのかもしれない。

 だって今の彼女には、ベテランの冒険者に負けないくらいの風格がある。それは人によっては、威圧感と感じるほどの。


「……分かった。僕らに力を貸してほしい。ミニケさん」


 今度は僕の方から、手を差し出した。新しい事を始めようというのだから、信頼できる仲間が僕には必要だ。この人は多分、大丈夫だ。


「もちろんだとも」


 ミニケはいつも通りの柔和な笑顔に戻って、僕の握手に応じた。

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