第15話 ついに手を染める極悪人


「え、えと、さっきのは言葉のあやというか! 言いたかったことが全然違うというか……そう! 私はお姉さん方の体に興味があって……!!」

「ストップストップ! 白昼じゃないとはいえ往来で話す内容じゃないよそれ!」

「ああ、でも、なんか話さないと誤解されちゃ……」


 『付き合ってください』そんな爆弾発言をしてしまった彼女は、わたわたと慌てて弁明するけれど、次々と飛び出てくる言葉の数々はどんどんと過激なモノになっていく。


「そう、誤解なんです! ちょっと、ちょっとだけ私に付いてきてもらえれば……少しでいいですから! ちょっと出てくれるだけでも!!」


 誤解以前に、もう一度落ち着いてもらいたい。ただ、見たところあがり症気味な彼女の調子が戻ることはなく、誤解を招くような言葉が次々と飛び出てくるばかり。


「うるさい」

「ひぎゃ!?」

「ハスパエールちゃん!?」


 これ以上は聞いてられないと思ったその時、背後に回ったハスパエールちゃんの手刀が、音もなく慌てる彼女の意識を刈り取った。


 その一撃はまさに神速。白枝のように細く容易く手折れそうな少女にそんなことをしてしまえば、首がもげてしまうのではないかと心配してしまうほどには、目にもとまらぬ手刀だった。


 流石はハスパエールちゃん。元秘密結社の諜報員にして、元人攫いの腕は伊達ではない。 


 ただ。


「ハスパエールちゃん! いくら相手が変なこと言うからって、暴力はダメだよ!」

「んにー……でも、放っておいてもよくわからにゃいことをペラペラと喋るだけではにゃしににゃらなかったにー」


 確かに、あのまま放っておいても暴走した彼女があれやこれやと失言を繰り返すだけに終わった可能性は高く、これが当人に一番ダメージのない対応だったのかもしれない。


「そうかもしれないけどさー……あ」


 ただし、生憎とここは鉱山街ホラーソーンの往来である。軒を連ねる店店はもちろんのこと、それを利用する旅人住人で溢れたこの場所で、私たちの行動が目立たないわけがなかった。


 どう考えても悪い意味で人目を集めてしまっているのを自覚して、苦笑いを浮かべる私は――


「な、何の事件性もありませんよー!」


 意識を失った少女を抱えて、その場から足早に立ち去るのだった。


 はてさて、こんな私の姿は彼らの目にどう映ったのだろうか。


 どう見ても誘拐犯のそれだけれども。私はそこまで極悪非道じゃない……よね?


 人攫いを奴隷にしたり、魔物の魂を武器に転生させたりしてるけど……うん、このことは考えない様にしよう!


「ご主人」

「なに、ハスパエールちゃん」

「逃げるのはいいけど、当てはあるのかに?」

「やばっ」


 全然考えてなかった。確かに、今日来たばかりの私に土地勘なんてないし、少女を抱えたままじゃ手ごろな宿を取ることだってできない。


 どう考えても誘拐現場である。


「にゃら、いい案があるに~」

「乗った!」


 良い案があるというハスパエールちゃんの誘いに、二つ返事で私は乗った。しかし、この時私は忘れていた。


 彼女が今でこそ私の奴隷だけれど、元秘密結社の諜報員にして、人攫いであることを――




――10分後。


「ありなのこれ?」

「別に、わちしたちはこいつの誘いに乗っただけにー」


 人目を避けるように私たちが来たのは、とある工房の前。入り口の横には達筆な文字で『エルゴ第二鍛冶工房』と書かれている。


 ただし、店長は不在なのかエルゴ第二工房の入り口には鍵がかかっていた。残念無念、ここは引き下がって日を改めるしかないだろうと思いきや、なんとびっくりハスパエールちゃんの手には『エルゴ第二鍛冶工房』の鍵が握られているではないか。


 ……ちょうど今、私が抱えてる女の子から拝借したものである。


「なんかすごい悪いことしてる気がするんだけど……」

「憲兵に通報されにゃきゃ犯罪じゃないにー」

「つまり通報されれば犯罪ってことね」


 あらやだ本格的に極悪人になってきちゃったわ私。


 今更かな? 今更な気がしてきた。


「開いたに~」

「ああ、私の中の常識人パロメーターに亀裂が……」

「最初から存在しないモノに亀裂にゃんか入りようがにゃいにー……ひにゃ!?」


 悪いことをいう子ネコちゃんのお腹をつまみつつ、工房の中に入る。


 時刻は既に夜。窓から差し込む光はなく、工房の中は暗い。なので、近くにぶら下がっていた光を放つ魔道具のスイッチを入れる。


 すると、電球のように魔道具が光、工房の中が照らし出された。


 壁一面に並べられた武器や道具たちがずらりと私たちを出迎える。おそらくこれらの作品はこの工房で作られたもの。そのどれもが、無骨ながらも匠の確かな腕を教えてくれる仕上がりをしていて、今か今かと使われる時を待っている。


 奥の方まで照らしきれていないので、まだまだ工房の全体像は把握できないけれど、ここが工房であることを疑う人間はいないだろう。


 そんな工房内の様子を見て、しかし私の興味はそちらの武器よりも、光を放つ魔道具の方に吸い寄せられてしまった。


「……そういえば、こういうのも作れるのかな」


 ファンタジー作品に多く普及している魔力を動力した道具は、リィンカーネーションシリーズが描く日常の中にもしっかりと息づく生活必需品だ。


 水を出したり、火を出したり、光を放ったり、風を起こしたり。やはり生産職というからには、こういった製品を作ってみたいものだけれども。


 ただ、それは今考える話ではない。


 まずはこの少女についてだ――


「泥棒か?」


 闇の中から聞こえてきた声に、私の体がびくりと震えた。


 まるで針の筵のような威圧感が、私たちを取り囲んだ。


 声の主は子供。小学生のような、幼い声色。


「あ、か、勝手に入ってすいません!」


 ゲームのはずなのに、脂汗を垂らしてしまうほどに私はその声に気圧されてしまった。


「えと、この子が話しかけてきたんですけど、急に倒れちゃって……ポケットの中に、ここの工房の鍵があったから、ここの人かと思って」

「あー……なるほどな」


 言い訳のような言葉を続けながら、私は抱えていた少女を見せる。すると、工房の中に充満していた殺気が霧散した。


「悪いな、うちのが迷惑をかけちまって……だが、他人の懐を探るってのは感心できねぇな」


 そして、電球の魔道具では照らしきれない工房の闇の中から、その少年は姿を現した。


 少年、にしては貫禄があるけれど。


「そんな物珍しい顔するなよ。今時、ガガンド族なんてどこにでもいるだろう。俺もその一人だよ。ウィズ・エルゴ。そこのマヌケ面で気絶してるロラロ・エルゴの父親だ」


 どうやらこの少女の父親であったらしい。というかすごいなガガンド族!? 見たところ背の低い中学生か、成長の早い小学生にしか見えないけれど……これで子持ちの父親なのか。


「んで、誘われたっつってたが……ま、話しはロラロが起きてからだな」


 そう言った彼は、ロラロちゃんを抱えた私たちを、工房の奥の住居へと案内してくれるのだった――




 一部屋の中に調理台から水場、ベッドに箪笥と必要なものがすべてそろった居住スペース。部屋に二つ設置されているベッドの片方にロラロちゃんを寝かせて待つこと20分。


「――……あ、あれ。私、なんで、家に……」

「あ、起きた」


 かなりしっかりと気絶していたのか、ようやく目覚めたロラロちゃん。彼女は家のベッドに寝かせられていたことに、混乱しながらも、ゆっくりと体を起こした。


「――あ」

「おはよ」

「……コヒュ」


 そして、起き抜けに私と目が合ってまた気絶した。


 えぇ……?


「ああ、すまん。言い忘れてた。そいつ極度の人見知りなんだ」

「まあ、見れば判りますけど……」


 その一部始終を見ていたウィズさんはそういうけれど、あがり症な彼女の一面を見てなかった危うく私が傷つくところだったぞ。


 そんなにひどい顔してるかな、私?


「取って人を喰いそうな顔はしてるにー」

「成敗っ」

「んにゃ!?」


 相変わらずなはハスパエールちゃんの耳を弄り、話を戻す。


「おい、ロラロ! 起きろ!」

「はい、起きますお父さん! ……? ひぃ、誰かいる!?」


 起きろと言われて跳び起きたロラロちゃん。どこかで見たことがあると思ったら、自衛隊の起床シーンのようだった。ウィズさんの声がさながら起床のラッパ。それに怯えながら起きる彼女は、さながら訓練された兵隊のよう。


「……て、あ、あれ、昨日の……」

「今日だね」

「あ、あの時はすいません!! わ、わた、私ちょっと、人見知りで……」

「大丈夫大丈夫。落ち着いてほら、深呼吸~」


 スーハースーハーと、彼女を落ち着かせるように努める私だ。というのも、私だって人見知りの気があるので、彼女の気持ちがわからなくもない。


 とりあえず、こういう時は深呼吸だ。或いは素数だ。孤独な数字だ。


「落ち着いた、かな?」

「あ、はい……おちつきました……ありがとうございます」


 深呼吸の末に落ち着きを取り戻した(最初から落ち着きを持ち合わせてたかは疑問だけれど)ロラロちゃんは、深々と頭を下げてお礼を言う。


「とりあえず自己紹介からかな。私はノット・シュガー。あなたは?」

「あ、はい。ロラロ・エルゴです。ここの……工房主をやってます」

「工房主……?」


 ロラロちゃんの口から出てきた言葉に、私は思わずウィズさんの方を見る。はて、工房主ならばウィズさんの方なのではないか。そんな私の考えが伝わったのか、ウィズさんは言う。


「二年前、俺はハンマーを振れなくなった。それから、ロラロがここの工房主だ」


 大災害の影響か。


 確かに、あの日はティファー大陸の多くが破壊されると同時に、たくさんの人が死んだ。例え生き残っても、後遺症を残す傷を負うことだって十分にあり得る話だ。


「それで、一応聞いておきたいんだけど……ロラロちゃん、路上で私たちに話しかけてきたよね? 色々あって聞きそびれちゃったんだけど、何の用だったのかな?」


 色々あって。いやほんとうに色々あった。別に私は誘拐したつもりはないけどさ。


 ともあれ、あの誘いが何だったのかはとても気になっている。なにしろ、彼女と遭遇すると同時に、クエストアナウンスが流れて来たのだから。


クエスト【古工房の跡取り娘】


 いくらアマノジャクな私でも、ゲームをしている限りは現れたクエストはクリアする。その方法がアマノジャクなだけで、そこまで歯向かうつもりはない。


 そんな私に、返って来た答えは――


「え、えと……シュガーお姉さん、見たことも無いような魔物の、大きな骨を背負ってたじゃないですか……あれを、私の工房に卸してほしくて」


 ああ、なるほど。確かに、私は目立つようにシウコアトルの頭骨を背負っていた。あれは冒険者ギルドに売るつもりだったけれども、それを直接売ってほしい、と。


 まあ、それなら――


「お金は?」


 その話し合いに、横から突然ハスパエールちゃんが割って入って来た。


「あ、え……」

「だから、お金はあるのか聞いてるに」


 彼女が威圧するようにロラロちゃんに迫るものだから、小さなガガンド族の体躯をさらに縮めて委縮してしまっている。


 流石に可哀そうな姿に、ハスパエールちゃんを窘めようと口を開こうとした私であるが、ハスパエールちゃんに手で制されてしまう。


「ご主人は黙ってるにー。どうせ、可愛いから全部上げちゃうとか言うだろうし」

「え、どうしてバレたの!?」

「……マジかよ」


 おいおいハスパエールちゃん。まさか私の考えが読めるまで心が通じ合っちゃったってことなのかな? かな?


 ただ、口癖を忘れるのは感心しないな~。アイデンティティは大事にしなきゃだめだぞハスパエールちゃん!


「ともかく、ご主人は馬鹿で愚かだけど、わちしは違うに……この骨はご主人が決死の覚悟で取って来た素材。それを、タダでもらえるにゃんて、虫のいい話はわちしが許さにゃいにー」


 一応、私は死んでもシステム的に蘇れるけど、ハスパエールちゃんの言うことも一理ある。少なくとも、彼女は死にかけたのだから。


「わちしはただ働きはごめんだに。労働には正しい対価があるべきだにー……ご主人も、それはわかってるにゃ?」


 ぎろりとこちらを睨むハスパエールちゃん。その瞳には、自らの意思を押し通す強い意志が感じられた。


 ここまで言われてしまえば仕方がない。私としても、何が何でもこの子に譲りたいわけではないのだから。


「あ、でも。ハスパエールちゃんって、私から対価貰ってたっけ?」

「それはこれから徴収するにー! 覚悟しておくにー!!」


 面と向かって私にそう言った彼女は、改めてロラロちゃんに詰め寄った。


「これはわちしも見たことがない魔物の素材。となれば、それなりの値になるに。……冒険者ギルドが提示する以上の金額。それがにゃきゃ、これは卸せないに。それを、そっちは払えるのに?」


 ここまで話を聞いていて、一つだけ不思議なことがある。


 それは、ハスパエールちゃんが、まるでこの工房に素材を買えるようなお金がないと知っているような口ぶりなところだ。


 果たして彼女は何に気づいているのか。


「わ、私は……」


 詰め寄るハスパエールちゃんに、ロラロちゃんは――


「お金は、ない、です……」


 希少価値の高い素材を買えるお金はない。ロラロちゃんは、確かにそう言った。


「ふぅん、そうかに」


 ロラロちゃんがそう言った途端、興味を無くしたかのようにハスパエールちゃん。彼女は、もう話すことはないとでも告げるように、ロラロちゃんの方に背中を向けて、群青色のしっぽをつまらなそうに振った。


 交渉も終わり。


 そう思われた。


「でも――」


 ただ、話しは続いた。


 背中を見せたハスパエールちゃんに対して、ロラロちゃんの言葉は続けられる。


「私たちの工房は……お金はない、ですけど……装備は作れます! その素材を最高の装備品に出来るのは、この町でこの工房だけです!!」


 人見知りのあがり症。そんな風に思っていた彼女の評価を私は改めた。


『クエストが更新されました』

『ユニーククエスト【継がれる火種は仄かに明るく】が開始しました』


 アナウンスが報せる通り、今、何かが変わったのだから

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