第七話 かわいいとは追及するものみたいだよ
「シェイド! たっだい、たっだい、たっだいまー!」
「はいはい、おかえり、ライブラ21」
「……ただいま」
「ただいま帰還しました」
「ライブラ22、23。おかえり」
ライブラ三人がわちゃわちゃと、俺の周りに集まる。順番になでていく。
本部から事情は聞いているだろうが、俺からもツバサ君、ライブラ24のことを説明しなくてはな……。
フローラにも手伝ってもらった方がいいかもしれん。あいつは元々ここの技術開発部の人間だ。ライブラ四人のことを知っている。
なるべく引きずって欲しくない。MCC機構として、俺個人として……。
* * *
「えっと、ここをこうやって、こうして……」
ぼくは鏡の前で四苦八苦していた。
「うまく結べない」
シェイドさんに教わったポニーテールの結び方をやろうとするが、全然できない。ボサボサだし、結ぶ位置が左右で違うし。やり直したいけど、ずっと腕を持ち上げていたから疲れてきちゃった。
ノックの音がした。ドアを開けるとフローラさんがいた。そうそう、勉強会が復活したんだよね。
「こんにちは! ツバサ君、じゃなくて今後はライブラ24って呼ぶことになったんだよね」
「はい、こんにちは、フローラさん」
魔法を多用して働く人は、みな魔術師として扱われるんだよね。そして、魔術師は真名を隠して偽名を使う。ぼくは今後、魔術師として本部で働く、かもしれないので、ツバサという名前は心の中にしまい、ライブラ24と呼ばれることになった。
ちなみにフローラさんも魔術師で偽名だそうだ。というかMCC機構のほとんどの人が魔術師で偽名を使っている。中には魔術師じゃないけど、ニックネーム感覚で偽名を使う人もいるらしい。とても自由だ。
扉の奥から不意に人が現れて、抱きつかれた。そのままグルグル回る。
「ライブラ24! ひっさしぶりなのだー!!」
「……久しぶり」
「久しぶりでよいのでしょうか? それと一旦放してあげてください。目を回しています」
この人たちはいったい誰? ぼくは現れた三人組をよく見る。
さっき抱きついてきた元気な人は、肌は褐色、髪色はグレーでショートヘアー、目は赤。
控え目そうにしている人は、肌は白くて、目は赤。髪色は淡い栗色、ロングヘアーで腰まである。
もう一人の、しっかりしてそうな人も同じで、肌は白くて、目は赤くて、髪色は淡い栗色で……。
ちょっとまった。抱きついてきた人は違うけど、他の二人はぼくとそっくりじゃないか?
「えっと、三人はぼくのお姉さん?」
「ピンポーン! 正解! 私たちはあなたのお姉ちゃんなのだー!! ねえねえ! 記憶ない、魔法使えない、MCC‐062の力も使えないって聞いてたけど、案外大丈夫そうじゃなーい?」
「あ、これは、シェイドさんからお姉さん三人いるって聞いていて、それで、もしかしたらそうかもと思って」
「あーなるほろ。それよりもさ、気にならない?」
「……気になる」
「とても気になります」
お姉さん三人組がわちゃわちゃと、ぼくを取り囲む。
後方で腕組をしていたフローラさんが、お姉さん三人組に指示を出した。
「そう、身だしなみがなってない。三人ともやっておしまい!」
「「「はい!」」」
ちょ、ちょ、ちょっとまって!
「うわー!! 誰か、誰か助けてー!!」
お姉さん三人組に服をひん剥かれる。がんばって結んだ髪も解かれる。
「キャー!」
男らしからぬ悲鳴とポーズをとる。
「フローラさん、大変です。クローゼットの中スカスカです」
お姉さん三人のうち一人が、フローラさんに報告する。
「なんですって? 私物をクローズド・サークル000へ移動させてなかったのかな?」
「え、えっと何着かあります! 何着かありますから、この服でいいでしょ!?」
ぼくは服を返してもらおうと懇願する。
「……これもかわいい。……けど」
「かわいいは、追及するものだー!!!」
またしても抱きつかれグルグル回る。
「ライブラ24の部屋番号ってわかる?」
「……508……号室」
「私、ちょっと取ってくるね」
「えー! 勉強会は? フローラさん、勉強会は!?」
ぼくはベッドの中に避難し、毛布にくるまりながら必死に引き留めようとする。
「今日の勉強会は、かわいいについてよ!」
そういってフローラさんは出て行ってしまった。かわいいについてとは!?
そして、お姉さん三人組はおもむろに服を脱ぎだした。
「わー! な、何で脱ぎ始めるんです?!」
自分、というかライブラの裸は見慣れたけど、他人の裸は、特に女の子の裸なんて見れない! とっさに目を覆う。
「……お風呂に、入る」
「さっき任務から帰って来たばかりで、汗まみれなのだー!」
「さぁ、洗いっこしましょう」
「あー! ダメです、ダメです! こ、心の準備がー!」
必死に抵抗するぼくVSお姉さん三人組、勝てるはずもなくバスルームへ。
「……あ、あの」
バスルームは広めだけど、四人はさすがに狭い。立ちながら体を洗いっこするが、恥ずかしくて顔を上げられない。
「自己紹介しましょうか。私はライブラ23」
「……私は22」
「私は21だ!」
えっと、元気で、褐色肌、グレー髪の人が一番上のお姉さん21で、控え目な人が二番目のお姉さん22で、しっかりしてそうな人が三番目のお姉さん23。21の人はすぐわかるけど、22、23は話してみないと見分けがつかない。
「えっと、ぼくは……」
黙り込んでしまう。体の名前なのか。心の名前なのか。……お姉さんたちはぼくのことをどう思っているのか。
「MCC機構としては……MCC‐062‐24の認識でいいと……聞いている。シェイドからは……新しい末の妹と、仲良くしてやって欲しいと……言われた」
「はい。シェイドから事情は聞きました。私たちは24の死を受け入れます」
「そうだ! そしてがんばって帰還した妹をほめるのだー!!」
ざばーんと頭からお湯をかけられる。
ライブラ21が優しく笑う。
「ライブラ24、新しくやってきた妹! これからよろしくね!」
「……よろしく」
「よろしくお願いしますね」
……正直、ぼくの存在を受け入れられないだろうと思っていた。拒絶されると思っていた。とても悲しんでいると思っていた。だって、妹が死んで、違う人になったんだよ? 少し泣きそうになった。ライブラの、ぼくの、お姉さん。
「はい! よろしくお願いします!」
お風呂から上がる。髪の毛を乾かしてもらって、下着姿で部屋に向かうとフローラさんが帰って来ていた。
ライブラ21がクルクル回る。
「何もかもすっきりしてきたのだ!」
「そう、それはよかった! ライブラ24の服とか髪飾りとか靴とか、他にもいろいろ持ってきたよ」
抱えて持つくらいの箱が四つある。そんなにあるの?
それからは盛大なファッションショーが始まった。
「かわいい! かわいいぞ! ライブラ24!!」
「……編み込みはこうやって、こうして……」
「この靴は傷がついてますね。今度新しいの一緒に買いに行きませんか?」
かわいい、かわいいと、もてはやされ得意げになっている自分がいる。これがかわいいを追求するということなのか。
ちらっとフローラさんを見た。満足そうに微笑んでいた。
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