第二話 魔法のことを教えてもらったよ

 狭い個室に通されて、男性と会話をする。黒縁の四角い眼鏡をかけていて、肌は褐色、髪色はグレー。グレーだけど、歳をとっているとかじゃなくて、三十代後半くらいかな。


「こんにちは、ツバサ君。これで会うのは三回目くらいだろうか?」

「えっと、そうですね。お久しぶりです」


 この建物に来たときと、最初の検査のとき以来会っていないから……、この人の名前忘れちゃった。首から名札か何か下げているけど、この世界の文字が読めない。こうして話せているのにどうしてだろう。不思議な感覚だ。


「初めて会った頃はバタバタしていたし、君も混乱していただろうから、改めて自己紹介を。MCC機構、研究員のシェイドだ。よろしく」

「ツバサ、垣根翼です。あ、えっと、カキネは家名で、ツバサが自分の名前です。よろしくお願いします」


 お互い握手をする。手があったかい。


「君はこの世界を知らない。別の世界から来たと言っていたね」

「はい。魔法があって、剣を持っている人がいて、知らない食べ物があって、どれもぼくが知っている世界と違うことばかりです」


 シェイドさんは椅子の背にもたれ掛かり、少し考え事をしだした。

「そうか……。君の知っている世界に魔法はないとのことだが、どうして魔法の概念は知っているんだい?」


「あっ、それは、魔法がおとぎ話によく出てくるからです。火を出して悪い敵を倒したり、空を飛んで移動したり、そんなお話がいっぱいあるんです」

「おとぎ話か」

 シェイドさんは少し笑った。


「大昔の人たちも、魔法のことをおとぎ話のように思っていたかもしれないな。神秘の力と呼ばれていたから。だが今、魔法の力は発展を遂げ、人々の生活に深く根ざしている」


 ——人々の生活に深く根ざしている。この建物に来て、機械らしい機械は見かけなかった。ドライヤーがそうだ。それとテレビがない。冷蔵庫とか電子レンジとかはどうだろう。食事は用意されてくるからわからない。どうしよう、ぼく魔法が使えないとこの世界で生きていけないのでは。


「あの、ぼくは魔法を使えるようになれますか」

「ん? すでに使っているはずだが? 魔道具、使っているだろう?」

「ま、魔道具?」

「お風呂入っているよね? レバーを引いて左右に動かすとお湯が出たり、水が出たり」

「あ、あれ、魔法なんですか!?」


 水道管が通っていて、ガスで水を温めて、じゃなくて魔法だったんだ! ぼく魔法を使っていたんだ! すごい地味だけど。


「……魔法の概念を知っているが、認識の違いか、いや、そもそもおとぎ話と言っていたし、だが話してもらった、火を出したり空を飛んだりといった魔法と、我々の世界の魔法は似ている部分がある。魔法という概念は我々の世界から伝わったものなのか、それとも本当に独自の発想から生まれたものなのか——」


 シェイドさんは、ぶつぶつと独り言を言いながら考え事をしている。邪魔しちゃいけないんだろうけど、興奮して話しかけてしまった。


「か、髪の毛毎日魔法で乾かしてもらっているんです。風! あったかい風出したいです!」

「それは、まだだめだ」

 え、だ、だめなの?


「なんでですか? お風呂のやつは使っていたのに」

「あの魔道具は、誰が使っても安全なように作られているんだ。魔法を使うには色々と決まり事があるんだよ」

「決まり事、ですか」

 なんだろう、交通ルールみたいな?


「そうだな、ちょうどいい機会だ。君を今保護している組織、我々MCC機構について、簡単に説明しよう。MCC機構は、魔法や魔法に関連するものを集めて制御する団体だ。Mはマジック、Cはコレクト、もう一つのCはコントロール。魔法は自然の法則を超えた力で、日常生活に役立つけど、制御しないととても危険なんだ。だから、我々は魔法に関する知識を集めて整理し、安全に使う方法を研究しているんだよ」


 シェイドさんはチラリとぼくを見る。

「……どうかな。理解出来ただろうか」

 なんとなくわかるような、わからないような。


「まあ、そうだな。魔法の力を正しく使いましょう、そのために色々していますよ、っていうのがわかれば十分だよ。大丈夫、あったかい風を出したいくらいなら義務教育の範囲だ。難しくはない」

「は、はい」


「まずは、文字を覚えようか。それからこの世界を知って、魔法を安全に使うことを知ってもらおう。さて、どう教えたものか、だめだな、俺は教えるのが下手だから。それにこの辺りは慎重に進めていきたい。下手に刺激を与えると、いや刺激を与えない方がむしろ——」


 シェイドさんの独り言がまた始まる。

 ぼく、魔法使えるようになるかな。道のりは遠いかも。


 早くライブラに体を返したい。そんな気持ちを持ちつつも、魔法を使ってみたいという気持ちが強まっていくのを感じた。

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