アルカナ・スペクトル ぼく魔法のある世界の女の子に転生したみたい?

依定壱佳

第一話 女の子に転生したよ

 ――体中が痛い。息が苦しい。暗闇の中。


 ふと、息が楽になった。ぼくは知らない場所で目が覚めた。周囲を見回すと、見慣れない天井と木の壁が目に入る。ここはどこ? ぼくは確か、病院のベッドで――。


「今は説明している暇がない。作戦は失敗だ。逃げる準備を。また君を失うわけにはいかない」


 さ、作戦? 逃げる? というかここはどこ? 状況が理解できず混乱する。知らない人たちに背中を押され、腕を引っ張られ、小屋の外へ出る。


 何が起きているの? ぼくはどうなったの? 確か重い病気にかかって、家族みんなに見守られながら眠ってそれで……死んだはず。


 ドアが開かれた瞬間、強い熱気を感じた。

「な、何、何が起きているの!?」

 小屋の外は火の海になっていた。驚愕した。この光景と、知らない自分の声に。


 後に知ることになる。ぼくは女の子に転生したということを。


  *  *  *


 ぼくの名前は垣根翼です。男で、十四歳です。

 ぼくは重い病気にかかって死にました。もう一つわかるのは、この世界は、ぼくの生きていた世界ではないということです。


 目の前の白衣を着た男性にそう話した。


 ……もう、そう説明することしか出来ない。目を覚ましたら小屋の中にいて、外に出ると火の海だった。ある一人が水の玉を作って、その中へみんなで入って窮地から脱した。あれは魔法だ。魔法としか思えなかった。


 目の前の男性は心配そうな顔をしている。それはそうだろう。だって今ぼくは――。


「しばらくはあなたを観察させて頂きます。不自由な生活が続くと思いますが我慢してください。可能な限りの要望には応えましょう」


 ――だって今ぼくは、とある女の子の体に入ってしまったのだから。


 とぼとぼと、用意された部屋へ戻る。ちょっと豪華なホテルのような部屋だ。ぼくは改めて洗面台の鏡に映る自分を見た。


 この女の子はライブラという名前らしい。それ以外は知らない。というか教えてもらえなかった。ぼくが手を上げれば、鏡に映る子も手を上げる。ぼくが微笑めば、鏡に映る子も微笑む。これが本当に、今のぼくなんだ。


 同い年くらい、十三、十四歳くらいだろうか。目は赤く、肌は白い。髪の毛は腰まであって、髪色はコーヒー牛乳みたいな色。


 物思いにふける。今この子はどうしているんだろうか。ぼくは死んでしまったから体はないはずだ。あったとしても、あの体は長く持たない。早く体を返してあげたいな。そのためにもこの体を健康に、清潔に維持しないといけない。


 ぼくはこれからお風呂に入る。


 まず靴下を脱ぐ。スカートのホックを外しファスナーを下げる。スカートは重力に従ってファサッと下へ落ちた。華奢でスラリと伸びた足。キュッと持ち上がったお尻。


 生唾を飲み込む。


 ブラウスのリボンを外し、一つずつボタンも外していく。緊張して手が震える。ブラウスがサイドに開き露わになる。そっと手を添える。控えめだが、そこにあるのは……。


 首を横に振る。


 だめだ。今どういう状況かわからないけど、いずれはこの体をライブラっていう女の子に返すんだ。下手にいじっちゃだめ!


 タオル、パジャマ、……女の子の下着! 用意よし! まずはブラッシングしよう。ホコリをとって、絡まった髪の毛を解く。最初髪の毛を洗ったときすごい絡まって、二度と解けないんじゃないかと思った。


 長い髪の毛を洗って、体を洗って、顔を洗って、……そういえば、この子は最初どこから洗うんだろう。……いやいや、何も考えない何も考えない。


 サッと泡を流して、湯船に浸かり十秒数えてお風呂から上がる。無心でわーっと体を拭いて次の難関へ。


 下着の装着である。


 これが難しい。ブラジャー。ブラジャーだなんて触ったことがない。本来の着け方と違うのだろうけど、最初からホックを引っ掛けてしまって、頭から通してしまう。そして大切に収めるものを収める。サッとパンツを履く。なんかピッとしていて違和感がある。あとはパジャマを着るだけ。難関クリア。


 次は髪の毛を乾かす。ドライヤーはない。この世界の人は魔法を使って生活している。ぼくは魔法の使い方を知らないので、誰かに頼んで乾かしてもらう。部屋を出て、職員、でいいのか、職員の人を探した。


 こんな時間まで働いているのかな。その辺を歩いている人に声をかける。

「あ、あの、髪の毛乾かしてもらってもいいですか?」

「いいですよ」

 特にお世話係が決まっているわけじゃないけど、みんな事情を知っているので色々手伝ってくれる。


「なかなか乾かないですね」

「あっそうなんです。女の子の大変さを身に沁みる毎日です」

「ははっ、そうでしょうね。この長い髪の毛、短く切りますか?」


「あっいえ、このままで。……なるべく、ライブラって人の体、大切にしておきたいんです。何が起きているのかよくわからない状態ですが、返すことになるならそうしておきたいって思って」

「とても優しいんですね」


「優しいというか、立つ鳥跡を濁さずみたいな」

「はい?」

 あれっ、このことわざ伝わらないのかな。


「……ぼくは死にました。死んだんです。それが何故か、このライブラって人の体の中に入ってしまったんです。いずれは元に戻ってぼくは消える。そうしなくちゃいけないんです」

「……そうですか。髪の毛乾きましたよ」

「ありがとうございます」


 ぼくは部屋に戻って、ベッドへ横になった。

 そう、ぼくは生きていない。ライブラって女の子にこの体を返すまで、大切に大切にしていくんだ。


  *  *  *


「あの個体の様子はどうだ」

 男性が職員に話かける。


「アルカナコード:MCC‐062‐24ですが、ツバサという十四歳男性を名乗っています。行動を観察しておりますが、最初こそ戸惑っていましたが、今は落ち着いた生活を送っています。職員とのコミュニケーションも問題なく取れています」


「そうか」

「コミュニケーションを通して得た情報ですが、自身はすでに死んでいて、いずれはライブラに体を返したい、そうしなくてはならない、と発言していました」


「なるほど、わかった。レポートに追記しておいてくれ」

「承知致しました」


 そう言って職員は静かに出て行った。

「ツバサ君。これは憶測に過ぎないが、君はライブラとして生きていかなくてはならないだろう」

 男性は静かにつぶやいた。

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