アルカナムハート ぼく魔法のある世界の女の子に転生したみたい?

依定壱佳

第一話 女の子に転生したよ

 目が覚めると、ぼくは知らない場所で寝ていた。確かぼくは重い病気にかかって、家族みんなに見守られながら眠ってそれで――。


 知らない人たちがぼくに声をかけてくる。ぼくは自分の身体に意識が向かった。どこも痛くない。髪が目に映る。長くてコーヒー牛乳みたいな色、それから驚くほど白い肌、やわらかくて細い身体。


「今は説明している暇がない。作戦は失敗だ。逃げる準備を。また君を失うわけにはいかない」


 さ、作戦?逃げる? 単語しか頭に入ってこず混乱するが、みんなに引っ張られて小屋を出る。外は火の海だった。一人が大きな水の玉を作る。目を見開いた。これはいったい何?


「さあ、早く入って! このまま突っ切ります」


 後から知ることになる。ぼくは魔法のある世界の、女の子に転生したのだと。


  *  *  *


 MCC機構(Magic Collect Control Organization)。

 この世界のありとあらゆる魔法、魔法に関係するものを集め、制御する団体、MCC機構。


 目の前の男性はこの組織について教えてくれた。しかしライブラと呼ばれる存在、つまりこの体の持ち主で、今のぼくについては教えてくれなかった。いろいろ質問されるが現状を理解できていないこと以外、何も答えられなかった。


「しばらくはあなたを観察させて頂きます。不自由な生活が続くと思いますが我慢してください。可能な限りの要望には応えましょう」


 どうなっちゃったんだろう。火の海から逃げたあと、狭い路地裏の道に、突然扉が現れてこの建物に入った。そこからは質問と検査の毎日を送っていた。


 用意された部屋に戻る。ちょっと豪華なホテルのような部屋だ。バスルームの鏡を見る。目は赤く肌は白い。髪の毛は腰まであって、最初のときは、コーヒー牛乳みたいな色なんて表現したけど、淡い栗色と言った方がこの子に合うだろう。


 この子はライブラ、今のぼく。右手を上げれば、右手が上がる。微笑めば鏡の彼女も微笑む。これ、本当にぼくなんだ。


 食事が用意された。シチューにパン。知らない甘いフルーツに、これは紅茶だろうか。いい香り。食事はおいしかった。毎日おいしい食事が用意される。


 そろそろお風呂の時間。……これが一番、やっかいだった。


 まずタオルを着替えと……下着を用意する。当然女の子の下着だ。そのあと髪をブラッシングする。ホコリとか絡まった毛を解く。最初髪の毛を洗ったときすごい絡まって、二度と解けないんじゃないかと思った。


 服を脱ぐ。……下着も脱ぐ。細い身体だ。ぼくと同い年、十三、十四歳くらいかな。これから成長を迎えるのだろうか。あまり他人の身体をジロジロ見るのは良くないんだけど、体を洗うからどうしても目が行く。胸に目をやる。きっと、その、これから大きくなるんだろう。


 女の子のお風呂は大変だ。長い髪の毛を洗って、体を洗って、顔を洗って。そういえば、この子は最初どこから体を洗うんだろう。……他はなにも考えないようにしなくちゃ。


 職員、の人でいいのだろうか。保湿剤をくれた。顔が乾燥して粉吹いてるのを見てくれたのだ。体全体、顔にも塗る。


 次は下着を着る。これが難しくて、ホックをつけて上から通して収めるものを収める。パンツを履く。パジャマを着る。


 髪の毛を乾かす。ドライヤーはない。この世界は魔法の力を使って生活する。ぼくは魔法の使い方を知らないので職員の人にお願いする。部屋を出て職員の人を探した。


 こんな時間まで働いているのかな。その辺を歩いている人に声をかける。特にお世話係が決まっているわけではないが、みんな事情は知っているため色々手伝ってくれる。


 今日は男性の人に髪を乾かしてもらった。何回か見かけたことがある人だ。


「なかなか乾かないですね」

「あっそうなんです。女の子の大変さを身に染みる毎日です」

「ははっそうですか」


「……なるべく、ライブラって人の体、大切にしておきたいんです。何が起きてるのかよくわからない状態ですが、返すことになるならそうしておきたいって思って」

「とても優しいのですね」

「やさしいというか、立つ鳥跡を濁さずみたいな」

「はい?」


 このことわざ、伝わらないのかな。


「ぼくは、多分死んでいて、なぜかライブラの体に入っちゃたんです。いずれは元に戻ってぼくは消える。そう、しなくちゃいけないと思うんです」


「……そうですか。髪の毛乾きましたよ」

「ありがとうございます」


 ぼくは部屋に戻って、ベッドへ横になった。

 そうぼくは本来生きていないのだから。


  *  *  *


「あの個体、ライブラの様子はどうですか?」

 男性が職員に話しかける。


「ライブラ、アルカナムコード:MCC‐062‐24ですが、ツバサという名前の十四歳男性を名乗っています。行動を観察しておりますが、最初こそ戸惑っていましたが、今は落ち着いた生活を送っています。職員とのコミュニケーションも問題なくとれています」


「そうですか」


「コミュニケーションを通して得た情報ですが、自身はおそらく死んでいて、いつかはライブラに返さないといけないと思う、と発言していました」


「なるほど……。わかりました。アルカナム事象レポートに追記しておいてください」


「承知いたしました」

 そう言って、職員は部屋から静かに出ていった。


「ツバサ君。これは憶測にすぎないが、君はライブラとして生きなくてはいけないだろう」

 男性はそうつぶやいた。

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