第42話 城持ち大名高虎
関白の座に腰を据え、太政大臣の職をも得た天下人“豊臣”秀吉に逆らうことそれすなわち“滅亡”を意味することは全国の大名皆分かっているところであった。しかし農民からの成り上がりである秀吉に従いたくない、と最後まで戦うことを選んだのが吸収に覇を唱えた島津家であった。
時は天正十五年一月。昨年より始まった島津家征討戦(いわゆる九州征伐)に秀吉秀長も参戦するべく支度を進めていた。戸次川での敗戦もあり、両隊の支度を取り仕切る三成と高虎には強い緊張感が走っていた。
支度があらかた済んだ高虎を秀吉が呼び出した。名目は昨年完成した聚楽第に関する褒美であった。高虎が入室するとすでに秀吉は上座に着座しており、その隣には秀長がいるという約十年変わらない景色が広がっていた。誰がどれだけ出世しようとも家中の関係性が変わらないところが羽柴家、いや豊臣家の強みであると高虎は思っていた。外では大きく力強く見える秀長の姿が、秀吉の隣だと一回りほど小さく見える様子も昔から変わっていなかった。
「高虎よ、先の聚楽第での中納言(家康のこと)の屋敷建造の件、見事であったの。中納言からも儂に報告があったわ。名指しでそなたを誉めておったわ。」
「有難きことにございます。」
「そこでそなたにもそろそろと思うのだ。」
「そろそろというのは?」
横から秀長が口を挟む。
「殿下はそなたに城持ちの大名になってほしいとお考えなのだ。」
高虎は硬直した。十五年前、山本山城から逃げ出し何もかも失った高虎に希望を与えてくれた餅屋の店主の言葉が、一瞬にして高虎の脳内に蘇ったのであった。目の前の目標や試練を乗り越えることに必死だった高虎は、店主と交わした約束のことなど頭の隅にしまっていた。現実に叶うものではないと、どこかで思っていたからである。
答えは当然決まっていた。
「有難き幸せにございまする!誠心誠意努めてまいりまする!」
高虎の返事を聞いた秀吉は安堵したように笑みを浮かべた。
「うむ!与える城はそなたの所領である粉河にある猿岡山城じゃ。今は使われておらぬ城じゃが、そなたの持ち前の築城の実力を活かし立派な城に仕立てて見せよ。金子は都合するでな。」
「はっ!」
「加えて所領も二万石に加増といたす。秀長の家臣の中では四番目になるのぉ。その中でもそなたが一番若い、つまりは秀長の家も安泰っとそういうわけじゃ。」
「民部少輔どの、長門守どの、下野守殿に負けぬよう誠心誠意励みまする!」
「うむ。九州での活躍も期待しておるぞ!帰ってきたらもう一つ褒美が待っておるでな!」
高虎にこの日以降数日間の記憶はない。気がつけば馬に跨り日向国根白坂砦の手前まで迫っていた。砦にて島津方に攻められ窮地に陥っている羽柴方の救援作戦であった。状況を把握した高虎は、新たに芽生えた強い責任感を心にともして救出の策を練った。
秀長によって開かれた軍議にて高虎がいの一番に声を挙げた。
「此度の戦ほとんど我らの価値が決まっておりまする。西から殿下自ら島津の巣窟薩摩に刃を突き付けておられますれば戦の終結も時間の問題でしょう。」
「ならばここは無理に攻勢に出て砦を救う必要はありませぬな。」
高虎の言葉を聞いて賛同したのは、此度の戦で軍監を務める尾藤知宣であった。戦の経験不足から紀伊征伐で高虎の足を引っ張ったまさにその人であった。軍監ともあろう知宣の言葉を聞き、その顔を一瞥したのち高虎は言葉を続けた。
「その逆であると私は思いまする。負けると分かった薩摩隼人は命を惜しまず全面攻勢に出る可能性が高いと存じます。島津の中枢が降伏を決断する前にある程度打撃を与えておかなければ取り返しがつかないことになるやもしれませぬ。」
「しかしそうなる確証などどこにもないでありましょう!ただただ兵を損なうだけの出陣に誰がついて行こうか。某にこの陣を出る気はさらさらござらぬ!」
「ならばついてこなくてよいのでは?」
「なんと!もう一度言ってみよ!」
「もうよい!」
秀長が二人の間に入ったことでいったん静まった。
「此度の戦の軍監は尾藤どのである。高虎にはすまないが尾藤どのの策で動くことになる。」
高虎は不満だった。今までは不満でもその態度を示すことはしないできたが、大名であるという責任感が高虎を駆り立てた。戦況の生還が決まった軍議が終わったその晩、以前より親しくしていた宇喜多秀家麾下の戸川達安、そして小早川隆景麾下の清水景治と図り、その日のうちに陣を出たのであった。
高虎ら約千の部隊は砦を取り囲む島津勢に奇襲を仕掛けた。密偵の報せで豊臣勢が動かないと認識していた島津勢はたちまち混乱。混乱の隙を景治に導かれた小早川勢が突いたことでたちまち島津勢は瓦解。三万程いた兵も四散し、島津方の大将格島津忠隣や猿渡信光は討死となった。
高虎はさらなる打撃を与えるべく追い打ちをかけようとしたが、本陣に状況を把握した尾藤知宣によって待ったがかけられた。この指示は戦略がどうということではなく、まさに自分の策を折られた知宣の自尊心を守るものであったため高虎は憤慨した。
陣に戻った高虎に知宣は、周りが聞き苦しいと思うほどの罵倒を浴びせた。しかし誰一人として知宣の言葉に同調したり頷いたりする者はいなかった。秀長も高虎の方を見て軽い笑みを浮かべていた。これより数か月後、一連の流れを知った秀吉によって知宣は追放されることになる。
根白坂での大勝から一月も経たない五月八日に島津家は全面降伏。所領は薩摩・大隅二国と大幅に削られることになった。
畿内に戻った高虎に与えられた褒美は官位であった。秀吉の推挙で正五位下・佐渡守に叙任したのであった。数々の責任と誇りに加え、肩書を背負った高虎の大名としての道はまだ始まったばかりである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます