第14話 若武者の苦悩

「叔父上!なぜかようなことをしたのです!」

 怒りを表した青年は別所家当主別所長治が弟別所友之。兄と同様に聡明であり、播磨を盛り立てていく存在として期待されていた。

「なぜって、あそこまで我らを下に見られては引き下がることもできないであろうが!」

 言い返したのは別所吉親。長治と友之の叔父にあたり、加古川城にて羽柴秀吉と一悶着を起こしていた。

「そうはいっても、勝手に陣を払ったとなれば謀反の兆しありと思われても仕方ないのですぞ!」

「兆しだと?もうとっくに我らは織田から捨てられたのじゃ!あれを見よ!」

吉親は別所家の居城三木城を指した。そこには大量の武具・兵糧を運び込んでいく人夫と、城内へ駆け込む民衆の姿があった。


 友之は絶句した、すでに後戻りできないことが起こっていることは明らかであった。

「なぜこのように勝手なことをなさるのですか!」

「勝手ではない。長治さまも同意の上じゃ。」

 吉親が強引に話を進めたに違いない、と友之は確信していた。このままでは別所は終わる、今から打てる手を考えるしかないと友之は思った。


 わずかひと月後、秀吉の部隊による別所領侵攻が始まった。それからわずか二週間足らずで支城であった加古川城、野口城、魚住城が落ちた。その様子は友之が籠もる宮ノ上砦からも見て取れた。新たに建てた策を携え、友之は三木城へと奔った。

「兄上!西国街道が織田方の手に落ちました!」

「早いな、そうなると補給は海路からしか見込めぬか。毛利殿がこちらに来てくださるのはいつなのだ!」

 聡明で知られ、信長からも次代を担う逸材として嘱望された長治も、すさまじい速度で不利になった形勢に動揺を隠せていなかった。

「毛利殿ですが、上月城攻略に難航しておりまだしばらくはかかるかと存じます。」

「なぜ上月に拘るのだ!そんな小城捨て置いてくればすぐにも向かえるではないか!」

「どうやら宇喜多和泉守殿が執拗に攻略を説いておられるとか。捨て置くならば陣を払うとまでいっているようで。」

「宇喜多か。ならば毛利殿の援軍は期待せぬ方がよいな。」

「左様かと存じます。」

「そうなるともう厳しいな。一向門徒や民まで入れたこの城への補給が海路だけでは、半年も持たないぞ。」

「その補給に関してなのですが、私に策がありまする。」


 友之は絵図を広げた。

「海路を使って我らに補給を送っておられる英賀城の三木通秋殿と連携をとり、織田方の目を欺いて陸路で補給を行いまする。」

「ほう。大胆だな。していかにするのだ?」

「三木城を囲む織田兵に、三木殿の部隊を紛れ込ませまする。皆が寝静まった夜中に物資を搬入するという手法でございまする。」

「さすがに大胆すぎやしないか?城を囲む兵がいくら多いと言えども、物資の搬入となると厳しいのではないか?」

「織田方の行軍はそれほど隙がありませぬ。これしか策はないのです。」

「わかった。賭けてみよう。」


 友之の先は見事に成功した。三木城の包囲が始まってからおよそ半年、兵糧が尽きることはなかった。それどころかこの作戦成功により城内の士気は上がっていた。さらに、友之が水面下で仕掛けていた織田方の内部切り崩しの策も発動。あらきむらしげが毛利方(別所方)につき、居城有岡城に籠もったのだ。その結果、新たに摂津からの補給路が出来上がり、情勢はさらに別所方に傾いた。こうした状況を踏まえ、さらなる打開策に出るべく、三木城内で軍議が開かれた。


「この後、我らはどうすべきと叔父上はどう見ておられますか?」

 当主長治の言葉で軍議は始まった。

「城内の士気は上がっております!今のうちに奪われた平井山を奪い返しに行くことが肝要じゃ!」

 吉親は戦に対して楽観的であった。まるで平井山すらすでに取り戻したかのような口ぶりであった。そこに友之が口を挟んだ。

「新たに摂津からの補給路が出来たのです!しかも平井山は秀吉の本陣でございます。無駄に兵を損じるだけのこと。今はじっと秀吉が自滅するのを待つがよいかと存じます。」

 友之は常に冷静であった。時勢を見極め、最善の策をとることを第一としていた。吉親と友之は戦に対する向き合い方の時点で相容れず、この軍議でも互いに激論を交わした。今にも𠮷親が友之に手を出そうかというところまで、二人の口論は白熱した。


 二人のやり取りを見ていた長治が口を開いた。

「そこまでにせよ。家中で揉め事を起こしても致し方あるまい。叔父上、此度は友之の策をとろうと思いまする。平井山をとることが出来ればよいのは当然でございますが、地形・兵数ともに見ても我らが不利。ここは少し様子は見ませぬか?」

吉親は口を前に突き出し不満をあらわにしたが、主の命であるため渋々従った。


 そこに一つの報せが飛び込んできた。

「申し上げます!包囲する織田方に紛れ込んでいた三木殿の部隊の存在が露見しました!」

「なに!?」

軍議の場は騒然となった。長治は咄嗟に立ち上がり、仔細を尋ねた。

「して三木殿の部隊は?」

「三木殿は何とか英賀城へ逃れましたが、兵は悉く討たれましてございます!」

長治は力が抜けたように椅子に腰を下ろした。

「なぜ露見したのだ?」

「羽柴秀長が家臣藤堂高虎が異変を察知したことで、秀長の部隊による詮索が行われたとのことにございます。」

 友之は血の気が引いていくのを感じた。残された補給路は上手くいくか未知数の摂津からのみ。


 吉親が大きな声を出した。

「ここまで来たら儂が言った平井山奪還の策しかないだろ!長治さま!ご決断くだされ!」

 長春は言葉を返すことはなく友之に目配せした。しかし友之の目は虚ろであり、長治は一人での決断を迫られた。数秒の沈黙の後、長治は覚悟を決めた。

「分かりました。これより秀吉本陣、平井山奇襲を行う。二千五百兵、大将はわが弟治定とし、明日にも出立といたす!皆々、抜かりなく。」


 友之は一人軍議が行われていた広間に残った。自らの策が破られ、危うさの多い策が行われることになった。ここからどのように勝利の確立を上げていくか、頭を抱えた。

「殿、気落ちなさいますな。殿が前を向いておられれば、いくらでも状況を好転させる可能性はございます。殿がこの別所の要でございます」

 友之を励ましたのは、友之の直臣であった加古六郎右衛門。体は友之の一回りも二回りも大きく、友之を武勇の面から支える信の置ける男であった。

「六郎右衛門、すまない。私という者が、下を向いてばかりではいかぬな。」


 長治の決断により行われた平井山出兵であったが、千兵を失い大将であり長治・友之の弟であった治定が討死するという大敗で終わった。この結果吉親の発言力は弱まり、友之の存在感が再び増していくことになった。

しかしその頃には羽柴隊によって、摂津からの補給路は閉ざされ、三木城は正真正銘“孤立無援”となってしまった。友之は新たな決断を迫られた。


 藤堂高虎と別所友之。二人の若者の思惑が交錯する三木合戦がさらに激しさを増していく。

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