少年編 アメリア④


 負けイベント。

 それは多くのストーリーRPGに存在するイベントの一種。

 ヒロインとの出会いから始まる物語は、チュートリアルである主人公が対処できる程度の困難を乗り越え、その後に主人公が目指すべき乗り越え難い壁を示すのだ。

 程度にもよるだろうが、立ちはだかる高壁に理不尽に叩きのめされることによって、主人公は立ち上がらなければならない理由を作るのだ。


「お前には痛い目を見てもらわないといけないな!!」


 ならば、この邂逅はその負けイベントの一種だろう。

 目前で黄金の剣を抜き取った“俺”の兄であるダリウス。

 “俺”の知識によれば、俺の2歳ほど年上で、ルーカスから次期当主として教育を受けている……いわゆるベリアルという闇に対する光とでも言える存在。


「剣を取れ!」


 当然だが、現時点のベリアルに勝てる由もない。

 ……いや、ダリウスのレベルはわからないけどね。ただ、“俺”の知識によれば、ダリウスはかなりの実力者で、逆立ちしても勝てない相手だ。


 アズーリの一戦に比べれば、幾分か楽ではあるけどね。

 あれは負けイベントというよりか、自ら藪を突いて出した蛇――もとい魔王だ。チートコードを使って初心者のままラスダンに突入したみたいな話で、負けイベント以前の問題である。


 ところが、このイベントを負けイベントとしてみるべきか問題もある。

 悪役の一人であるベリアルのために、原作開始前にわざわざこんなものが用意されている、なんてのは正直考えづらいかもしれない。

 だけど……、俺はこれを負けイベントを睨んでいる。


 その理由はおいおい説明するとして、……負けイベント上等だ。

 勝ってはいけない勝負だというのはわかっている前提として。


「かかってこい三下! どちらが上か、骨の髄まで叩き込んでやる!」(お相手しますよ!)


 今はこの神経を逆撫でするような挑発の言葉もありがたい。

 万が一にもダリウスには手加減をさせてはいけない。


 俺は剣を手に、温まった体とは正反対な冷静な目で、ダリウスを睨みつけた。


 †


 それは、……一方的な戦いでした。

 予想通りと言えば……、予想通り。


「ぐっ……!」


 ダリウス様の振るう黄金の剣の一撃を、真正面から直剣で受け止めたベリアルが、呻き声を上げながら大きく弾き飛ばされました。

 やはり年齢の差も大きいのでしょうか、ダリウス様の攻撃に全く力で太刀打ちできていません。


「ち……ッ! はァア!!」


 飛ばされながらもなんとか剣を地面に刺しながら勢いを消したベリアルは、汚く舌打ちをして再び叫び声を上げながらダリウス様に肉薄します。

 勝てるわけないのに……。

 身体中に傷をつけた埃だらけのベリアル。

 先ほどから続く数合の激突。

 その技のキレも、速さも、力強さも。

 全てにおいて劣っているのが、ベリアル。


 でも――。


「どうした! そんなものか!!」

「……ッ!!」


 その全てを、気迫で押し返しているのも、ベリアル。

 それに、気迫だけではありません。

 徐々に。……少しずつ戦いの趨勢は変化しているのです。

 素人目でもわかるほどに、ダリウス様が数段階以上上手だというのに……。ダリウス様が放つ全ての攻撃に、ベリアルは対応し始めている、……んでしょうか?


 ダリウス様が出す突きを半身でひらりと躱し、続く横薙ぎを直剣で受け止め、さらに踏み込んだ袈裟斬りに対しては跳ねながら退いていく。

 そのどれもが、あと一瞬でも遅れていたら避けたり受け止めたりはできない攻撃ばかりです。


「く、……くくくッ!」

「何がおかしい!!」


 不気味に笑うベリアル。

 それに対して怒鳴り返すのがダリウス様。


「貴様がまさかその程度の雑魚に過ぎんとすら気づけなかった、そんな己の無知に対する嘲笑だ!!」

「ほざけ、穀潰しがッ!!」


 再び――、衝突。

 その結果は……、火を見るより明らか。……のはずだった。


「――ッ!?!?」


 遂にはダリウス様の全ての攻撃を、先ほど一人でしていた舞のような体捌きで、まるで未来予知のようにして紙一重で躱し続けたベリアルが――


「かァア!!!」


 大きく振り上げた直剣で一撃を返しました。

 少しだけ。ほんの僅かにベリアルの、いつも何かに対して怒り続けているような表情に、喜色が見えた気がしました。


 努力など一切しない男。

 私が彼についてこの屋敷で一番よく聞いた噂。

 だけど……。

 本当にそうなのでしょうか?

 自らが勝てそうにもない相手に食い下がり、わずかな勝機に手を伸ばし続ける目の前の男が。

 無数に傷を負いながらも、戦う相手にわずかな一撃を入れられて喜ぶ男が。

 まるで、自分が少しでも強くなるきっかけならばと、闘志を燃やす男が。

 努力をしない男のはずが――。


「小癪な……!」

「たかが格下に一撃入れられた程度で癪に触るとは、貴様も所詮その程度の小物か。愚かで哀れな男だ」


 その剣の鋒をダリウス様に突きつけました。

 たった一撃。けどそれは、手も足も出ない方が当たり前な状態での下剋上。圧倒的なジャイアントキリング――番狂せ。

 そんなちっぽけな窮鼠の一噛みが、圧倒的強者であるダリウス様を……


「許さん……、許さんぞ!!!」


 激昂させることになりました。



 †


「許さん……、許さんぞ!!!」


 激昂した“俺”の兄であるダリウス。


 実際、これまでの戦いは、ギリギリのギリギリだった。

 気力的にも、実力的にも。

 だけど、ベリアルに転生、憑依してから自らを鍛え続けた甲斐は間違いなくあった。

 アズーリの時のように相手の動きが手に取るようにわかる……なんてことはもうない。

 夢見の大陸シリーズという箱庭で猛威を振るったレイピアはともかく、それ以外の武器モーションも全て覚えている、なんてサヴァン症候群でもない俺ができるはずもないが……、それでも少なくとも直剣の振るい方を一週間近く研究に研究を重ねたのは無駄ではなかった。

 魔法を使っていないダリウスの猛攻を凌げるほどには、無駄ではなかったのだ。


 だけど、ここらが限界かな。

 格上に間違いない一撃を返したことに、これ以上ない満足感を感じながらも、悟る。

 限界まで酷使した体には、ほとんど体力は残っていない。こうなるとわかっていれば、直前まで鍛錬場で修行などしなかっただろうに。……というのは負け惜しみか。どうせそうであっても勝てるわけなかっただろう。

 それに、これは負けイベントだ。

 彼我の実力差、という理由だけならば、負けイベントと確定させることはできなかった。

 だけど、それ以外に大きな理由がある。


 今まさにこの決闘を見守り続けている少女――アメリアを見る。

 鍛錬室の入り口から隠れるようにして中を覗いているつもりだろうけど、ピーンと立った艶々の黒い猫耳がはっきりと見えるし、なんなら俺に見られて体をピクッとさせたのも見えてる。

 うん。可愛い。

 今のところ見たことないけど、尻尾もあるのかなぁ。和装風黒髪系猫耳オッドアイ美少女というてんこ盛りな属性ならば、尻尾くらい追加でトッピングしてくれてもいいじゃないか! ……もっとも、妄想だけでも魅力的な彼女の尻尾に俺が触れるわけないのはその通りだが。

 っと、閑話休題。話を戻すと、この戦いは負けイベントである理由はアメリアにある。

 高確率で原作LHのヒロインたる彼女は間違いなく主人公の通う士官学院に入学するはずだ。

 だけど、ベリアルの影響下にある――つまり、ベリアルの婚約者である限りは、それは不可能なはずだ。

 ということは……。


「深海の怒りよ……!」


 魔法を行使するための詠唱を始めるダリウス。

 空気中に散らばる魔力がその体に集まり始め、ダリウスの体を中心に藍色の帯のような軌跡を描く。

 ばちばちと肌に静電気があたる感覚。

 そしてダリウスは服と髪を集まった魔力による風にも似た流れによって靡かせる。


「悠久の時を経て育まれし力を我のもとに集わせ……!」


 そんな魔法行使の前兆をその身で示すダリウスこそ、アメリアが士官学院に入学できるきっかけになる。

 俺の想定する概略したストーリーはこうだ。

 極悪非道のベリアルの婚約者となったアメリア。このまま彼の魔の手によって凌辱されてしまうか、というときに助けに入ったのがベリアルの兄であるダリウス。ダリウスはベリアルをコテンパンにやっつけ、アメリアに指一本触れるなと指示を出し、アメリアを士官学院に送り出した。

 そう。

 これならばなんの矛盾もない。

 アメリアは無事凌辱系ヒロインとして学生となり、ダリウスの影響が弱まった学院で、主人公の選択の間違いによってベリアルの為すがままにされるされるのであった……。

 凌辱ゲーにとりわけ詳しくない俺でもわかるくらいには、シンプルなシナリオだ。


「あらゆる災厄と敵意を打ち砕く潮流となり……!」


 その持っている黄金の剣に激しい海の潮を集めるダリウス。

 ……こうなれば俺にはもう勝ち目はない。

 この世界では魔法を使える者とそうでない者には隔絶した実力差があるとされる。

 そして原作のゲームルール的にも、20レベル程度の格上に対する逆境ですら、魔法は逆転させる。


 この戦いに負けたのちは、ダリウスにアメリアのことはひとまず任せられるだろう。

 少しばかりの安堵の気持ちになる。

 彼女のことはよく知らないが……、それでも毎朝こんな性格の悪い“俺”にも挨拶するほどの健気で可愛い女の子だ。

 いつまでも“俺”のことで気に病むことはない。いや、気に病むべきではないのだ。


「立ち塞がる障害を呑み込み喰らえ!!!」


 振り下ろされる剣。

 鍛錬室を覆うような大波。

 一度受ければタダでは済まない。

 この負けイベントにおける理不尽技。

 現状では何をどう足掻こうが対処が不可能。


「ああ……」


 だけど。

 なぜだろう。

 この圧倒的な絶望を前にして、俺の心は震え上がっている。


 この世界で初めて見る魔法の行使。

 いつか辿り着かなければならない境地。

 それを前にして。


「どうせ負けるのならば――」


 どうせ勝てないのならば――。

 俺はこれにどれくらい喰らいつけるか――!


「――試したくなるだろうがァッ!!」


 †


 決闘の決着は、すぐについてしまいました。

 最後まで立ち向かいながらも、波に呑まれて倒れるベリアル。

 そして魔法を使い、息が絶え絶えながらも立ち続けたダリウス様。


 そんな状態を見て、いても立ってもいられなかった私は……。

 私を助けるためにと戦ったダリウス様……、ではなく。

 なぜか満身創痍ながらも立ち上がり続けようとするベリアルに手を差し伸べようとして。


 ……なぜそんなことをしようとしたのか一瞬自分のことがわからなくなって。

 私をいじめていると勘違い……いや、ベリアルの態度からして勘違いでもなんでもないのはその通りだけど、そんな私のために戦おうとしたダリウス様を見ても……。……何も思えなくなってしまい。

 それなのに私に酷いことをしようとしていた男の無様にも倒れている姿に、可哀想だとかの感情が出てきちゃって……。頑張れ! なんて途中思ってしまうしで。

 ……ほんのわずかに。

 でも誤魔化しようもないほどに。

 ベリアルのことがカッコよく見えてしまって……!


 ぐっちゃぐちゃになってしまった気持ちだから。

 どんなに悪い人でも、どんなに私に酷いことをした人でも、助けてあげないといけないのに。

 そんな立ち上がることすらままならない男の子に。

 絶対助けてあげないといけない怪我だらけのベリアルに。

 なぜか私は……駆け寄ってあげることすら――

 ――できませんでした。

 

 そして鍛錬室にあわててやってきた――


「ダリウス!! お前は自分が何をしたか、理解しているのか!?」


 ――烈火の如く怒るルーカス様。

 怒髪天を衝く、という言葉はまさに当てはまるという状態です。

 納得できる怒りです。

 だってダリウス様は――。


「相対する者に魔法を行使することが何を意味するか、教わらなかったお前ではあるまい!!」

「……ッ!」


 この世の奇跡たる魔法。

 最近では魔導機関という、魔法を応用した技術が発明され、万人がその恩恵に預かっているとはいえ、魔法を行使できるのはまだまだ少数の恵まれた人たち。

 その魔法という奇跡は、決して軽々しく使ってはいけないものなのです。

 無闇な魔法の行使は、国をも滅ぼす。これは大陸の数知れない国々が歩んできた歴史であり、その警句はどんな魔法書でも最初のページに書かれるほどのもの。

 父の怒りに気圧されるダリウス様は、頭を下げながら黙っていました。


「私闘に魔法を使って欲しくて、お前のために教師を雇ったのではない!! ましてや出来損ないとはいえ、自らの親族に使うなど言語道断である!!」


 そう言い放つルーカス様でしたが、ダリウス様は顔を上げながら抗議の声を上げたのです。

 

「し、しかし、父上! ベリアルがッ! ……ベリアルが悪いのです!」

「……」


 黙してダリウス様に話を続けさせるルーカス様。


「ベリアルは、自分の婚約者に酷いことをしたんです! ぼ、僕はアメリアのためを思って!」


 そう言い訳するダリウス様。

 ベリアルが……私に酷いことを。

 ここ数日のことを思い出してみます……。

 

 すれ違うたびに吐かれる数々の暴言。

 そして私を手酷く犯そうとした独り言。

 ……確かにベリアルは私に酷いことをしたのでしょう。

 けど、それは……。

 傷だらけになりながらも今やっと立ち上がったベリアルが、ダリウス様に魔法を使ってまで成敗されないといけないほどのことでしょうか……。


「はぁ……」


 こめかみをさすりながら小さくため息をついたルーカス様は、


「アメリア。ダリウスの言ったことは確かか?」


 と、尋ねてきました。


「そ、それは……」


 と、未だの気持ちに整理がつかない私が、口籠もりながらなんとか返事をしようとしていたとき、


「身の程すら知らないその女に、どちらが上か丁寧に教えてやっただけですよ」


 などと、ベリアルは意味のわからないことを言い出したのです。


「ベリアル、お前……!」


 怒りの声を上げるダリウス様。

 対して、静かに返すルーカス様。


「それで、何をしたのだ」

「だってこの女は父上が私にくれたでしょう? 嫌がる女を無理やり屈服させる愉悦は、何とも言えぬ快感でしたよ」


 意味がわかりません。

 私はいつ、想像し得る限りで最も卑劣な手段で徹底的に、嫌がりながらも屈服させられたのでしょうか。

 ベリアルは何を……?

 こんな理解のできないことを言い続けるベリアルの言葉を否定しようと、


「ル、ルーカス様! 私は――」

「――貴様は黙っていろ! 賎民如きがこの場で口を開く権利があると思い上がっているのか!?」


 直剣を真っ直ぐ私に向け、尋常ならざる怒りの炎でもって私を睨みつけるベリアル。

 その怒りは、体を動かすことすら難しくなるほどのもの。

 ……もはや先ほどのルーカス様の怒りが山火事に対する蝋燭の火に見えるほどのもので。


「あと一言でも口が開くようなら、この剣の錆にしてくれる」


 混乱し切った私は、黙るしかできません。

 ……普段の私だったら、そんなベリアルの脅しになんて屈するわけがないのに。

 なぜか何も言い返せなくて。


「……もういい。お前ら二人とも、しばらく謹慎せよ」


 そう沙汰を告げると、ルーカス様は鍛錬室を出ていき、


「あらあら、ベリアル様ったらまたまた無茶しちゃって」


 入れ替わりに入ってきたアズーリさんが「一人でも歩ける!」と嫌がるベリアルの肩を貸しながら部屋を後にして。


「……見苦しいところを見せてしまったね。僕はいつだって君の味方だから、何か困ったときには遠慮なく言ってね」


 去り際にその甘いマスクで告げてきたダリウス様。


 この屋敷で一番の味方になってくれるはずだった婚約者の兄。

 その笑顔が。


 腐った林檎にしか見えなかった。


 †


 ダリウスとの決闘騒ぎから数週が経った。

 さすがはゲームの世界のおかげなのか、それともたまたまベリアルの体質なのか、ボロボロになっても1日すれば修行に問題なく戻れたので、謹慎を言い渡されたことをいいことに毎日鍛錬室に通い詰めていた。

 というか、問題児であったおかげで、貴族だというのに“俺”には何もやることが割り振られてはいなかったので、いつも通りと言えばいつも通りだ。

 ダリウスは領地の視察や家庭教師の授業などで忙しそうだけど、多分“俺”のことだから、口が災いしてそのどちらも参加させてはもらえなかったのだろう。


 さて、俺の修行の日々は順調と言えば順調であった。

 何も邪魔されずに、レベリングをする日々。

 直剣だけではなく、鍛錬室の倉庫にある槍や盾、ハルバート、珍しいもので言えば双鎌なども使ったりして、修行を楽しんでいる。

 残念ながらうちにはライフルなどの装備は置いてなかったので、それらの武具は練習できなかったが、この世界でのライフルは十数年前ほどに起きた魔導革命で開発された最新兵器でもあるので、入手性が悪く、貴族家といえども鍛錬室には置いてなくてもおかしくはないだろう。


 修行といえば、最近は一人寂しく鍛錬室に篭ることも少なくなってきた。

 全くもって理由は不明なのだが、アメリアが俺の修行する鍛錬室で剣を振るい始めたのだ。


 あの負けイベントの後。

 俺が気持ちよく魔法にやられた後、“俺”の父上であるルーカスが鍛錬室に入ってきてからのこと。

 ダリウスに成敗されて、ルーカスに激怒される予定だった俺は、どうせならばとアドリブでのアメリア婚約破棄チャートを始動させてみることにしたのだ。

 いずれは原作LHの主人公ウェルターくんとの決闘でコロコロされちゃうところでアメリアの婚約もなくなるのだろうけど、どうせならアメリアの味方になりそうなダリウスがいる今のうちに婚約破棄まで漕ぎつければいいんじゃねという俺の高度な柔軟性を持った臨機応変な対応だったのだけど、ただの謹慎処分で終わってしまったのだった。

 うーん。いたいけな女の子が卑劣な手でちょめちょめされてると言われたのに何もしないとか、まさかルーカス貴様竿役適性があるのか?


 ま、それは置いておいて、あの後なぜか鍛錬室で篭る俺の様子を観察にアメリアが頻繁に訪れるようになり、気づいたら自分から武器を取って素振りなどを始めているのではないか。

 どういう感情の変化?

 挨拶のたびに暴言を吐かれるのはアメリアも嫌だろうということで、最近は徹底的に口を噤んでいる俺なんだけど、アメリアからは何を話しかけても無視される相手なんだぞ俺は。

 近づくことさえ嫌だろうに……。


 ある日、意を決して聞いてみた際には、


「その見窄らしい剣技を視界に入れるだけで不快になる」(Youはナゼここで修行を?)

「……精進します」

「それとも、自ら進んで俺に体を差し出す気になったか?」(俺がいたら気分悪くならない?)

「……お好きなようにしてください」


 という何も伝わらなかったうえに、原因究明に全く役に立たない会話で終わった。

 心なしか塩対応になってない?


 というものの、お互い距離を置いて別々の修行をしたり、俺の修行を一方的に見ていたりと、その外見に似た気まぐれな猫のような彼女の反応が気になって、同じようにして彼女が剣を振り回すところをマジマジと見ていたら、顔を真っ赤にして辞めたりしてて、その反応が可愛くて時たまやっていると、ついには俺が観察し始めたときに無言で斬り掛かってきて、


「なっ!? 貴様!」(え、ちょっ!?)

「私の観察をするほど暇なら、相手をしてください!!」


 という流れで、最近では一緒に模擬戦をしながらの稽古も珍しく無くなってきてたりする。


 けど、ここまで来れば彼女の心境の変化を悟れないほど鈍感な俺でもなかった。

 大嫌いな俺がいるのに関わらず、鍛錬室に頻繁に通っている点。

 やたらと俺の動きを観察したがる点。

 そしてついには俺に斬りかかってきた点。


「そうか。アメリアは士官学院の入試に向けて頑張り始めたんだ!」


 自室で昼食をとり、久方ぶりにベッドでゴロゴロしている俺は、最近あった出来事を整理しながら独りごちた。

 修行に明け暮れる日々だったが、今日は鍛錬場が掃除のために締め切られているので、怠惰を貪っている。夕方には終わるとアズーリが言っていたので、それまでは謹慎中なのもあって自室ごもりである。とはいえ謹慎も今日までということにはなっているが。


 ダリウスのいないときを見つけて時たま図書室に入っては本を物色するのだが、そこによればルシフェル士官学院の入試はかなりの狭き門。

 試験問題が難しいのは当然として、実技試験も課されるという。

 その対策のために今のうちから……と考えるならばおかしな話ではない。

 レベルが幾分ばかり高い俺の動きを参考にしたり、稽古相手に選んだりするのも納得だ。

 タイミングとしては、ベリアルが成敗されて自由を手に入れたアメリアがやっと自分のことに時間をかけられるようになった、というこれ以上ないほどに明確なもの。


「……けど、俺のせいでアメリアの修行の邪魔になってないかなぁ」


 一人で鍛錬室で鍛錬に勤しむアメリア、というのがおそらく原作LHの設定のはずだろう。

 そこに俺というイレギュラーが入るのはどうか。

 彼女の成長速度の阻害になっているつもりはないけど……。


「俺がいるだけで嫌な気分になってるだろうし……、気も散るよなぁ」


 とはいえ、俺に修行の場所がないのも困る。

 ……探せばあるだろうけど。

 いや、探しに行くのも悪くはないかもしれない。

 転生後、未だに屋敷の外に一度も出かけていない。

 屋敷の窓越しには、かなり栄えているナイトフォール領の街が見えるし、レベル上げついでに色々と外の世界にも出かけてみたい気持ちもある。

 魔獣にも出会わなかった異世界転生なんてのは味気ないのにもほどがあるだろう。


「謹慎が解ける明日から鍛錬室はアメリアに譲って、俺はどこか他の場所を探そう!」


 そう決心する俺だった。


 †


「ベリアル様。鍛錬室で修行を続けてください」

「なんだ貴様藪から棒に」

「ベリアル様は別に私の鍛錬の邪魔にはなってませんし、……ベリアル様がいたって、私の気分は悪くなりません」

「聞いてもいないことを喋るな、小娘が」

「だから、他の場所で修行をしようとか考えないでください」


 ベリアルってバカなんじゃないの。

 彼の本音を聞くためとはいえ、部屋前で盗聴なんてしてしまっている罪悪感は感じながらも、それでも私は思ってしまいました。


 ……。いまだに首を傾げながらこちらを見るベリアルの視線に無性に腹が立ったので、私は剣を構えて彼に斬りかかりに行きました。

 最近ではそんな私の相手を面倒がらずにしてくれるベリアルと模擬戦をするのが少し楽しいのです。


「ぐっ! 貴様……!」


 などと恨めしげな声を上げながらも、手を抜かずに私の剣を受け止めるベリアルの反応にも慣れてきました。


 そしてその日の夜。

 いつも通り夕食の後も鍛錬室で共に剣を振るい、そろそろ切り上げる時間。

 彼は珍しく神妙な面持ちで、


「明日昼過ぎに時間を空けておけ。俺が街に出るための従者になれ」


 と、いつものように意味のわからないことを言ってきました。

 従者だったら、彼女がいるのではと思い、問いかけます。


「アズーリさんがいらっしゃるのでは?」

「貴様だけを連れて行く。貴様に拒否権はない」


 とだけ言うと、ベリアルはそそくさと鍛錬室から去って行った。

 なんだか釈然としないまま自室に戻り、先ほどのベリアルの言葉を思い出してみると……。

 もしかして……。


 私をデートに誘いたかった……のかな?


 †

 

「アメリア様ったら可哀想に……。ベリアル様の許可がないと、お外にすら出かけられないとはね……」


 なんて、炊事場に飯を作りに行ってたらばったりとメイドたちの井戸端会議に遭遇し、退散する前にそんなことを聞いてしまったものだから、


「明日昼過ぎに時間を空けておけ。俺が街に出るための従者になれ」(明日とかお外に出かけてみません?)


 さりげなく俺から許可は出したぞーというニュアンスの言葉を吐こうとしたら、なぜかアメリアを従者にする話になって、


「アズーリさんがいらっしゃるのでは?」


 という当たり前な反応に、

 

「貴様だけを連れて行く。貴様に拒否権はない」(アメリアさんだけで出かけてもいいですよー)


 なぜか二人で出かけるみたいな話になってしまった。

 けど、拒否られることはなかったみたいなので、せっかくだから俺も外に興味があるので、出かけることにしたのだった。

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