ホラー短編

帝樹

第1話 トイレの花子さん

 私は普通の女子高校生の亜美菜。

 人より少しだけ霊感がある、というか視える《みえる》。


 ちょっとだけ普通の人とは違う私がこれから、トイレの花子さんの話をしようと思う。

 だから、これを見た人は絶対に面白半分でトイレの花子さんを呼び出そうとはしないで。


 これは忠告ではなく警告。


 お化け、あやかしの類をちゃかしてはいけない。


 みんなは気づいていない。どこにでもある怪談というのがどれだけ異常な事なのか。


 良くある学校に伝わる伝説、例えばあの桜の木の下で告白すると結ばれる。

 これはそうであってほしいと願望が募り募って作られたまがい物。


 じゃあどうしてトイレの花子さんは全国どこの学校でも怪談として上がってくるのか。


 それは……恐怖の方が伝染が早く、浸透しやすく、人の記憶に残るからだ。


 これは実際にあった話。


 私が小学生三年生の時、私とA子は怖いものが好きな二人組として有名だった。私たちは放課後、学校の図書室で怪談話をするのが日課だった。その日は特に寒く、図書室の中も少し肌寒かった。


「ねぇ、亜美菜。今日はどんな話をするの?」


「今日はトイレの花子さんの話をしようと思うんだけど、実際に呼び出してみない?」


「え、本当に? 面白そう!」


 私たちは二人で学校の一番古い棟にある三階の女子トイレに向かった。このトイレはほとんど使われておらず、薄暗くて古びた感じが一層不気味さを引き立てていた。私たちはトイレの前で立ち止まり、お互いに顔を見合わせた。


「本当にやるの?」


「大丈夫だよA子。ただの噂だから」


 私はそう言って、少しの勇気を振り絞りながらトイレのドアを開けた。


 中は暗く、電気が壊れているのか点灯しなかった。私たちはスマートフォンのライトを点けて、中に入った。空気が重く感じられ、冷たい風が頬を撫でた。三つ目の個室の前に立ち、私はドアをノックした。


「花子さん、いますか?」静寂が続き、何も聞こえなかった。


「もう一度やってみよう」と私は言い、再度ドアをノックした。


「花子さん、いますか?」今度は、何かが動く音が聞こえた。二人とも息を呑んだ。


「やめようよ、亜美菜。なんか嫌な感じがする」A子が震えながら言った。


 その時、ドアがゆっくりと開いた。私たちは驚いて後ずさりした。中には何もなかった。しかし、急に寒気が走り、足元が冷たくなった。


「逃げよう!」A子が叫び、私たちは一斉にトイレから飛び出した。


 廊下に戻った私たちは息を切らしながら顔を見合わせた。何も起こらなかったけれど、何かがいたという感覚は消えなかった。


「あははははは、怖かったねA子」


「もう、亜美菜ったら、本当に怖がらせないでよ。でも、なんか本当にいた気がする……」


「だよね。でも、何もなかったし、ただの噂だってことでしょ」


 私はそう言いながらも、心の中であの冷たい感触が忘れられなかった。


「あれ、亜美菜、何か落としたよ」


「え?」と見下ろすと、小さな赤いリボンがそこに落ちていた。

 私たちはそのリボンを見つめ、再び背筋に冷たいものが走った。


「亜美菜、これってトイレにはなかったよね……」


「うん、なかった。でも、どうしてここに……?」


「誰かの落とし物かな? 私が職員室に届けとくね」


 A子がリボンをポケットに入れたその瞬間、廊下の照明が一瞬だけちらついた。二人とも何も言わずに顔を見合わせ、その場を離れた。


 次の日、A子は学校に来なかった。

 先生からは「風邪で休んでいる」とだけ聞かされたが、心の中で不安が募っていく。


 そしてまた次の日、A子が学校に来た。


 あのリボンをつけて。


「ちょっとA子、そのリボン」


「あれ? 亜美菜ちゃん? このリボンは私のだよ」


「でも、そのリボン……昨日、見つけた時は持ってなかったじゃない?」


 A子は不思議そうに首をかしげた。


「え? そんなことないよ。ずっと私の部屋にあったし、私のお気に入りだから今日つけてきただけ」


(何かがおかしい……)


 私はその日、A子と距離を置くことにした。彼女の言葉が信じられず、リボンに何かが宿っているような気がしてならなかった。


 放課後、私は再びトイレの花子さんの個室に向かった。


「何が起こっているのか、確かめなきゃ……」


 再びトイレのドアを開け、中を覗き込む。しかし、何も異常は見当たらない。私は一歩踏み出し、個室に入った瞬間、背後でドアが閉まった。


「誰かいるの?」


 答えはない。私は心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、個室のドアを開けようとしたが、何かがドアを押さえているようで、ビクともしない。


 その時、頭上から低い声が響いた。


「亜美菜ちゃん、邪魔したら……わかってるよね?」


 その声にぞっとした。まるで冷たい手が背中を撫でるような感覚に、全身が震えた。


「だ、誰なの?」


 再び声がした。


「わかってるよね?A子がどうなるか……」


 その言葉を聞いた瞬間、私はパニックになりそうな気持ちを抑え、必死にドアを開けようとした。


 力を込めて押し続けると、突然ドアが開き、私は廊下に飛び出した。振り返ると、個室の中には誰もいなかった。


(A子が……どうなるって?)


 私は急いでA子の元に戻り、彼女に話をしようとしたが、A子は既に帰宅していた。焦る気持ちを抱えながら、私は家に戻り、何も考えずにその夜を過ごした。


 翌日、A子が転校したと聞かされた。

 先生は両親の急な都合でどうしようもない、と言っていた。


 でも、私は先生の話を全く信じる事ができなかった。


 私はそれからA子と会っていない。だからどうなったかも知らない。


 一つだけ確かなのはあのリボンをつけて登校してきたA子はA子じゃなかったってこと。


 あなたたちが小学生の時、変なタイミングで転校してきた女の子いなかった? それにリボンやなにかトレードマークになるようなグッズを身に着けてなかった? 例えばランドセルにキーホルダーとか、筆箱に小さな人形つけてるとか。


 もしいたなら、それを依り代にして全国を徘徊している霊、花子さんなのかも知れない。


 あなたの思い人、恋人、パートナー、彼らがいつもと違う行動をしたことはありませんか?  少しでも奇妙に感じた瞬間があったなら、その違和感を無視しないでください。


 彼らはいつも私たちのすぐそばにいるのだから。

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