テロリストのメイベル(全部口語短歌)

「あたしはこの通り、なんでも知ってるけれど、メイベルときたら、そうよ、あの子なんて、ほんとうに何も知らないんだもの」


「あたし、やっぱりメイベルなんだ。これからは、あんなみずぼらしいちっちゃな家に住んで、ろくにあそぶおもちゃもなくて、そのうえ、いやってほど勉強しなくちゃならないなんて!」――ルイス・キャロル著、矢川澄子訳『不思議のアリス』


メイベルは貧乏少女殺人鬼 霧の街には月が要らない


指浸す薔薇の香油は燃え上がり死蝋しろうのような君をいだいた


おぼろかに沈んでいくよ肉体は檻で熱くてほぐれるシチュー


失明の老人は薔薇が燃料のランプ持ち午前三時見廻り


廃人と呼ばれた。青い窓の中滅びが映り指でなぞった


眠剤とアルコール足り朝食を抜いた静かな〈はじまり/おわり〉


肉体が薄く透くから昧爽まいそうは綺麗ないとで編まれた世界


鏡たち、割れて分裂しつつありそれら全てが薔薇色の暮れ


内側が花の模様に凍りつく 死の香りとして焦がしたvanillaばにら


手首から先を交換した二人 赤い絲などねじれてもいい


メイベルの腕を縫う絲あかるくて星は君らのための爆弾


あの子には背中に龍の彫り物と手首に異国の呪文があった


モランディ静物画風フィルターを通して嘘に見せたい映画


手芸的詩稿を編んであおぐろいインクに手を染むあえかな少年


風が読む詩集のページほぐれつつ君は水辺と水上を行く


マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(My Bloody Valentine)というバンドに

マイブラの冷たい壁を崩しつつ君は刃物の先で俺を指す


Fatalふぇいたる」は不幸な運命だけを指す 砂糖を入れた茶をかき混ぜる


石灰の雨はすずしくメイベルが言った「滅んだ死んだ子の歌」


「空」という巨人が死んだ。透明なかばねの塵は水晶だ――降る


風葬ふうそうとしての生活する君を眠らせ雪よ死のごとく降れ


紫の煙が前を覆う時君が手を引くそれがお役目


霧の街、心臓ハート廷臣ジャックとして君 夜明けの前に狩りを終わらす


天上がやぶれて落ちた足足手あしあして……手手手足足てててあしあしその人を指す


メイベルは銃の撃ち方わからないまま左眼に薔薇を咲かせた



おまけ

Traumとらうむはドイツ語で「夢」 おそらくは犠牲者たちが水底でみる


Traumとらうむはドイツ語で「夢」 おそらくは眠らぬ夜々に食屍鬼しょくしきがみる


Traumとらうむはドイツ語で「夢」 おそらくは肉片の薔薇拾えばみえる


Traumとらうむはドイツ語で「夢」 職人の心臓を分かつ人形たちの


Traumとらうむはドイツ語で「夢」 おそらくは鉱物の中 幽霊の国


Traumとらうむはドイツ語で「夢」 おそらくは空がひび割れ手が突き破る


Traumとらうむはドイツ語で「夢」 おそらくは目覚めた薔薇の無数の瞳

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