1994年・大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人~最凶未成年犯罪者たち~

44年の童貞地獄

第1話 悪事をするために生まれた男・小林正人

1994年8月10日22時半ごろ、愛知県津島市内の道路を一台の車が走っていた。

運転しているのは猪坂崇士(仮名)という22歳の青年だったが、彼はひきつった顔をしてハンドルを握っている。

手のひらはじっとりと汗をかいており、ハンドルが心なしか滑るのはこの年の夏が未曽有の猛暑だったからだけではない。


その原因は助手席と運転席側後部座席にそれぞれ座る未成年と思しき二人の男の存在にあった。

特に助手席に座る長髪を立てたような髪型の男の存在が、猪坂を否応なく緊張させていた。


彼らはこんな時間に猪坂の車に同乗しているからといって知り合いというわけではなく、初対面である。

そして知り合いたくもない奴らだった。


きっかけはつい三十分ほど前の22時前ごろ。

津島市内のパチンコ店「パーラーEX」駐車場で、パチンコをしに来ていた猪坂の前に今自分の車に乗っている見るからに不良少年な二人が立ちはだかるように現れたことから始まる。

そこで何事かと少し構える猪坂に、現在助手席に乗っている方の160センチくらいの男は初対面にも関わらずこう命令してきた。


「オレちょっと近くの〇〇中学校まで用があるでよ、車で送ったってくれ」


「頼んできた」のではない、「命令してきた」のである。

まるで知り合いの、それもパシリみたいな奴に気安く何かを言いつけるかのようにだ。

大したことではないが、知り合いでもない奴らにいきなりそんなことを言われて快く引き受けられるわけがない。

それにどう見てもこいつら二人は22歳の自分より年下の未成年だ。


しかし、二人ともかなり悪そうな風体であり、特に先ほど高飛車な命令をしてきた小さい方の少年はゾっとするほどの目つきの悪さをしている。

ガタイが小さいとはいえ明らかに人間として必要な感情の二つか三つくらい欠けているくらい危険な雰囲気があり、断った場合はどうなるか考えたくもないくらいだ。


一応22歳の猪坂にもプライドがあるので「ああ、別にいいけど」と平静を装って車に乗せたが、正直かなりこの年下の少年にビビっていた。

道中、小さい方の男は何だかんだ言いなりになっている猪坂にコンビニエンスストアに立ち寄らせ、何かを買ってきている。

それはカッターナイフ。

後の少年にそれを見せびらかして、ニヤニヤ笑い合っている。

見るからに危険そうな奴が刃物を持っているんだから状況は輪をかけてやばい。


それを何に使う気だ?


もう猪坂は気が気ではなく、ハンドルばかりかアクセルを踏む足も震えはじめている。


「おい、忘れモンした。さっきのパチンコ屋戻れや」


また当たり前のように命令してくる。

一体何なんだ?と思いつつも、ビビるあまり言いなりの猪坂が車を先ほどの「パーラーEX」に走らせようとしたところ、突然「車停めえ」と命令し、「エンジンとライトも消せ」とも言い出した。


暗くなり冷房が止まった車内で、隣の少年は目をぎらつかせてこちらを睨み、すごんできた。


「おめえ何だて?さっきからその態度。オレにはよ降りろて言いたいんか?」

「いや…、別に…そんな態度とっ…ぶう!」


顔を殴られた。

それも同じところを立て続けに何発も。

かなり人を殴り慣れている拳と殴り方だ。

「今度これイクか?」さっきのカッターを顔を押さえる猪坂の目の前で出し入れもする。


「オラ!ナメとんのかて!」後ろに座っていた方も降りてきて運転席側から猪坂を立て続けに殴る。


「おう、お前いくら持っとるんだ?」


カツアゲである。

恐れていたとおり、いや、それ以上の最悪の事態だ。

完全に屈服した猪坂は「一万か二万くらい…」と震えながら答え、財布を出させられた。


「言うた金額とちゃうがや!」と財布の中身を確認した少年にまた殴られた。

「すいません…」年下相手に恥辱の謝罪をする猪坂。

だが、「コラ!何か言わんかい!オイ!」「すいませんですむかてボケ!」と、なおも面白半分の暴行が続けられる。

猪坂はこの二人に三万円を奪われたばかりか、一連の暴行により全治二週間のケガを負うことになる。


かなり理不尽、悪質、且つ手慣れたカツアゲの仕方だった。

それもそのはず。

小さい方の少年・小林正人(19歳)は幼いころから窃盗などの悪さを重ね、教護院や少年院で十代の少なからぬ時期を過ごしたほどの筋金入りだったからだ。


この小林こそ、このすぐ後に当時の日本全国を震撼させ、少年犯罪史上最凶最悪とも言うべきリンチ殺人を主導することになる。

そのきっかけは、凶悪だがよくありそうなこのカツアゲ事件だったのだが、それは当の小林本人もこの時点ではまだ予想はしていない。

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