第37話 落花流水≪らっかりゅうすい≫
「あの、さすがにここではなんですから、寝室に行きませんか」
すやすやと寝息を立てるつばさくんの隣の布団で、私たちは裸になって抱き合った。
淳史先生とは比べるべくもない、ぎこちない彼の所作。時間も、あれあれという間に終わってしまった。
「なるほど、これのせいで奥さんを寝取られたのかも」などと思いながら、でも、身体とは裏腹に、私の心は十分に満ち足りていた。
身支度を整えて、彼の家を後にしようとした時、彼に呼び止められた。
「あの、妻と、話をしなければなりません」
私は小さく頷いた。
「ちゃんと妻と話をして、返事をします。必ず返事をしますから、時間をください」
その数週間後、保育園でママ友たちの噂話が耳に入って来た。
「つばさくんのママ、帰って来たらしいよ」
「今更? どの面さげてって感じだよね。これから、お付き合い、どうする?」
お話がありますと連絡が来て、渉さんと吉祥寺のカラオケボックスで会った。
そわそわと落ち着きのない様子の渉さん、それで話とは?と水を向けても、しどろもどろで一向に話が始まらない。
すべてを察した私は、自分から切り出した。
「あの、保育園には通報しないでくださいね」
「えっ」
「ほら、あの、私が無理やりお股を触らせて、押し倒しちゃったこと」
「…」
「あれ、完全にセクハラですよね、でも、私、保育士をずっと続けたいので、だから保育園には通報しないでくださいね」
何とかそれだけ言葉を絞り出すと、私は一人席を立ってカラオケボックスを後にした。
どうしても電車に乗る気になれなかった私は、井之頭通りを東に、ハウスに向かって歩き始めた。
歩いているうちに、とめどなく涙がこぼれてきた。通行人がぎょっとして振り返るのも構わずに、私は歩き続けた。
カラオケボックスを出た時はまだ夕焼け空だったが、やがて宵闇が辺りをつつみ、青梅街道から神田川の遊歩道に入ったときには、もう陽もとっぷりと暮れていた。
ようやくハウスにたどり着くと、私は一目散に真優ちゃんの部屋に駆け込んだ。
真優ちゃんは淳史先生との愛の儀式の真っ最中だったが、構わず私は二人にお願いをした。
「なんか、滅茶苦茶にされたい気分なんですけど」
泣き顔の私を見て、二人は無言でベッドに私のスペースを空けてくれた。私がベッドに滑り込むと、てきぱきと私の服を脱がせてくれた。
私は、理性を吹っ飛ばして、夢中で二人に絡みついた。
目くるめくひと時が終わると、また涙がでてきた。でもこの涙は、帰り道で流したものとは違う涙だ。
私の頭をなでながら、二人が言ってくれた。・
「「おかえり、ひなた」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます