第20話 月下狂乱

  淳史が選んだその日の宿は、純和風の旅館だった。

食事を終えて部屋に戻ると、大部屋に五組の布団が並べて敷かれていた。


 その夜の淳史当番は私だった。

 さてどうしたものかと思案していると、遥さんたちが気を利かせて二人きりにしてくれた。

「部屋に露天風呂もあるけど、私たちは大きなお風呂に入りにいくね」

 

「二時間だけだよ」

 とひなちゃんがウインクしながら部屋のドアを閉めた。


「じゃ、俺たちはこっちに入ろうか」

「うん」

 私たちは服を脱ぐと、二人してベランダに設えられた小さな湯舟に浸かった。


 宙では満月が黄色い光を放っている。かすかな虫の声がむしろ静寂を演出する。

 いつもシェアハウスでわいわいやっているのに、今はこんな静かなところで淳史と二人っきり、まるで新婚旅行に来ているみたいだ。

 

 湯船の中で膝を抱え、頭を淳史の肩に預けてそっと目を閉じた。淳史の顔が私に落ちてくる。私たちは、長い、長いキスを交わした。

 

「んんっ」と声が漏れる。私の身体は、キスだけで気持ちよくなってしまっていた。

「ねえ、ここで、外でしようよ」


 LUNATICという英単語がある。

 狂人、心神喪失者という意味だ。LUNAは月、月の光は人を狂わせる。


 狼男も月の光で変身する。

 長いキスですっかり体が熱くなった私たちは、月の光を浴びて二頭の獣に変身した。


 淳史が私を湯船の中に放り投げた。

 笑いながら私の上半身だけを湯船の外にうつぶせにすると、後ろから攻めてきた。

 逝きそうになるのを何とか堪え、彼のみぞおちに肘打ちを入れ、腕にかみついて湯船の外に逃れた。


 追いかけてきた淳史を洗い場の床に押し倒し、馬乗りになって攻めると、今度は淳史が私を四つん這いにする。

 私は再び彼を仰向けにして顔の上に跨った。

 互いの急所を口で攻撃しあった結果、私たちは相打ちとなって果てた。


 目くるめく獣の時間が終わり、人間に戻った私たちは、浴衣を着て、湯船で足湯を浸かった。

 虫の音を聴きながら彼の肩に頭を預け、缶ビールをちびちびやっていると、どやどやとみんなが戻って来た。


「あ、お帰り、こっち来て一緒に飲まない?」

と声をかけたが、なぜか視線が冷たい。


 しばらくして、缶ビールを手にひなたが淳史の隣にやってきた。


「もう、何してたの。事件じゃないかって、警察を呼ばれそうになったんだからね!」


「「へ?」」


「二人の獣みたいな咆哮、露天風呂まで聞こえてたから!」

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