第9話 転禍為福≪わざわいてんじてふくとなす≫

「昨日は、大変なご迷惑をおかけし、本当にごめんなさい」 

 初デートの翌朝は、真優≪まゆ≫さんの謝罪で始まった。


「もう女辞めろよってほどの大失態ですよね。舌を噛み切って死んでしまいたい気持ちです。出来れば忘れてほしいけど、あそこまでやっちゃったら絶対忘れませんよね。せめて何かお詫びをさせてください。何でもしますので言ってください」


「そこまで気にする必要はないですよ」と何度か言ったが、彼女のお詫びは止まず、とうとう泣きながら、とんでもないことを言い出した。

「私の身体でお詫びさせてください」


 本当に大丈夫ですからと言っても、ピンクのオーラを纏いながらの主張は変わらない。これはもう彼女の言う通りにするしかないかと、俺も覚悟を決めた。


 俺の腕の中の真優さんは、とてもかわいらしくて、素敵だった。

 遥さんとの一件以来女性に深入りするのを避けてきた俺だが、彼女となら、お付き合いしてみるのもありかなと思った。




 朝目を覚ますと見知らぬ部屋、隣を見ると、憧れていたバレーボールの君が寝息を立てている。

 

 昨晩すっかり胃の中のものを吐いたせいか、頭も身体も比較的正常で、徐々に昨晩の記憶がよみがえってきた。


 酔いつぶれて、彼にゲロをかけて、このホテルに担ぎ込まれて、泥酔の介抱どころか、排せつと入浴の介助までされてしまった。これはもう女として再起不能の大失態である。


 そもそもが酔ったふりをして彼に甘え、ホテルに連れこまれる作戦だった。

 それが、憧れの彼を前にした緊張からハイテンションになり、つい飲み過ぎてこんなことになってしまった。


 しかし待てよ、経緯はともかく、今こうして彼とラブホテルにいるではないか。

 災い転じて福と為す、謝罪のふりをして、私は当初の目的を彼に告げた。 


 「私の身体でお詫びさせてください」


 そんなことは無用と繰り返す彼を無視して、私は涙ながらに訴え続けた。

「それでは私の気が治まりません。どうか私のためと思って、私を抱いてください」

 

 ようやく彼が納得してくれた時、私は心の中で大きくガッツポーズをした。これでとうとう憧れの君と結ばれることができる。


 どうせ大した女性経験はないだろうというのは、全くもって私のバイアスがかかった先入観で、経験豊富、百戦錬磨を自認していた私が、もう彼にされるがままだった。

 テクニック云々≪うんぬん≫というレベルはない。女性の身体の官能の仕組みを知り尽くしている、そんな感じだった。

  

 彼がセフレになってくれるならもう他の男はいらないかも、いや、いっそ恋人とか、お嫁さんにしてくれるとか、でも、あんなことまでしちゃったから無理だろうな、とか、でも途中からはそんなことを考える余裕もなくなった。

 

 彼の腕の中で、私の身体は、ジェットコースターのように急上昇と急降下を繰り返した。

 

 やがて大きな波が来た。あっという間に天高く打ち上げられ、大空で爆ぜたような超弩級の快感に、私はただただその身を任せるだけだった。

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