第24話 お肉のお代は情報で

「誰だ!?」


 突然聞こえてきた声にバックスさんが臨戦態勢に入り、ママも巣を守れる位置に移動していく。振り返ると男女の二人組が立っていた。


「おっと、オレたちは怪しい者じゃない」


 そんなこと言われても信用できないよ。


「マスター、その言い方ではかえって不信感を与えてしまうのでは?」

「いやでも「オレたちは怪しい者だ」って言うのもおかしいだろ」


 なにこのとぼけた会話……。でも、ママが警戒を解いていないから用心はしておくべきだと思う。


「気を付けろ、リュカリュカ。こいつら何のキャラ表示もない。非正規プレイヤーかもしれない」


 二人の頭上を見上げてみると、デフォルト状態だとオンになっているはずのプレイヤー識別マーカーやその他諸々が全く表示されていなかった。

 そして非正規プレイヤーと言うのは読んで字のごとく、正規の手順を踏んでいないプレイヤーのことだ。


 違法ダウンロードなどによる『海賊版』からログインしている人たちで、規約に違反するチートコードを使ってゲームバランスを崩壊させる『俺TUEEEEE!!症候群疾患者』から、システムを改竄して強制的にPKをしたり、アカウントハックをしたりする『強奪者』に、システムそのものを破壊してゲームを壊滅させる『破壊者』まで多種多様。


 共通するのはリアルの法律に違反しているということと、ゲーム内でボーギャクヒドーの限りを尽くす極悪人だということ。


「でも今まで『アイなき世界』で非正規プレイヤーが見つかったことってありましたっけ?」

「聞いたことはない。だが、セキュリティとウイルス、ウイルスとワクチンはイタチごっこをしているようなもんだ。昨日まではなかった、さっきまではなかったが、今はあるかもしれない」


 えっと、つまりは何が起きても受け入れる覚悟をしておけ、と。

 いざとなった時に運営さんに提出できるような証拠を外部保存しておけ、と。


「ほら、マスターの選択ミスのせいで警戒どころか、悲壮な覚悟を持ってしまったではないですか」

「オレのせいかよ!?いやオレのせいですごめんなさい……」


 男の人弱っ!?

 マスターとか呼ばれているけど、力関係は完全に逆転しちゃってるよ。


「さて、とりあえずはそのままで結構ですので、我々の話を聞いて下さい。その上で可能であれば先ほどの件も考えて頂ければと思います」


 先ほどの件?ああ、『お肉』を買い取りたいっていう話ね。


「まず最初に、オレはグドラク。正規のプレイヤー冒険者だ。信じられないなら運営冒険者協会に問い合わせてもらっても構わない。詳しくは後で説明するけれど……、どうだい?これで識別が表示されるようになったはずだ」


 彼の頭上に、プレイヤーの証である緑のマーカーとグドラクというプレイヤー名が表示されていた。


「悪いがそれだけで信用する訳にはいかないな。偽装だの何だのと誤魔化すための手段は技能ですらいくつもある」


 そ、そうなんだ……。イリーガルやアウトローなキャラも作れるって話だから、それも当然なのかな?

 向こうもそれは理解しているのか、頷くだけで特に気にする様子もなく話を続けていく。


「キャラメイクの時点で特殊なイベントに巻き込まれたみたいでさ。***モニョモニョモニョにされるわ、*******モニョモニョモニョモニョモニョ状態でステータスは異常に高いし、***モニョモニョモニョ技能もてんこ盛りで、あっという間にレベルが百三まで上がったよ」


 え?


「今の台詞、一部聞き取れなかったんだけど?それに百三レベル!?」

「やっぱり規制が入ったか。接触はできても細かい説明は禁止、っていうことか……。ゴメン、これ以上はあんたらを巻き込んでしまいそうだから、詳しい話はできないや」


 ちょっと寂しそうにグドラク君が言う。

 よく分からないけれど、色々苦労しているのかも?


「今の話を掲示板に書き込んでも?」

「構わないけど、運営冒険者協会がどう動くか分からないし、それ以前に他のプレイヤー冒険者に信じてもらえないかもしれない。やるなら自己責任で、ということになるよ。……で、それはひとまず置いておいて、だ」


 グドラク君が目の前にあるものを脇に寄せるという懐かしい仕草をすると、横にいた女性が今度はそれを掴んでどこかに放り投げる真似をする。

 ……なかなかに息の揃ったツーカーな動きだね。


「結構なお手前で」

「いえいえ、お見苦しいものをお見せして申し訳ありません」


 そしてスカートを摘んで、ちょこんとお辞儀をする。


 この人、できる!


「あの……、今真面目な話をしているのだけど……」

「リュカリュカも遊ぶのは後にしてくれ」


 怒られた。


「ええと……、それでだな、オレや彼女の所属するギルドみたいなものを作ったんだけど、人数が一気に増えて食糧が足りないんだ。だから、できればその『肉』を売って欲しい」


 と、頭を下げる二人。


「はっきり言って俺は今の説明だけではお前たちのことは信用できていない。リュカリュカはどうだ?」

「ボクも信用まではいっていないかな。その前に、よい、しょ!」


 ドスンとアイテムボックスから一つ『お肉セット』を取り出す。

 大きさと重さへの覚悟ができていると、一人でもなんとか取り出せるものだね。


「これが全部で四十九個あります。いくら出すつもりかは知らないけれど、お金足りますか?」


 食料を探しにここへ来たんだから、目的はきっとこの『お肉セット』だったはず。だから今更隠しても無駄だろう。

 それに、さっき小分けにしていたところを見られていたかもしれないし。

 さてさて、適正な金額は分からないけれど、これ一つでもきっと相当なお値段になるはずだ。

 グドラクさんが女性に向かって頷くと、一歩前に出てこう言った。


「確かに全てを買い取るには我々の手持ちでは不足しています。しかし、あなたたちにとってはお金以上に有用な情報を渡すことができます」

「情報だと?」

「はい。あなたたちを始め、多くの冒険者たちが作ろうとしている、ラーメンなる食べ物についての情報です」


 首筋に冷たい水を垂らされたようなゾクリとする嫌な感覚が広がっていく。

 この人たちはどこまでボクたちのことを知っているのだろう?


「街ではその話題ばかりでしたので、あなた方もきっとそうなのだろうと思っていたのですが、違いましたか?」


 そ、そういうことね。あー、びっくりした……。


「ラーメンのどんな情報をくれるというんだ?」

「難航しているという噂のかんすいを確保できる場所――」

「買った!」


 これは必要。絶対に必要な情報です!

 バックスさんがちょっと呆れたような顔をしていたけれど気にしちゃダメ!


「……今の情報だけでは全部はやれないぞ」

「そうですね。価値としてはそちらの『お肉』九つ分、といったところでしょうか」


 さりげなくって感じだけど、結構ふっかけてくるね、このお姉さん。

 まあどうせ今のままだとボクのアイテムボックスに死蔵されることになるか、何処かに捨てることになりそうだから言い値で売るけどさ。


「それで、残る四十個に釣り合う情報はあるのか?それとももう満足なのか?」

「残る四十個も頂きたく思います。代価となる情報はミソとショ――」

「買ったーー!!」

「絶対買う!!」


 今、ミソとしょうゆって言ったよね!


 ね!

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