第5話 戦いこそ我が人生

 唐突だが、リアルでの俺はサラリーマンだ。

 社蓄ではない。適度な労働を心がけている。

 幸か不幸か一人身で彼女もいない。

 日々暮らせる分と、更に趣味に費やす幾分かの金があればそれで十分だ。


 そんな生活をしていて、しかも若い頃にヤンチャしていたこともないので、喧嘩の経験がある訳でも、ましてや戦闘の経験があるはずもない。

 では、なぜ『戦いこそ我が人生そんなこと』を考えているのかといえば、先ほど言った幾分かの金を費やしている趣味に関係してくる。




「うおんづおりゃあああぁぁぁ!!!!」


 かけ声、というより叫び声を上げて巨大なバトルアックスを振り降ろす。

 刃渡り一メートルを超えるそれは、刃物でありながら同時に質量兵器でもある。触れればただでは済まない。

 敵対していたモンスターの行く末を散々見ていたそいつは、無理に受けようとはせずに回避に専念する。

 しかし避けきれない。

 当然だ、俺がそうなるに仕向けたのだから。


 ガギン!


「う、ぐ!」


 仕方なしに左腕に装着した小盾を使ってやり過ごしたようだが、無理な体勢であったこともたたって衝撃までは消せなかったようだ。

 部位ダメージによって左腕に使用ペナルティが発生している。


「やるな!まさか今の一撃をいなされるとは思っていなかったぞ!」


 得物の戦斧を肩に担ぎながら、俺はつい先ほどまでパーティーを組んでいたタクローに笑いかけた。


「だけどペナルティを貰っちゃいましたから、そう長くはもちそうにないっすね」

「タッくん、負けないでー!!」

「こらー!バカっす!いつもいつもやり過ぎなのよ!」


 タクローが悔しそうに呟くと、外野から声援と罵倒が飛びこんでくる。

 二人してそちらを向くと、一見して魔法使いと僧侶と分かる格好をした二人の女性が太い木の幹に縛り付けられていた。

 タクローと同じく、つい先ほどまで俺とパーティーを組んでいた元仲間である。


 どうして縛っているのかというと、タクローとの戦いを邪魔されないためと、後はまあ雰囲気だ。

 二人いわく「囚われのお姫様みたいでしょ」ということらしい。

 そしてヒロインたちを助けるヒーローがタクローであり、俺はそれを邪魔する悪役という訳だ。


「あのなあ雨ー美うーみ、何度も言うが俺の名前はバックスだ」

「PvPマニアなんてバカで十分よ」


 俺の苦情など知ったことかと、僧侶キャラの雨ー美はそっぽを向く。

 彼女の言う通りなので俺もそれ以上は強くいえない。


 PvP、つまり対プレイヤー戦のことだが、俺はそれが大好きなのである!

 クエスト等を受けてイベントを見るよりも、モンスターを倒してレアアイテムを探すよりも、何よりもだ!

 MMORPGにおいてそういうプレイをしている人は珍しくないのだが、この『アイなき世界』においては事情が異なる。


 というのも『アイなき世界』のリリース当初と、前作に当たる『ワールドオブマーズオンライン(World of Mars On-line、通称『ヲモ』)』では、PvP行為とPKプレイヤーキラー行為が同等とみなされていたからだ。

 更にPK行為についての是非は各プレイヤーに一任されていたので、大勢のプレイヤーを巻き込んだ復讐の連鎖、血で血を洗う大抗争が起きたこともある。


 結局、『アイなき世界』になって悪質な初心者PKが横行したことで、やっと運営が重い腰を上げてシステム改善に乗り出すことになった。

 『プレイヤー同士の攻撃判定有無の設定』機能と『PK参加表明』及び『PvP参加表明』機能の実装である。

 ただ、攻撃判定の有無は通常プレイにおいても大きな影響が出たこともあって、改悪と捉えている人――特に『ヲモ』時代からの熟練プレイヤー――も多いと聞く。


そういう経緯もあってPvP好きなプレイヤーは、戦闘狂だとかPK予備軍だとか言われて敬遠されている、というのが実情だ。

 同好の士を探すだけでも一苦労だ。

 俺の場合、クエストやレベル上げの手伝いをする報酬としてPvPの相手になってもらっているが、いざ始めようとすると、時間を理由にログアウトされ逃げられてしまったり、勘弁してくれと泣き付かれてしまったりすることも多い。


 そんな中で、タクローは俺のプレイスタイルに付き合ってくれる数少ない理解者の一人だ。

 まあ、見ての通りパーティーメンバーの雨ー美とユキの二人はあまり良く思っていないようではあるが。

 おっといけない、余計なことを考えている間にタクローのペナルティが減少している。


「悪い。手を抜いた訳ではないんだが、考え事をしてしまっていた」

「バックスさんがそんな嫌味なことをする人じゃないのは分かっていますよ。でも、ここからは本気でいきましょう!」


 ペナルティを受けていない右手を前に、半身になって腰を落とすタクロー。

 俺の方も担いだ戦斧をいつでもう振り回せるように構える。

 空気が張り詰めていくのが分かる。女性陣も息をのんで――タクローのことを――見守っている。


「はああああぁぁぁ!!!!」

「うおおおおぉぉぉ!!!!」


 それぞれが持てるべき力の限りを尽くした一撃を繰り出す。


 刹那の交錯の後、立っていたのは俺だけだった。


「もうちょっとだったのにー!」

「少しは手加減しなさいよ!このバカっす!」


 倒れたタクローの姿が光となって消えると、女性陣の残念そうな声が聞こえてきた。

 苦笑していると空中にウインドウが展開される。


〈PvPを終了します。勝者バックス。戦利品としてタクローの所持していた以下のアイテムのうち二つを選んで下さい〉


「チッ!」


 これがなければもう少しはPvPが普及していただろうと思うと、つい舌打ちをしてしまう。

 PvPに敗北すると、たとえ死んでいなくても通常と同じデスペナルティを課せられる。

 その一つとして所持アイテムがランダムで数個消滅してしまう、というのがあるのだが、PvP時に限りそれを勝者が選択することができるのである。

 PKの場合はその数が多い反面、選択不可能であるため、こちらの方が性質が悪いと嫌悪している人も多い。


 とりあえず回復薬を二つ選択してアイテムボックスに入ったことを確認すると、女性陣を解放しに向かう。

「タクローに返してやってくれ」


 先ほど得た報酬の回復薬を取りだすと、二人とも首を横に振った。


「タッくんからバックスさんを連れて帰ってくれって頼まれているんです」

「だからそれは直接渡して」


 PvP好きを表明しているので、嫌われているとまではいかなくても俺と距離を取るプレイヤーは多い。

 だから町中では必要以上に一緒に動かないようにしていたのだが、それを言ったところで二人とも従ってはくれないだろう。


 タクローめ、愛されているな。

 何だかほっこりした気分になる。

 定番の「リア充爆発しろ!」というどす黒い気持ちにならないのは、どことなく彼らにラブコメ的なトラブル要素を感じてしまうからだろう。


 町へと強制送還されたタクローと合流するため、俺たちは再びパーティーを組んで『帰還』の魔法が込められた巻物――一回使い捨て――を使うのだった。






◇ 補足 ◇


バックスはそのプレイスタイル――クエスト終了後にPvP――から、プレイヤー間では『クエストの裏ボス』として微妙に有名になっています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る