しこめひめはハッピーエンドに導きたい

吉村悠姫

第1話

――序――



――拝啓、神様。

神様、もし神様がいるのなら聞いてください。

不美人に生まれることは罪なのでしょうか?

ではなぜ私は不美人に生まれたのでしょうか?

どうして毎日こんなにつらい目に遭ってまで、生きなければいけないのでしょうか?

不美人は罪でしょうか?

お答えください、神様。


出来れば、生まれ変わったら、どこか異世界のお姫様になりたいです――。



柊 杏珠、――享年16歳。

死因、いじめによる学校屋上からの落下死。



「――様、お嬢様、お気付きになられましたか?!」

「ん……」


気が付くと杏珠は見知らぬ天井を眺めている状態だった。


(えっと……ここは……? 私、屋上から落ちて死んだはずじゃ……)


見知らぬ天井には天蓋。

どうやら杏珠は大きなベッドで寝ているらしかった。

両の手を見て驚く。


(――これ、私の手じゃない!!)


「――あの、私――!!」


起き上がった途端、ベッドサイドのドレッサーの鏡に自身の顔が映った。


「ギャー!!」



第一話 しこめひめ


「えっ、何こればけもの?!」


しかし鏡の中のばけものは杏珠と同じ動きをしている。


(まさか、まさか――)


ベッドから飛び降り、ドレッサーに近付く。

頬を引っ張ってみる。


一重で落ちくぼんだ目、こけた頬、薄い唇に歯並びの悪い口、そして無駄にツヤのいいラベンダー色の髪。


「――これ、私ー?!」

「よかった、アンジュお嬢様がお元気なようで」

「へっ?」


杏珠は『アンジュ』と呼ばれたことに振り返った。

声の主はクラシカルなロングのメイド服を纏った侍女らしき女性。


「リーチェお嬢様のために木に登られて、落下されたのですよ」

「そ、そう……」


リーチェ。

不思議と聞いたことのある名前だった。

そして次の瞬間には、『アンジュ』としての記憶や『前世』での記憶が一斉に脳内になだれ込んできた。


アンゼリカ=フォン・ド・ヴァン。

ヴァン侯爵家の長女。


杏珠が『前世』で死ぬ前に愛読していたダークファンタジー漫画、『シャリテの城壁』に出てくる登場キャラクターの一人だ。

内容としては、城塞都市『シャリテ』に生まれた主人公が、城壁の外へ出るまでの冒険活劇である。

城壁の外には魔物が存在し、人々の生活を脅かしていた、というものだ。

その魔物から安全に城塞の外へ出るべく騎士を目指した主人公とその仲間たち、そして貴族との関係や王室との確執、主人公の仄暗い過去など。

漫画は完結していたが、この『シャリテの城壁』の作者にはとんだ悪癖があった。

それは――『作者のお気に入りのキャラクターをどんどん死なせる』というものだった。

事実、最初から登場していた主人公の幼なじみであり親友のキャラクターも、最後は主人公と離れた場所で『約束』を守れないまま死んでしまっていた。

そして……アンゼリカもまた、作者のお気に入りだったらしく非業の死を遂げている。


周囲からその容姿をもって「しこめひめ」と呼ばれていたアンゼリカ。

だがその心根はどこまでも優しく、慈愛に満ち溢れ、常に人のために動くような令嬢だった。

最期こそ妹のリーチェを魔物から庇って死ぬものの、読者人気は高い方だった。

杏珠もまた、自身に似た境遇、また同じ呼び名である「しこめひめ」のアンゼリカのファンであった。


そのアンゼリカに――アンジュに、自分が「なってしまった」のだ。


杏珠がその容姿に驚いたのに侍女は驚いた様子がないようで、こちらを見てニコニコと笑っていた。

それもそのはず、彼女はアンジュお付きの侍女、メイラだったからだ。

幼い頃から一緒にいたメイラが今更アンジュの顔に驚くことはない。

が、アンジュは自身の顔をもう一度鏡で見て、「二目と見たくない不美人」だと感じた。

そして『前世』の記憶――高校入学当初から、その容姿をもってしていじめに遭い、屋上から転落して死亡したこと――。


――どうしてですか神様。

何かの試練でしょうか。

どうして転生してまでも私は不美人なままなのでしょうか――……。


「アンジュお姉様!」


バン、と部屋の扉を開けて入って来たのはとてもとても可愛らしい妹、リーチェだった。


「ごめんなさい! リーチェがあの木の実が欲しいってワガママを言ったから……!」

「え、ええ、気にしないでリーチェ」


何でもないようなことのようにアンジュは言った。

その実、頭の中は『前世』の記憶と『アンジュ』の記憶で混乱しきりだった。


――今日はヴァン侯爵家主催のお茶会があった。

少しでもアンジュやリーチェに貴族令嬢の友人が出来れば、という両親の厚意であったが、貴族令嬢たちは皆可愛らしいリーチェにばかり話を振り、アンジュの顔を何かおぞましいものでも見るような目で見ていたのだ。

居心地の悪さを感じていたが、それを察したらしいリーチェが姉に木の上になっている木の実が欲しいとねだったのだ。

アンジュは見た目こそ不美人とは言え、座学や淑女教育において右に出るものはいないほどだった。

さらに運動神経もよかったアンジュはリーチェの願いをかなえてやろうと木に登った。

――そして、落下して頭を打ったのだ。


二目と見れない不美人ではあるが、勇敢で優しく妹思い。

誰が呼んだか「しこめひめ」とあだ名されるアンジュに、杏珠は転生してしまったのだ。


アンジュが木から落下したことでお茶会はお開きとなり、こうして部屋で療養していたところだった。


「リーチェ、もうワガママ言いません。だからお姉様、いなくならないで」

「大丈夫よリーチェ」


リーチェは自身の言葉のせいで姉に怪我を負わせたことを深く後悔しているようだった。

それをアンジュは優しくなだめる。


――そう、私アンジュは――……容姿こそ醜いけれど気心だけは優しい淑女……。


「それにしても驚いたわ」

「何がですの?」


くっきりの二重にくるんと丸い目がアンジュを見上げる。

姉妹でここまで差があれば簡単に諦めもつくというもの。

だが、両親はこの不美人な姉と超絶美少女の妹を分け隔てなく愛し育ててきたのだ。


「自分の顔に、よ」

「そうでしょうか」


アンジュがいたずらっぽくいうと、リーチェはぽかんとした顔をしてみせた。

幼い頃から一緒にいるものだから、美醜の基準がおかしくなっても仕方のないことだった。


「改めて、私って不美人ね」

「見た目だけで価値を決めつけてくるような方などは、このわたくしがぶっ倒してやりますわ!」

「リーチェ、淑女はそんな言葉を使わないの」


突如令嬢から飛び出た『ぶっ倒す』という言葉にアンジュは苦笑する。

漫画でのリーチェの描写はもう少しお淑やかな印象だったからだ。

しかして、作者があまりお気に入りではないらしいリーチェの描写はそう多い方ではなかった。

あくまで不美人な姉と美少女の妹を描きたかっただけだと思われる。

だが今、アンジュはその世界に「いる」。


「お姉様はお優しい方です。心が清らかな方です。見てくれなど面の皮一枚。剥いでしまえば皆肉塊ですわ」

「リーチェ……」


可愛らしいうえになんと優しいのだろう。

迷惑だろうと感じながらも、アンジュはリーチェを抱き寄せた。


「そう言ってくれるのはきっとリーチェだけだわ」

「いいえ! お母様もお父様も、きっと理解して下されば周囲の方たちも……あっと……メイラもお姉様の清らかさをわかってくださいます!」

「優しいリーチェ。ありがとう」

「えへへ、お姉様大好き!」


迷惑だろう、と控えめに抱き寄せたつもりが、リーチェはお構いなしにアンジュに抱き付いてきた。


心が清らか――か。

アンジュはリーチェの言葉を噛みしめる。


(――そう、不美人であるからと諦めてはいけないわ。アンジュは心が優しい醜女。だけど心が清らかであればきっと……見てくださいますよね、神様)


アンジュは心の中で祈るのだった。

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