第13話 水の中に沈む部屋

 山での修業から帰ってから、僕は水の精霊の小瓶を出来るだけ持ち歩く様にし、その風景を長椅子のソファで寝っころ転がら眺める毎日を送った。


 不思議で、神秘な世界は、僕の心をとても揺らした。


           ☆


 そして山での修業から三日後、ぬいぬいとオリエラはふたたびやって来た。


 魔法使いの見た目が幼い僕の師匠は、帽子の代わりに麦わら帽子をかぶり現れる。


「ぬいぬい、その麦わら帽子……」と、言う僕の言葉をさえぎり――。


「いい、わかったもういい……」と、彼は、独り言の様に呟く。


 その後ろからひょこっと現れたオリエラも同じく、いつもの細身のズボンにYシャツ姿に同じく色違いの麦わら帽子をかぶっていた。 


「あるるさんが、熱射病にならないようにって、みんなに買ってくれたんだよ。で、これがハヤトの分」


 そう言うとオリエラは、僕に麦わら帽子を被せて、自分の顎に手を当てて考えこむ。


「僕の分まで、ありがとうございます」


「いや、いい。あるるが好きでした事だ」

 彼は、僕の言葉を少し遮り様な物言いと、手の仕草で、僕が気を使わない様にしている様に思った。


「それにしても、やっぱり、師匠が一番似合うよね」


「ほっとけ」


「早くアルトルア君も麦わら帽子が、付けられるといいよね――ハヤト、去年生まれた師匠のお子さんなんだけど、師匠とあるるさんに似て最高に可愛いの、麦わら帽子の素敵な親子だよ。絶対!」


 ぬいぬいとは違いとても上機嫌で話す、オリエラは部屋に入ると、楽しそうに鼻歌を歌っている。


 そして踊る様にコート掛けに、麦わら帽子をかけた。


「ぬいぬいお父さんか……、不思議な感じです」


「それは、俺も同感だ。愛しい気持ちはあるが、生命の神秘に関心せずにはおられん」


  誰かの父親になるのは本当にどんな感じなのだろう。簡単言葉で言い表せられるが、それだけで足りないだろう事はわかった。


「でも、そういえば今日会った時見た、アルトルア君のカギ編みで編んだ帽子が、ここのリボンの飾りまで、師匠の麦わら帽子おんなじだったけど……。師匠もカギ編みの方の帽子も持っているの?」


 オリエラは、少し不思議そうな顔でそう尋ねる。それに対しぬいぬいは、少し気まずそうな顔をする。


「カギ編みの材料を一緒に買いに行った時、あるるがぽいぽい糸を買い物かごへ入れるもんだから、『子どもの帽子にそんなに糸が必要なのか?』と尋ねた、『実はみんなで、お揃いの帽子にしようと思っていたのよ』って返されて、似た見本を指差されたんだが……『すまん。厳しめの魔法詠唱してる時、でも、俺の帽子は、手作りで可愛い息子とお揃いなんだよなぁ……って我に返りそうで無理だ……」と購入にストップかけて、既製品の麦わら帽子でなんとか手を打って貰った」


「魔法に関しての師匠は、繊細過ぎるほど繊細で、全ての禁忌きんきになりそうな事柄を排除しますよね……やはりそうでないと高みにはいけないの?」


「俺は魔法使いになる為に里を出て、今まで魔法以外に考慮すべきものが無かった。しかし家族を作り、ある意味生粋の魔法使いでは無くなった。だから大切すべき物以外は、出来るだけ排除しているだけだ。」


「厳しいよね……魔法使いの道は」


「俺にはハヤトほどの、魔法の素質は無かったからな」


 二人の話をただ聞き、世界についての理解を深めることに専念していた僕にいきなりのぬいぬいからの突然の「俺tueee』を肯定する評価を受け、僕は戸惑った。


「僕の素質が凄いって事は、自分が勇者であると思っても大丈夫ってことですか?」


 僕達は、リビングルームに辿り着き、ぬいぬいは長椅子のソファの中央に座りオリエラは、そのソファの端にちょこんと座った。


「あくまでも、勇者と同等の能力があるって事で、決めるのは王室であり教会、そして魔王を倒せば誰が認めずとも勇者だ。そこでごねるほど我が国は腐ってない。で、水の精霊とは仲良くなれたか?」


 「う――ん、どうなんですかねぇ? 」


 僕はシャルルさんが用意してくれた、ワイシャツのポケットから小瓶をだして、片手に握る。


 僕はこの3日見てきた、瓶の中を目を瞑り思い出していた。


 深い緑の入る青、そこに精霊と思われる光がゆっくり海面へと上がり落ちいく。その空想の中からあふれ出た精霊達が、現実の僕の手の内にある小瓶の中から僕の部屋へと少しずつ訪れる。


 ――水の感触、肌ざり……。彼らはやって来てくれた。


 僕が目を開けると、僕の持つ手から少しずつ光の小さな泡が僕の周りを、クルクル螺旋状にまわりながら天井へと上がって行く。


 それは天井まで辿りつくと、そこを中心として天井をつたって部屋全体へと広がって行く。


 たぶん今日はぬいぬいがやって来た事で、精霊達は凄く機嫌いい。


 そしてその証拠は、すぐに僕らの前に現れくれた。天井という水面を全体に満たした精霊が、光の水の魚になって、僕らの部屋を自由に群れを成して泳ぎまわるのだ。


 それは彼女と最後に見た風景と似て、僕の心をなごませもしたが、悲しませもした。


 過去……そんな時、ソファの上で今の様に靴を脱いで体操座りをしている僕を、隠す様に大きな影が出来た。


 マンタ……雄大な海を泳ぐ彼は、どうしようもなく焦る気持ち、悲しみくれた時に現れてくる。


 そして彼らは今日は、彼れらの喜びの為に、マンタの姿となって僕の前に現れてくれたのだ。


「凄い!? どうしてこんな事が出来るの?」


 ――えっ……? それはオリエラの声だった。


 そして一人掛けソファに座っていた僕の横に、何故かぬいぬいが居る


「もう、いい。彼らを小瓶に戻せ」

 僕の肩に優しく手を置き彼は、そう言った。


 僕は立ち上がり、しっかりと小瓶を持ち掲げると、彼ら僕の周りをまわり、僕という星のまわりを規則正しく動く衛星の様に周回のちに、小瓶の中へと帰って行く。


「さよなら、ありがとう」


 でも、変わり者は何処にでも居る様で、僕の手を濡らし僕の中に入って来るものも今回の様に居る。


 視界が広がって来ると、オリエラが魚となった精霊にちょっかいをかけている姿と、ぬいぬいが何故か厳しい顔で、行儀悪く片足だけ胡座をかき手でそれを支えている姿が見える。


 そしてそんなぬいぬいのまわりに集まる、魚達や光の泡は彼のまわりを、気高い猫の様に触れてこちらへとやって来る。

  

 最後のちいさな魚が、オリエラに別れを告げる様に、彼女周りを回ったのち瓶へと帰った。


「ハヤト、お前の魔法センスは素晴らしいが……だから教えずらい……」


 ぬいぬいは、言葉を選びながら話しているのがわかった。


「火の精霊で同じ事をやれば、少なからず危険な事になる。たから今後の瓶の訓練は行えない」


「じゃあどうするの? 師匠」


 オリエラは心配そうに、僕とぬいぬいを見比べて視線を行き来させている。

 

「今、考え中」

 彼は急に自由になり頭の後ろで、手を組みソファに深くもたれかかったのだった。


「まあ、あれだ。訓練の基礎は水の精霊で十分だろ、何か方法を探すから心配するな」


 そう言うと、彼はゆっくり目を閉じた。


「師匠、眠いの?」


「違う、あの素晴らしい風景を、脳裏に焼き付けてる。あれだけの水の精霊を見られる事は、少ない。お前らもやっておけよ。それだけで使う魔法に幅が出来る」


 目を瞑った、ぬいぬいは、誰も居ない場所を指差しそう言った。


 そして僕達は、目を閉じてふたたびあの水の光景へ入って行く。


 それはティーセットを持って来た執事のシャルルさんが、僕らの姿を見て「皆様、どうされたのですか?」と声をかけるまで続いた。


      続く

   

       

 

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