第5話 魔王と彼女が作るおにぎり

 午前5時30分、昨日の騒動から一夜が明けた。


 この季節には、こんなに早い時間にはもう日の出を迎えている事を、僕は今まで知らなった。昨日からカーテンを開けたままの窓から、朝日が差し込み開いたままの彼女の帽子を入れた箱を照らし出す。


 今日は今までに無く自然に早く起きた僕は、一番のその箱の中の変わらぬ帽子を確認し、椅子に力尽きた様に腰掛けたままその朝日を浴びている。


 しかし今でもそこはかと香る白百合の花の香りはすれど、その花自体はやはりどこにも見る事が出来なかった。


「酷い顔だの」


 彼は、僕を後ろから覗き込む様にそう言った。


 彼女の義理の父親。異世界の魔王……名前は……フィーナのお義父とうさん。


「フィーナさんのお義父さん……。そうだ、百合の花が無くなってしまったのです! 探したのですがどこにも……」


 僕は、思わず立ち上がりそう言った。しかしお義父さんの瞳すべてが、僕を睨みつける……その中に僕を憐れむ気持ちがふっと現れた気がした。僕は真っ向からその目を見ていた。僕の覚悟を知らしめる為に。


「魔王と呼べ、フィーナもそう呼んでおらんのに、何故一番にお前を子供にせねばならんのだ」


 魔王は、とてもいやそうに手の甲を見せ振る。


「それから……白百合の花は、消えたのではなく、お前の中に吸収されお前の力となったのだ。詳しくはフィーナ聞けば教えてくれるだろう」


 そう言い終わると和風の袋からどさどさどさと、おにぎりを幾つも出す。


「これは?」


「フィーナだ。あの娘も心ここにあらずって感じで、どんどん米を炊く。だから一緒に握り飯を先ほど、作って持って来たところだ。で、こっちが水筒だ。どれも人間界で買ったもので出来ているので安心して食べなさい」


 おにぎりはラップにどれもくるんであり、大きいのや、小さいのがある。水筒は、普通の魔法瓶だった。


「すごく沢山ですね。もしかしてフィーナさんが?」


「そうだな、小さいのがフィーナ、我が握ったものは、それより大きい」


「二人とも仲がいいんですね」そう言うと、魔王は一度僕の目をみて、考えている事を覗き見る様な目をし「一応な」と言った。


 彼は、照れている様でもなかった、どちらかと言うと素っ気ない感じだった。


 僕は、コーヒーカップ2つを持って来て、魔王のお茶を注ぎ、僕と魔王の前に置いた。


「魔王、どのおにぎりからお食べになるのですか?」


「我は、我が城で食べて来た。そうして凍らせた物もまだある。お前も食べきれぬと言うなら持って帰ろう」


「いえ、僕も凍らせて食べますよ。わざわざ持って来てもらったのですし、きっと彼女が作ったのなら美味しいはずです」


「我も、握ったがな……、お前がそう言うならそれも良かろう」


 そう言って彼は、深く目を閉じる。


 簡単な料理なら出来る系、魔王……。それならフィーナさんが、夫に求めるスキルも高くなるはず。やれる! やれる頑張れる。そう今は自分を奮い立たせるしかない。


 そうして目の前の小さいおにぎりを食べる。おにぎりは昆布の佃煮つくだにの味で、丁度いい握り具合、塩加減、いままでのおにぎりのどれよりも美味しかった。


「お前のフィーナの事をどう思う。好きなのか? 手に入れたいか?」


 ゴホッゴホッ


 僕はもう少しで魔王の一言で、おにぎりで溺れて死ぬところだった。だがやはり、魔王の目は真剣で、僕は正直に答えるしかなかった。


「僕はフィーナさんが、好きですし、手に入れたい。その為ならなんでもしたい気分です。たぶん僕は、愚か者なんでしょう。本当に馬鹿過ぎる考えが浮かびますが、それだけ彼女を好きなのでしょう」


「ふむ……ならお前の乗り越える道を示そう。フィーナは狐の里の白銀狐しろがねぎつねと言う血族の当主の娘だ。彼らだけが、銀色の毛皮を身に着け、能力も他の狐よりは秀でており、商業の才能まで持っておる」


「もしかして……優れた血筋のお姫様って事ですか?」


「魔界では魔王の部下の方が、価値があるのに何をいっておる?」


 魔王は、呆れた様に言い。僕は、誤魔化す為におにぎりをもぐもぐと食べる。これだけ素敵なおにぎりを作れるのも相当な価値だよなぁ……っと思った。


「だが、あのの両親は、普通の狐とのいざこざで自然災害に見せかけて殺されておる」


 魔王は、淡々と言う。


「待って下さい 殺されたのですか?」


「まぁ一部の人間のみしか聞く事の出来ない幽霊の証言では、おおやけなる事が無かったがな。月からいにしえの昔に落ちて来たやかましい幽霊が、懇願し我を呼んだ。それゆえに我は幼いあのを引き取った」


 魔王は、伸ばしていた背筋をかがめ、頬杖をついた。


「それから時の過ぎのは早いもので、あの16歳になった。成人の18歳になるまであとわずかだ。18歳になれば、あのは決めなければならない狐の里で生きるか、どこに生きるか、この地で生きるのもいいだろ……」


魔王は、僕を見てニヤリとした。僕は、魔王に認められていると考えていいのだろうか?


「お義父さん……アチっ!?」

 魔王が、僕を睨んだ瞬間、電気が走った。

 これは魔王に運命を感じたのでは無く、なんらかの魔法のだろう……。

 

「しかしあのの両親を殺しただろう人物は、まだ生きてあのの他にもう一人残された白銀狐の祖父として後継人としてあのの前に現れる……。で、お前だ。どうする?」


「……僕は……彼女の左手を持って付き添います。その為に勇者の力が必要なら異世界へでも、喜んで向かいます」


 僕の正直な気持ちだが、無力な僕は今はその言葉しか紡ぎ出すことが出来ない。


「なら、その方法はどうする?」


「魔王様、お願いします」


「他人任せか……」

 彼は頬杖をついたまま、プイと顔を向こうにむけた。


「お前が、いきなり魔界に来ても、魔王城から出たら死ぬか、鳥に突かれながら修行するのがオチだ。しかも最悪な事にその鳥は天才肌なので、教わっても要領をえん。お前、が――とやって、そこをスパッとやるんだよ! で、わかるか?」


 僕は、そんな鳥のいる魔王城に、呆れ首を振るしか出来なかった。

 

「我もわからん……フィーナ位だろう、そんなの根気良く聞くのは……」


「魔王、フィーナさんに、そんな鳥近づけるのは、どうかと思います!」


「だが、フィーナの面倒をみたのは、その鳥だぞ?」


「魔王!? 彼女がガサツな女の子に、なってたらどう責任取るつもりだったんですか? 本当にもう、しっかりしてくださいよ」


 そう言って僕は、魔王のおにぎりを食べた。魔王のおにぎりも程よいかたさで、美味しかった。彼女は料理の腕は、魔王似なのかもしれない。


   続く

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