第6話 ある青年の思い出 陸

「御二人ともどうしたのです? こんな所で……」


 私達を最初に見つけた早朝の家事仕事をする為に起きて来たさやだった。


 さやは、泣いているフィーナを見て驚きや哀れみの表情を浮かべる。それと同時に、本家に入って日の浅いさやは、複雑な立場にある私についてどう扱えばいいのか持て余しているところが前々からあった、なので今日も当たり障りのない様に私の方は見ない様につとめている様だった。

 

「幸子様が来て……」


 次々溢れる涙が、彼女の言葉を遮る。そう伝えるだけで……精一杯になってしまう。


「フィーナ様……」


 さやも、幸子様が当主桂月さんの傍を離れるのは、だと言う事は知っている。なので……フィーナにかける言葉はみつからないのだろう。


 彼女に伝える言葉のみつけられなかったさやは、私の方を向きーー。


「フィーナ様をお願いします、私はこの事を他の方々にお伝えに行ってまいります」

 そう言うとその場を後にした。


「フィーナ……僕が幸子様に会った事は、誰に言っては駄目だよ」


「僕は今さっきここに来た、いいね」

 フィーナは小さくうなずいた。


 それからしばらくして……大人達がやって来てフィーナにあれこれ聞いていた。それからは幕がかかった様に世界はうつろになる、そんな中でも、僕は彼女の傍に出来るだけ離れないようにしていたのは覚えている。


 母がすべての事を取り仕切り、決して祖父を表の場に出さず徹底的に見えない場所へと席を設けていたもうけていた


 それから半日ほどして伯父達の遺体は、本家のすぐ近くの山の中で見つかった。


 山のがけ崩れに巻き込まれたのだろう……という誰も傷付かない解釈つけられて、その場は母がおさめた――。

 伯父と伯母の葬儀は、本家の大広間で喪主の母によって粛々しゅくしゅくり行われていった。





 最後の客にあの方が現れるまでは……。


 彼は、帰る人もまばらになった玄関前へ静かに、そして突然と表れた。

 魔王のヤーグ、金色こんじきの瞳の彼は、同じく金色こんじきの獅子のたてがみにも似た長い髪を1つに結び、我々と同じ喪服の着物を身に着けていてさえいて別の何かであった。額にある瞳の存在だけがを示しているのではなく、彼の身体に蠢く刺青いれずみに似た……それらの一つ一つが魔物としては弱いが弱い故に……発達した狐達の嗅覚感覚に痺れをにも似た危険信号を知らせてくるのだ。

 

 それ故に……突然現れた獅子に、我々は狐はただ見守る事しか出来ない。


 ――誰も死ぬことのない様にと……。

 

 100歳はゆうに生きていると言われている彼は白銀の一族とはそれなりに親交はあったようで、滞りとどこおりなく死者への弔いとむらいを済ます。


桂月けいげつの娘を連れて帰る、娘を世話をする為について来たい者がいれば連れて行くが誰か居るか?」

 そう言い放つた親族の席に居た私と彼の目が合った。


「お前は……」


「お前も一緒に行くなら用意をしなさい」


 そう彼が、憐れむような目で僕をみつめながら言った時、母の視線と私を腕を掴む向日葵の手そして私の肩を押し留め様とする幸子様の手が……私が彼に同行する事を阻んでいた。


「その手を……この子の事を思うならその手をはなしなさい」


 彼は諭す様言う。しかし――


「魔王様のお言葉ですが、一度に白銀の直系の者を、二人も連れて行かれたら私達はどうすればいいのですか?」


「湊だけでも」


「お願いです」


 弔問席の誰もが次々に魔王に向かって懇願をし始める。


 彼らは弱い狐だったが、彼らにしてみれば要だった当主を無くしたばかりで、白銀の直系を二人とも連れて行かれては、血統を守る上でも、商業を主体にするにも無駄な跡目争いを避ける為にも私と言う存在は都合が良いのだろう……。


「湊が残るなら、私も……」


 そう言ったフィーナの言葉を、長年本家に支えて来た老人が遮る。


「いけません、桂月けいげつの血を引くの貴方だけなのです……ですから!」


「私どもが迎えに参りますまで、魔王様の元で安全にお暮らし下さい……私たちの為に」


 そう言って老人はフィーナの手を握り訴えて、戸惑った彼女は私を見つめる……。私は痛い程、私の腕を掴んでいる、向日葵と幸子様の手を外し……。


「魔王ヤーグ様、お話は大変嬉しいものですが、私はここでやる事がございます」


「フィーナの事、宜しくお願いします」


「うむ、そうか……では、私は半時ほどで、発つたつとしょう」


 

「それまでにフィーナは準備をするように」


 それから慌ただしく出発の準備は進み半月の時間たった。彼女は、郵便屋が使う様な大きな革の鞄を持って、玄関前でみんなとの別れを惜しんでいた。私はそれを誰も居ない、2階の物置部屋の小窓から見ていた……。


 そして出発の間際、彼女も確かにこちらをみていた……魔王と共に霧がかき消される様に消えてしまうその時まで……。


 つづく

 

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