第3話 ある青年の思い出 参

 次の正月の集まりでは、去年独立した製薬部門の関係者も呼ばれ、大々的な集まりとなった。あまりの人数の多さに、子供達や女性、老人たちなどあまりお酒を嗜む事のない者たちは、奥の離れの方が居心地が良かろうと当主の計らいでそちらが解放された。僕やフィーナには、宴会場に席が設けられていたが、僕たちは断り離れで過ごしていた。


 賑わう宴会場から「「乾杯」」の声を合図に、料理の支度を終えた若い娘や若いお嫁さんなどが代わる代わるにやって来て、ご馳走に舌鼓をうち、おしゃべりの花を咲かせて調理場に帰って行った。

 子供達もいつもと違う栗きんとんやお寿司を我先に食べようとする声や、慣れない正月料理に不満を言う声やそれをたしなめる声のほかにも……。

 

「栗きんとんは、お金持ちなりますようにて事なのよ」


「へぇー」

 

「じゃー金粉かければもっとお金持ちになれるよねー?」

 

 など、話ている子もいて、いつもとは少し違う雰囲気を皆で楽しんでいた。

 若いお嫁さんたちも女性だけの正月に、いつもより話が弾んでいるような気がしていた。


 離れの食事にみんなが満足したであろう頃に、それぞれの親族の挨拶が始める。僕とフィーナが呼ばれると、僕達の後をついてまわる3つ年下の向日葵ひまわりも母屋についてきた。新年の挨拶として上座に向かう途中、みんなからお年玉を手渡される。子供達の中で歌が上手かったりする子などは挨拶の後、一曲歌い、小銭で別にご祝儀を貰う子もいたし、ご祝儀目当てに宴会芸をする子などは、年の暮れから宴会芸に磨きをかけ準備をしていたりしていた。

 

 新年の挨拶に呼ばれたお客様には、お菓子の袋が配られ。

 

「子供達に配ってあげてくださいね」

 と、お願いされていた。


 しかしさすがに、僕達の分のお年玉は用意されていたようで……。持ちきれなくなる前に、気の利く奥さんが紙袋を僕らに手渡すので、その一連の流れがおかしくて二人してくすくすと笑いながら、上座の前に立った。

 

 フィーナのその年の挨拶は、「お母さんに料理をもっと習いたいです」だったと思う。僕は無難な挨拶をしお辞儀をした。僕の挨拶が、終わると祖父のとてもよく通る商売人らしい声が聞こえてきた。

 

 「フィーナちゃんもみなとも来年15なるのだから、そろそろ二人の縁談を進める良い頃合いだと思うのだがどうだね? 桂月けいげつ君」

 

 その頃には良くも悪くも影響力のあった、祖父の言葉に桂月さんがどう返すが皆、固唾かたずを飲んで見守る。

 


 だが、次にあがった声は思いもしない人物からだった。

 

「だめだめ! 湊おにぃちゃんは私と結婚するの!」

 

 私達についてきた、向日葵がスカートの上の方を掴んで僕たちの方を見ていた。そんな向日葵ちゃんの横でいつも朗らかな向日葵ちゃんのお母さんが、とても硬いこわばる顔をして僕達の方を見ている。視線の先を追って振り返ると、祖父が目を大きく見開き、口元をへの字に曲げその下には縦に皺がよって、怒りを具現化した様な顔をしていた。私がこんな席でも怒りを隠しもしない祖父を悲しい気持ちで見つめる。

 

 桂月さんや他の何人かも様々な表情で祖父を見ていたように思う。その中に母も居て……とても悲しい顔で祖父を見ていた……。


「あの……私、この前覚えた正月の歌を歌いますね」

 フィーナは、突然そういうと、よく通る声で歌った。


 僕と手を結び、向日葵ちゃん親子、祖父、桂月さん、そして母、様々な人の顔を見て歌の最後に僕を見て笑った。

 みんなの笑顔の中、僕らは母屋を後にする。


「ありがとう」

 

「うん……」


 そうして僕らは離れの扉を開けた。


 つづく 

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