四章 初めての海

 夏になり照り付ける太陽が眩しい昼間。パン屋のドアを開けてある人が入っていた。


「いらっしゃいませ。あら、グラウィスさん?」


「こんにちは、ミラさん。ご両親が旅立っていかれてから一人でこのお店を切り盛りしていると聞いて様子を見に来ました」


入ってきたのはグラウィスでミラは久々に会う彼へと近寄る。


「そんな噂が貴族の間でも流行っているのかしら?」


「いえ、私がたまたま街の噂を聞いただけです。それよりも、ミラさん明日はお店がお休みの日だと伺いました」


変に広まっているのではないかと不安がる彼女を安心させるように笑いグラウィスが言う。


「えぇ、そうよ」


「それでしたら明日の早朝。お店の前で待っていて貰えませんか」


「? はい」


彼の話はよく分からなかったが断る理由もないのでミラは頷く。


「それでは今日は様子を見に来ただけですのでこれで失礼します」


「はい。……何だったのかしら?」


帰って行ってしまったグラウィスのいた場所を見詰め彼女は不思議に思い首を傾げた。


それから翌朝。言われたとおりに早起きして店の前で待つ。


「お昼にサンドウィッチを作っておいたけど、グラウィスさんのお口に合うかしら」


バスケットへと視線を落としながら呟いていると馬の蹄の音が聞こえて来た。


「え、えぇ?」


近付いてきた一つの高級な馬車に驚いているとそれはミラの前で止まり扉が開かれる。


「ミラさんお待たせしました。さぁ、乗ってください」


「グ、グラウィスさん? え、それじゃあこの馬車はグラウィスさんの?」


顔を覗かせたグラウィスの姿に混乱したまま言葉を零す。


「はい。私のというより父の馬車です。さあ、時間がありません。乗ってください」


「は、はい」


彼の言葉に慌てて馬車へと乗り込む。


初めての馬車に度肝を抜かれながら赤い絹布を被せた座席へと座る。


「あの、グラウィスさん一体何処へ向かっているの?」


「ふふ。着いたらきっと驚きますよ」


暫く居心地悪そうに黙っていたが目的地を聞いていない為不安そうに尋ねた。


それにグラウィスが小さく笑い答えになっていない言葉を伝える。


「いえ、そうじゃなくて……」


「ほら、もうすぐ街を出ますよ」


目的地を知りたいのだと言おうとした時馬車は街の外へと出て草原を走る。


草原を駆け抜けていたかと思うと次は森の中へと入り山を越え舗装された道へと向かって馬車は走っていく。


グラウィスがミラを気遣い時折休憩をはさんでくれていたので、馬車での旅でも疲れずに快適に過ごしていた。


「一体、何処に向かっているのよ」


「着いたら分かります」


既に日は高く上り真夏の太陽が照り付けているが馬車の中は案外涼しい。そんな空間で何度目かの質問をするがやはり答えては貰えずミラは溜息を吐き出す。


「ほら、ザールブルブ王国へ着きますよ」


「え?」


グラウィスの言葉で窓の外を見た彼女は初めて見る大きな街に瞳を輝かす。


「凄い、凄いわ。私ザールブルブ王国へは初めて来るの。あ、もしかして目的地ってここの事だったのね」


「いいえ。ここは通過点でしかありません」


「え?」


興奮するミラへと彼が首を振って答える。その言葉に彼女は拍子抜けして変な声を出す。


「ここじゃないなら、一体何処へ?」


「もう間もなく目的地に着きますよ」


そうこうしているうちに馬車は港の方へと向かいある場所で止まった。


「さあ、着きましたよ」


「わぁ~。素敵」


グラウィスに手を引かれ馬車を下りて見えてきた光景にミラは感嘆の声を漏らす。


「これが、海です」


「これが、この素敵な場所が海……」


磯の香りと寄せては返す波の音。白い砂浜。ミラはその全てに感動して目を奪われる。


「海の香りは如何して塩っぽいのかしら」


「海水には多くの塩分を含んでいるからですよ」


鼻から大きく息を吸い込み香りを楽しむ彼女へと彼がそう説明した。


「それじゃあ砂糖が沢山含まれていたら甘い海水なのかしら」


「ふふっ。ミラさんは面白い事を言いますね」


ミラの発想にグラウィスが優しく笑う。


「あ、そうだわ。お弁当を持ってきているの。この素敵な景色を楽しみながら食べましょう」


「はい」


バスケットの存在を思い出した彼女は言うと馬車の中から持ってくる。ヤシの木の木陰に座り込みサンドウィッチを食べた。


「海を眺めながら食べるサンドウィッチは美味しいです」


「良かった。グラウィスさんのお口に合わないかもってちょっと心配していたのよね」


サンドウィッチを食べた彼の言葉にミラは安堵して微笑む。


こうしてミラは初めての海を堪能したのであった。

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