八章 不思議なお客さんの来店

 秋も深まり肌寒くなって来たある日の事。パン屋さんの扉を開けて一人の男性が入って来た。


「いらっしゃいませ」


「成る程、噂に聞いた通り素敵なお店に、元気が良くて人当たりの良い娘さんだな」


笑顔で出迎えるミラへと男性が物腰穏やかな口調で話す。その不思議なお客にミラは魅了されてしまった。


「あら、貴方は初めて見る顔ね。観光か何かかしら」


「いや、この街で暮らしている。といっても一年前からだからまだ顔馴染みの者も少ないのだがな」


彼女の言葉に彼がゆるりと首を振って答える。


「そう。それにしても貴方とっても位が高い人みたいに感じるけれど、貴族の方かしら」


「貴族……とんでもない。俺は普通の民間人だよ」


ミラの言葉に男性が柔らかく微笑み答えた。


「ふ~ん。まぁいいわ。それで何をお買い求めかしら」


「そうだな。このメロンパンとブリオッシュ。それからフランスパンをお願いしたい」


納得した顔で彼女は頷くと尋ねる。それに彼が品物を見ながら選びお願いした。


「はい。毎度有り難う御座います。ねえ、私はミラ。貴方は?」


「俺の名前はロウだ」


何となくこのまま帰すのはもったいない感じがしたミラは尋ねる。それにロウと名乗った男性が微笑んだ。


「まぁ、ロウだなんて変な感じ」


「ん? そうかね」


名前を聞いてがっかりした顔で呟く彼女へと彼が不思議そうに首をかしげる。


「そうよ。もっと気品高く高貴な名前だと思っていたわ。親御さんは如何してロウだなんて名前を付けたのかしら」


「…………二つの意味がある。一つ目は未来を生きられなかった者達の命の重み。二つ目は犠牲の上に助けられた命の重み。その二つの十字架を背負って生きていくという意味が込められている名だから、だろうな」


ありえないといいたげに話すミラへとロウがどこか遠くを見つめて哀愁のある瞳で語った。


「学のある人の話は難しすぎてよく分からないわ?」


「ははっ。お嬢さんには難しすぎたかな。だがいつか私が言った言葉の意味が分かる日が来るよ」


しかしミラには難しい話だったようで変な顔をして困る。その様子に彼が盛大に笑い話した。


「そうかしら」


「あぁ。どんなに立派な名前を持っていたとしてもその人が悪いことをしていたら意味がない。人は見た目や名前ではないのだよ。本当の意味で名に恥じない生き方が出来ていなければ何の意味も持たない」


首をひねる彼女へとロウが力強く頷き語る。


「……」


「何時か、お嬢さんにも分かる日が来るよ」


話を聞いていたミラは引き込まれるようなその強い瞳の奥に宿る炎を見た気がして黙り込んだ。そんな彼女に気付いているのか分からないが彼がそう話して微笑む。


「それでは、私はこれで失礼する」


ロウが言うと店を出て行った。


「ミラ、さっきの男と何を話していたんだ? どんなに素敵な男の人だとしてもお父さんは結婚なんて認めないからな!」


「はい? そんな話はしてないわよ」


厨房から顔を覗かせたマックスの言葉にミラは呆れながら答える。


「あら、私はとても素敵な殿方だと思ったわよ。そうねこの前来た貴族のご夫婦と同じ様な気品のある気高い人のように見えたのだけれど」


「あ、そう言われてみれば確かに。どこかで感じた事のある雰囲気の人だなって思っていたけれどあの観光で来たご夫婦……特に旦那さんの方に似ていたんだわ」


ミランダの言葉に彼女も思い出したといった顔で納得した。


「確かに、雰囲気が似ていた気がするなぁ。ひょっとして親戚なのかもしれないね」


「だとするとあのご夫婦がこの街に観光に来たのもロウさんに会うためかもしれないわね」


父親の言葉にミラは仮説を唱える。


「ロウ? さっきの人の名前かしら。それにしては似合わない名前ね」


「そうだな。もっと素敵な名前の方がしっくりくる。例えばカイルとかな」


ミランダが首をかしげて言うとマックスも同意して話す。


「そうよね、私もそう思ったのよ。だけどなんだか難しい話になってね。えっと、二つの意味の十字架が如何のとかって」


「なんだそれは?」


彼女も頷きながら先程聞いた話を簡単に伝える。その言葉に父親が不思議そうな顔をして尋ねた。


「私もよく分からないの」


「あら、それじゃあまた買い物に来て頂けたときにでも詳しくお話を聞いてみるのもいいかもしれないわね」


「そうね。今度来たらお父さんとお母さんとも話をして貰えるように聞いてみるわ」


ミラの言葉に母親がそう言うと彼女も頷く。


「ミラ、どんなに素敵な男の人だったとしても、お父さん結婚なんて許さないからな」


「はいはい。貴方は少し黙ってて」


「あははっ」


またもやムキになるマックスへとミランダがそう言って黙らせる。相変わらずな両親の様子にミラは小さく笑った。


「それにしても、不思議な人だったわね。ロウさん……か。きっと色んな苦労をなさって来たからあんなにも説得力のある言葉をいえるのかもしれないわね」


数分前にロウが出て行った扉を見詰め微笑む。


「さあて、私もいつかロウさんのような素敵な大人になれるように、今は仕事を頑張りますかね」


腕を鳴らして意気込むと仕事に戻る。ミラがロウの言葉を理解し素敵な大人の女性になるのは遠い未来での話であった。


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 不思議なお客様の正体は追憶の誓い~時渡のペンダント~の第二章に登場したカイル国王です。フィアナたちの活躍により命を繋いだ彼は身分も家族も名前も何もかも捨てて何者でもないただの人間となり隣国コゥディル王国へとやってきました。そこで”ロウ”という名を名乗り細々と暮らしていたのです。「ロウ」この名前に聞き覚えのある人は追憶の誓いを全て読んでくださっていると思います。有り難う御座います。カイルは忘れていないんですね。彼の事を。だからこそ十字架を背負い生きていくと決心しました。生きられなかった彼の為に……。以上スペシャルゲストの回でした。

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