第22話 始まりの訪問者

探偵のジュリア・ジョンソンは、他人の記憶に入り込む能力を持つことで知られている。ニューヨーク市の片隅にある彼女の事務所は、古びたビルの一角にあり、その窓からは街の喧騒が遠くに感じられた。薄暗い照明と古い家具が配置された室内は、まるで時が止まったかのような静寂に包まれていた。


ジュリアはデスクに座り、依頼者からの手紙を読みながら、深いため息をついた。その時、ドアが静かに開き、若い女性が現れた。彼女は不安そうな表情を浮かべながら、ジュリアに向かって歩み寄った。


「ジュリア・ジョンソンさんですか?」女性は震える声で尋ねた。


「そうです。あなたは?」ジュリアは穏やかに答えた。


「エミリー・スミスと申します。兄の記憶を取り戻していただきたいのです」エミリーは涙を浮かべながら訴えた。


エミリーの話を聞き、ジュリアは依頼を引き受けることを決意した。ジョン・スミス、彼の兄は重大な記憶を失ってしまったという。ジュリアはエミリーから詳しい話を聞き、ジョンの記憶に入り込む準備を始めた。


「私の兄は事故で記憶を失いました。彼は何か重要なことを知っているようで、それが原因で記憶を消されたのではないかと思います」エミリーは悲痛な表情で語った。


ジュリアは静かに頷き、記憶に入り込むための道具を用意し始めた。彼女はジョンの写真を手に取り、彼の顔を見つめた。その瞬間、写真の中のジョンの目がまるで何かを訴えかけるように見えた。


「大丈夫、エミリー。私はあなたの兄を助けます」ジュリアは決意を込めて言った。


ジュリアはエミリーと共にジョンの居場所へ向かった。彼は病院の一室で静かに眠っていた。ジュリアはジョンの傍に座り、彼の手を握りしめた。その瞬間、彼女はジョンの記憶の中に引き込まれた。


初めての記憶の断片は、ジョンの幼少期のものだった。彼は家族と共に過ごす幸せな日々を思い出していた。母親の優しい笑顔、父親の強い腕に抱かれる安心感。ジュリアはその温かい光景に胸を打たれた。


次の記憶の断片は、ジョンが青年期に成長した頃のものだった。彼は友人たちと共に過ごし、恋人のリンダ・ブラウンと初めてのデートを楽しんでいた。彼らの笑い声が聞こえ、青春の甘酸っぱい思い出がよみがえった。


しかし、ジュリアは次第に記憶の中で不穏な兆候を感じ始めた。ジョンがある場所で何か重要なことを目撃した瞬間が断片的に現れた。それは、巨大な企業、インフィニティ・コーポレーションの不正行為に関わるものであった。


ジュリアはその記憶を辿り、ジョンが何か重大な秘密を知っていることに気づいた。しかし、彼が何を見たのか、その詳細はまだぼんやりとしていた。ジュリアはさらに深く記憶の中に入り込む決意をした。


最後の記憶の断片は、ジョンが事故に遭った瞬間だった。彼は車の中で何者かに追われ、激しい衝撃と共に意識を失った。その瞬間、ジュリアも強い衝撃を感じ、記憶の中から引き戻された。


「彼の記憶には、何か重要な手がかりが隠されている」ジュリアはエミリーに伝えた。「これからもっと深く調査を進めなければなりません」


エミリーは涙を拭いながら、感謝の言葉を述べた。「ジュリアさん、本当にありがとうございます。兄を助けてください」


ジュリアはエミリーの手を取り、力強く頷いた。「必ず、彼の記憶を取り戻してみせます」


その夜、ジュリアは自宅でジョンの記憶の断片を整理しながら、新たな計画を練り始めた。彼の記憶の中にある真実を明らかにするため、彼女はさらに深く、そして危険な迷宮へと足を踏み入れる準備を整えた。


ジュリアの心には決意とともに、かつて失った愛する人々の記憶がよみがえった。彼女自身の過去が、ジョンの記憶の中でどのように絡み合っているのか。その答えを見つけるために、彼女は全てを賭ける覚悟だった。


「待ってて、ジョン。必ず助け出してみせるから」


ジュリアはその言葉を胸に刻み、新たな一歩を踏み出した。彼女の前には、記憶の迷宮が広がっていた。

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