第2話 新生のはじまり

 村の中心に位置する教会で、俺は12歳の洗礼を受けていた。

 この世界では12歳になると神に与えられし天職の啓示を受ける。

 実際には無職ノージョブの人間がほとんどだ。

 天職を持って生まれた人間は、選ばれた民。

 その天職を選べば、大成功を約束されている。

 親たちは、自分の子に天職があることを心から願い、安くない祈祷代を支払って天職を見てもらっている。

 俺、カゲテル=サンダも親の期待を背中に受けながら、今まさに洗礼を受けている。

 牧師である友人サイラの父親ゴースさんが、呪文を唱え俺の頭上に水晶玉を捧げる。

 次の瞬間、膨大な記憶が頭の中に流れ込んできた。


 三田 景光という男の一生だ……


 その男の悲しい一生に比べれば、自分の一生が両親にも愛された満たされたものだと、心が張り裂けそうになった。俺は、いとも自然に、彼の一生と記憶を受け入れ、新たな人格を生み出していた。以前の細かい記憶は、薄れてしまったが、彼の思いは俺の中で生き続ける。

 これからは、彼の人生を共に歩もう。

 俺の心が、そう、決意していた。


「天職持ちですぞ!」


 教会内が騒がしくなる。

 どうやら俺の神託が終わり、天職を持っていることがわかったようだ。

 両親が俺を抱きしめてくれる。

 いつも気恥ずかしく払いのけてしまっていたが、そっと両親の背に手を回し、その温かさに身を委ねた。


「魔物使い……なるほど、一部の魔物を従えることができる職のようですね。力強い魔物に重いものを引かせたり、強力な魔物と共に冒険者になったり、素晴らしい力を発揮するでしょう!」


「良かったなぁカゲテル!」


「あんたは村の誇りだよ!」


 俺が天職持ちであることは村中の噂になった。

 俺の持つ力で、この片田舎の小さな村が豊かになる。

 村の誰もがそう考えていた。


 それから3年。


 俺は、村から追い出されるように、冒険者となった……


「何が魔物使いだ、犬っころ一匹使えないじゃないか!」


「スライム!? そんなもの連れてきて何のつもりだい!? あんた、あたしらが村でどれだけ肩身が狭い思いしてるかわかってんのかい!!」


「もう、やめてくれカゲテル、あてつけのようにスライムを増やして……父さんは、父さんはもう限界だ……」


 この3年間は、はっきり言って地獄だった。

 魔物使いとして、使役する動物、魔物、色んなものを試してみたが、何一つうまくいかなかった。

 気まぐれに行った使役、テイムが成功したのは、スライム。

 陰気な森で草花を食べている人畜無害な魔物、たまに踏んで足を滑らせて怪我することがある。

 何の意味もない魔物だ。

 なぜか、喜びに似た感情も生まれたが、きっとあまりに失敗していた俺の気の迷いだろう。

 それからも、一生懸命、時には危険な目に遭いながらもテイムを続けたが、スライムが数匹増えるだけだった。

 もしかしたら成長していけば力が強くなるのでは、と短剣片手に魔物と戦い、自分の成長を待ったが、またスライムが増えるだけだった。

 こうして、俺も、村人も確信した。


 俺の天職は、スライムを引き連れられるだけの役立たずだと……


「こんなことなら天職なんてなかったら良かったのに……」


 両親は、村の中で孤立してしまった。

 俺のせいだ。

 俺がもたらすはずの村への利益、それを勝手に期待した村人から非難される……


 俺のせいだ。


 こうして俺は、成人を迎えた15の朝に、誰に送られるわけでもなく、逃げるように村を後にした。

 ついてくるのは、6匹のスライム。

 うぞうぞ、ぺちゃぺちゃと俺の後をついてくる。


「……なんでかな、こんな目にあっても、お前らのことを恨む気にはなれないんだ……」


 それどころか、このペチャペチャという音を聞いているときだけが、俺の心を平穏にしてくれる。

 村を離れ、宛てもなく街道を歩き、日が暮れたので道脇の小川で今日の寝床を準備する。

 手荷物は少ない。

 薪拾い、薪割りなどで必死にお金を貯め、小さな短剣と背負い鞄、その中にはロープと木々の蔦を編んだゴザ、それといくつかの食器、旅をするためのいくつかの最低限の道具が入っている。

 それが俺の全財産だ。

 小川で水を汲み、木々を集めて火を起こす。

 干し肉をお湯に入れて戻し、その塩っ気のついたお湯と干し肉が今日の食事、そして、俺が持っている最後の食事だ。


「明日からは木の実でもなんでも探さないと、餓死だ……」


 スライムたちは近くの雑草の上に乗っかり、ゆっくりと溶かしながら吸収していく。


「いいなぁお前たちは、そこらじゅうがごちそうの山だな」


 スライムのきれいな半透明な緑色の身体を撫でる。

 なんとなく嬉しそうな感情が伝わってくる。

 テイムの効果だ。

 一応、ちゃんとした従魔って証拠だ。

 思わず抱きしめてしまう。

 ほんのり冷たくて、でも、俺の心は少し暖かくなる。

 こんな相棒でも、俺はひとりじゃないって思える。

 俺が飲み終わったコップをスライムが取り込んでいく。

 こうして汚れを食べてもらう。

 水で洗っても肉の油なんかはヌルヌルと残るが、この方法だときれいに落ちる。

 母親も、この機能だけは舌打ちをしながら手伝わせてくれた……

 母親のことを思い出すと、目頭が熱くなった。

 優しかった母親の記憶は、きつく当たる記憶で塗られてしまっている。

 父親も常に落ち込んで、俺が家族を壊したという罪悪感が、心に広がっていく。

 暖かな家族との生活を、アイツに味わわせるはずが、辛い現実を体験させてしまった……

 天啓の日から、彼のことをはっきりと思い出すことはない。

 俺の記憶と混ざり合い、別のものになったのだろう……

 俺なんかのもとに混ざってしまった彼にも、申し訳ないことをした……

 俺はさらにギュッとスライムを抱きしめた。


『……水に、つけて……』


 どうやらそのままうたた寝してしまった。

 何か、夢の中で語られたような気がする。

 周囲が暗くなっている。

 危なかった、薪を足して、朝まで火が絶えないようにする。


「水……? スライムを? お前たち、水に浸かりたい?」


 5匹のスライムからは拒絶の意思が伝わってきたが、一匹だけ、小川に近づいて、流れのゆるい場所にそのまま入って行く。

 火のついた木々で照らしてみると、どうやら水底の石についた苔を食べているようだ。

 どうやら美味しいらしく、喜びの感情が伝わる。


「なんか、美味しいらしいよ?」


 それでも他の5匹は水に入っていくことはなかった。


「ま、自由にさせておくか」


 おれは、ゴザを敷き、スライムを枕に眠りにつく。

 まだ夏の気配が残る今はこれでいいが、これから寒くなっていく。

 早くなんとかしないと……

 オレの心は不安で占められていたが、疲労にまぶたが抵抗を止めて、眠りに落ちていった……

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