スライムテイマーの異世界ライフ
穴の空いた靴下
第1話 今生の終わり
ぺちゃぺちゃぺちゃ……
ぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃ……
ぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃ……
「はぁ……」
ぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃ……
俺のため息になんの反応も見せず、そいつらはぺちゃぺちゃと部屋をうろついている。
一応ここは魔王の部屋、俺の自室のはずだが……
見渡す限り、そいつらで溢れている。
「ま、自分でやったんだけど……我ながら馬鹿だよなぁ……」
目の前の個体が、分裂した。
ぺちゃぺちゃ音が増えていく……
俺は、魔王。
もちろん魔王じゃない。
何言ってるかって?
ロールプレイングだよ、今俺がプレイしているゲームのキャラが魔王なんだ。
ヴァーチャルリアリティゲーム、『ワールドクリエイター』。
ヘッドセットをつけるだけで、まるでゲームの世界に入り込んだような没入感でプレイできる大人気ゲーム、その人気コンテンツぶっちぎりを走っているのがこのゲームだ。
様々な世界の一住人となって生きることを楽しむゲーム。
多くの人と同時接続で楽しんでもいいし、今の俺みたいに自分だけの世界を作って楽しんでも良い。
その多彩な遊び方と、膨大なコンテンツ、まるで生きているようなNPC、またたく間に世界中を支配した。
そしてこのゲームの最大の謎、製作者が不明なんだ。
制作会社は株式会社レインボー、このゲームを作るまではMMORPGをただ長く続けているだけの会社という評判だったが、突然WCワールドクリエイターの発表に世界は揺れ動かされた。
プラットフォームとして革新的なそのシステムを、なぜかレインボーは無償で他者に提供している。
本当に謎だらけなんだが……レインボー社は、俺にとって命の恩人だ。
「ま、今は関係ない。さて、このスライム地獄……適当な冒険者来ないかなぁ……」
今俺がプレイしているのは、典型的な中世ヨーロッパファンタジーランダム設定の魔王プレイ。
と言っても、世間一般のイメージである魔王とは程遠い。
ド辺境の地下に籠もって、魔物生成しながら魔王軍を作り上げていく……はずだったんだけど……
最弱モンスターであるスライムを、どこまで増やせるのかなんてくだらないことに夢中になってしまって、外敵から守りながら必死こいて魔力を与えて増殖させていた。
いまでは我らの軍勢と戦える存在はいない、数は暴力だとはっきりわかるんだよなぁ……
はじめは緑色一色だったが、突然変異の繰り返しによって、様々な色が部屋一面に広がっている。
同じ色でまとまりがちなので、一つの作品みたいにも見えてくる。
「思わずボケーッと見てたら、収集がつかなくなってしまった」
コンソールを呼び出して現状を把握する。
表示される魔王城は領土内すべてが、うごめく光点で満たされている。
我ながら酷い……
スライム 58万
火スライム 18万
水スライム 12万
風スライム 19万
土スライム 28万
光スライム 1万
闇スライム 5万
毒スライム 3万
巨大スライム 1万
スライム犬 2000
スライムナイト 500
それ以下もなんとかスライムだとかスライムなんとかが大量に表示されている……
「スライム系だけでもどんだけいるんだろ? いろんなもん食わせてみてるけど、もう新しいのは出来ないのかな……?」
内部時間で8万年くらい経過している。
この世界のNPCはいろんなパターンがあるんだけど、今回はたぶん外部からの刺激がないと、現状を維持し続けるタイプなんだと思う。
相変わらず農耕や狩猟を行って慎ましく過ごしている。
なんか、世界征服とかどうでも良くなって、とにかくスライムの品種改良ばかりを行ってきた……
「俺が作れる魔物はすべて食わしてみたから……あとはなんだろう……」
疫病が流行りそうな時に可哀想だが原因の人間を食ったり、ドラゴンを狩りに行ったり、エンドコンテンツダンジョンで天使や神とも闘ったなぁ……
ダンジョンすべてをスライムで埋め尽くして食べただけなんだけど、あれは面白かった……
スライムたちと世界中を旅して、あらゆる物は取り込み済みだ。
正直やることもなくなっている。
人間を滅ぼすつもりもないし……
何をするでもなく、相変わらずスライムは増えていく……
なんとなく、増えていくスライムを見たり、増えた数字を見ることが、一番心地いい。
様々なシチュエーションでこのゲームを思いっきり遊び倒してきた俺は、有る種の境地に至っていた。
しかし、そんな穏やかな時間は、突然壊される。
ビービー!!
突然真っ赤な文字が目の前に表示された。
こんなこと8万年一度もなかった……
【深刻な健康的問題が生じました!!すぐにゲームを終了してください!】
その表示に、俺は驚くことはなかった。
「ああ……とうとう、来たか……」
この世とお別れする今更だけど、俺は魔王ではなく、ちょっと特殊な青年だ。
名を三田 景光。
戦国武将が好きな父がつけてくれた名前だけど、残念ながら俺は戦国武将のように強靭な肉体は持っていない。
むしろ、生きることで精一杯の身体になってしまった。
父と母、それに妹の命を奪った交通事故、その唯一の生存者が俺だ。
その事故の影響で、瞳を多少動かせる以外、一切の行動ができなくなった。
一生植物人間、俺の意識があるから正しくは違うのかもしれないけど、俺の人生は、病院の集中治療室で終えるはずだった。
しかし、レインボー社の協力で、俺は自らの意志を他者に伝えることもできるし、ゲームの世界で自由自在に生きることが出来た。
俺の膨大なプレイ時間の理由は、そんなところにある。
ただ、俺の身体に与えられたダメージは現在の医療レベルではどうしようもなく、だんだんと死に向かって進んでいくしか無い。
脳は元気いっぱいだが、それ以外の臓器はボロボロだ。
「ま、死ぬ直前までこうしてゲームで遊んでいられたなら……いいかな……」
突然ゲーム内での意識が薄くなる。
きっと現実世界では俺の蘇生処置、と言ってもマッサージをすれば心臓は裂けるだろうし、薬とかを使ってるんだろう……皆にお礼を言えなかったけど、本当にありがとうございました。
レインボー社には感謝してもしきれない、生まれ変わったら、レインボー社の社畜にでもなんでもなります。ありがとうございました。
……こうして、俺の人生は終わりを迎えた。
俺は見ることは出来なかったが、画面には非常事態を告げるアラートと、別の表示がされていた。
【魔王】を取り込み、魔王スライムが生まれました。
すべてのスライムを生み出した為に、【スライムマスター】の称号を得ました。
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