終末世界のハルモニア

猫墨海月

Prologue

十年前のことだったかな。

ある村が魔物の群れに襲われていたから、助けたんだ。

そこで一人の少年と出会った。

彼は『勇者』になりたいらしい。

魔王を倒して、世界を救う本当の勇者になりたいらしい。

どうしてそんな言い回しをするのか、私には理解できなかったけど。

純粋な目で語る彼に伝えたんだ。

「それじゃあ、君が私に一撃入れることが出来たら、私もその旅に同行してあげる」

私の言葉に嬉しそうにしながら、少年は宣言した。

絶対に史上最高の勇者になってみせるって。

そこからまあ、十年たったのが今なわけだけど。

人間の成長は著しいんだよね。

たった十年しか経っていないのに、生活水準は前の五倍くらいになってる。

どうしてそんなに急いで進歩していくのかわからない。

けど、それが人間の習性だと理解しているから気にならない。

エルフと人間の感覚が違うことなんて、

ずっと前にわかってたことだから。


◇◇◇


「魔女様!どうか俺たちのパーティに入ってください!!」

誰もが恐れ慄くであろう空中庭園で。

また、私に頭を下げる者が現れた。

後ろに侍らすのは無数の美少女。

見るからに戦闘力の無さそうな彼女達だったが、

”自称”勇者パーティに入れているのは何故なのか。

その理由は単純。

『勇者さま』が転生者だから、だろう。

思わず溜息をつく。

どうしてこう、『勇者さま』は自信家が多いの?

私が誘いを断ることなどない、と言わんばかりの表情で全員が頭を下げるのだから。

嫌になる。

「…申し訳ないんだけど、私は勇者パーティの魔法使いにはならないよ」

沈黙。

顔を上げた『勇者さま』は酷く落胆している…

訳でもなく。

「っち…なんで原作通りにいかないんだよ…」

とか何とか、呟いた。

”原作”が何かはわからない。

けれど、彼はどうやら夢を見ていたみたい。

そういうお客さんには丁重にお帰り頂いてるから、

ね。

手を後ろに回す。

美少女の一人―恐らく魔導士の一端―が、それに気が付き声を上げる。

「勇者様…!!あの魔法使いは…!!!」

その声の終を聞く前に、

私の家は平穏を取り戻した。

一瞬の光ももう消えている。

「花に水やりをしないと」

穏やかになった庭園を見渡す。

少し離れた場所に立つ一軒家。

庭園への道にある白色のアーチ。

涼しげな噴水の側に置かれたテーブルには、

形の違うイスが3つ。

やっぱりここは私には少し広すぎる。

なんて、今更か。

寄ってきた鳥に餌付けして。

指を鳴らして身支度をして、

今日が約束の日だったことを思い出したから、

私は家を後にした。


◇◇◇


「…あっ!来てくれたんだね!」

ぱっと顔を輝かせる少年。

その笑顔はいつまで経っても色褪せない。

「いつぶりだっけ…大きくなったね」

「まあ、明日で18になるし…そりゃあね」

「そっか」

他愛ない雑談。

その中にも、時の流れを感じさせるものがあって。

人間は時の流れに敏感なんだな、と思った。

―そんな人間の血が流れているあの子も、きっと。

時間を大切に過ごしているんだろうな。

あの子には…この世界を元に戻せたら、会えるだろうか?

なんて…願うだけの夢を抱えて。

今は目の前の少年と向き合う。

「…じゃあ、始めよっか」

私の視線を察した彼がそう言った。

私はそれに頷き…魔法を放った。

轟音と共に風が吹く。

疾風の刃が彼を襲う。

「相変わらず…殺意高いねっ!!!」

声を合図に、思いっきり屈んだ。

頭の上を凶器が通り抜ける感覚がする。

その銀の光を見て、

危機一髪、か。なんて。

休む暇なく、

音を立て浮かび上がる魔法陣。

直後、水の矢が彼を穿つ。

―はずが、

「よそ見しちゃダメだよ」

背後から無機質な音が響いた。

魔法の障壁は、びくともしない。

振り返ると、

真剣な眼差しが私を貫いている。

…これは、本気出さなきゃな。

地面を蹴る。

景色が流れる中、

食らいついてくる彼。

正面に魔法陣を展開する。

微弱な火の粉が舞い――

―やがてそれは竜巻になる。

【焔の竜巻】

熱が辺りを包み込んだ。

それを感じ、

「…浮遊魔法」

と、小さく呟き、空へ飛ぶ。

竜巻の影に隠れながら、

次の魔法の発動準備をする。

その刹那、竜巻が揺らいだ。

時間が迫っている。

形を保てなくなる前に、次を。

【結晶蓮華】

硝子の音。

空気まで壊しそうなそれは、

私達の叡智の結晶。

それが未だ姿の見えぬ彼に襲いかかる。

その直後、竜巻が止み。

無数の結晶花が姿を現す。

地面に降りると、

半透明な壁の奥に、

彼の姿が見えた―気がした。

「…いない」

しかしそれも過去の事。

既に姿を消していた彼は、

あろうことか私の頭上に。

そして、

翳す手には剣が。

早く。

防御、いや、回避を…!!


ドスッ


鈍い音が響く。

刺さった剣は、

私の服を貫いていた。

…もし、遅れてたら。

なんて考える暇もなく、

私は魔法を発動する。

【水晶の迷宮】

「なっ……!!」

少し卑怯な手かもしれない。

が、

彼の為だから。

水晶が地面から突出する。

無造作に並んだ水晶は、

次第に迷宮へと変貌する。

そこに完全に囚われてしまう前に、

転送魔法を使った。

「これで決着はついたかな」

外から見た迷宮は、やはり綺麗だった。

久しぶりに使ったこの魔法は、

私の所持する魔法の中でもトップレベルに美しい。

そして突破も困難を極める。

突破方法は制限時間内に迷宮を抜けるか、

水晶でできた迷宮を粉々に破壊するか。

一見破壊する方が簡単に思えるかもしれない。

だけど、この水晶は普通じゃない。

何故なら、私の魔法が『精霊魔法』だから。

通常よりも遥かに硬度の高い水晶。

破壊するのはあの子には無理だ。

迷宮の突破なんて以ての外。

きっと時間が終わったら負けを認めるだろう。

「ああ、そういえば…回復魔法の準備をしないと」

棒を手に取り、魔法陣を描き始める。

どれだけ負傷するかわからないから、

最大の回復魔法を――

「…魔力が揺らいだ?」

手を止める。

…まさか、ね。

あるわけない。

そう思いつつ迷宮へと視線をやる。

確かにそれは、傷一つ無い。

…よね?

確かめようと一歩踏み出した時。


―破砕音。


耳を劈くようなそれは、

目の前の光景を現実たらしめた。

粒子となった”それ”は、

夕陽を反射し輝いている。

「ああ、そっか」

君はもう、子供じゃないんだね。

棒を投げ出し走り出す。

破られると思っていなかった。

から、

なんの用意もしていない。

咄嗟に魔法を発動する。

詠唱なしで上級魔法が使えてよかった。

そうじゃなきゃ、

彼に突破される。

「ちょ…魔法使いすぎじゃ…!?」

「よそ見してると危ないよ?」

「ああもう…!!!」

君は規格外すぎる。

そう叫びながらも、

あなたちゃんと避けれてるじゃん。

まあそれも何時まで続くかな。

手を翳し、

数多の魔法陣を展開する。

魔法の美しさからは離れてしまうが、

今は仕方がないだろう。

「皆、お願いね」

私の呟きを合図に、

魔法が発動する。

四元素の力が周囲を満たし、

魔法の一斉射撃が始まった。

水、水、風、炎。

無造作に来る魔法に戸惑う彼。

迷宮を突破した彼なら、或いは。

なんて思ったけど。

さっき私を貫けなかった彼を思い出す。

…もし本当に強者ならば、

回避する間もなく刺されていただろう。

いや、間違いなく彼は強い。

分かっているけれど、

さっきの一瞬の戸惑いが付き纏うなら…

きっと何処かで死んでしまうから。

手に力を込める。

「加速して」

同時に魔力を解放した。

先程より大きい魔法陣が展開される。

大丈夫。

怪我したら、ちゃんと治してあげるから。

「…全力でおいで」

「!!!」

私の言葉に目を見開く彼。

沈みかけの太陽が、その横顔を照らしてた。


◇◇◇


本来、上級の魔法というのは、強い代わりに発動までの時間が長い。

だがその欠点を無くしたのが私の魔法だ。

魔法陣の展開から発動までが短すぎるから、

普通の人間では視認すらできず終わるだろう。

何なら、魔法使いでも認識できない。

…だというのに。

目の前の彼は、

傷一つない…とは言えないものの、

軽症程度で済んでいる。

何故?

――疾いから。

今まで見てきたどの人間より、疾いから。

いや、疾いだけじゃない。

動きが正確なんだ。

見つけた魔法の隙間を、確実に避けていっている。

それに…

避けられない魔法を、切ってる。

もはや脳筋。

だけど段々とその剣先が近づいてきているのを感じる。

こんなに戦えてたっけ。

…いや、

前に戦った時はこんなんじゃなかった。

「っ……」

目の前が眩む。

魔力切れが近いのだろうか。

それとも、同時に魔法を使いすぎた?

なんでもいい。

ひとまず、体制を立て直し……

「――!?」

だめ、追いつかなっ……


「…チェックメイト、かな?」


首の横から感じる殺意。

どうやら、認めるのは私の方みたい。


「…そうみたい、ね」


その言葉を皮切りに、空気が柔くなる。

彼は剣を下ろし、私は魔法陣を消す。

そして、

「うわぁぁぁ……」

「はぁぁぁぁ……」

二人同時に崩れ落ちた。

あまりにも長い戦いだった。

今までの比じゃないくらい、ね。

魔力の消耗も凄かったし、

体力だってもうない。

「でも、これで……」

顔を上げた彼。

その期待に満ちた目は、

かつての記憶と一致する。

「……うん、約束だから」

その記憶に応えるように、

私も力強く頷いた。


ゴーン


何処からか、十二時を告げる鐘が鳴る。

「僕は絶対に、『本物の勇者』になってみせるさ」

月明かりに照らされた顔は、

もうすっかり大人だった。

…私が此処まで誘いを断ってきたのは、

この顔を見るためだったのかな。

そう思えるくらいに、

彼は心強かった。

何故なら、そう。

転生勇者が蔓延る世界で、

その少年は私に宣言した。

『本物の勇者』になってみせると。

どんな発言も『不敬』になってしまうこの世界で、

『勇者さま』を否定した。

なら私もそれに応えるのが筋でしょう。

「…よろしくね。未来の勇者様」

『原初の魔法使い』が、必ず貴方を護ってあげる。

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