第4話 跡継ぎ


「う……?」


 俺のぼんやりとした視界と意識が、徐々に正常さを取り戻していく。


 ……どうやらそこは、小屋の中のようだった。俺はベッド上に横たわっている。


 ここはどこにある小屋なんだ……? 少なくとも屋敷の中ではない。まったく見覚えのない場所だ。


 六畳ほどの狭くも広くもない部屋。


 自分がいるベッドに加え、タンス、椅子、テーブル、暖炉等、綺麗に清掃や整頓がされており、生活感に満ち溢れていた。


 そういえば、兄のダリックと姉のエリーズが俺に面白いものを見せてやると言っていた。


 それが、決して良い意味ではないのはわかっている。


 ということは、まさか……俺はライバル貴族グレゴリスの手の者に捕まって、その家にいる可能性もあるってことか。


 考えたくないことだが、最悪の状況も想定しないといけない。


 ここは兄姉の手の者の家で、面白いものっていうのが拷問の類の恐れも十分にある。

 現状だと俺は縛られてるわけでもなく自由に行動できるが、だからといって油断はできない。


 一旦安心させておいて、そこから落として俺の反応を楽しもうっていう考えかもしれない。一刻も早くここから逃げ出さなければ……。


「ぐぐっ……」


 俺は痛みを堪えながらも上体を起こす。


「お坊ちゃま、いけませんぞ。まだ治療中の身ゆえ、無理をしてはなりませぬ」


「あ……」


 誰かが小屋へ入ってきたと思ったら、執事のモラッドだった。


「爺じゃないか……一体どうなってるんだ? ここはどこなんだ……?」


「ご安心ください。ここは隠れ家でございます」


「隠れ家だと?」


「はい。屋敷前でお坊ちゃまが倒れているところを発見し、山の隠れ家まで連れてきた所存でございます。以前より、何かあったときのためにと用意していたものです」


「そうだったのだな……」


「……スラン様、それよりもお守りすることができず、本当に申し訳ございません……」


 モラッドが深々とひざまずくのを俺は慌てて制止する。


「おいおい、やめろって。モラッドは多忙なんだから仕方がない。それに、俺だってまさか兄姉からやられるなんて夢にも思わなかったんだから」


「いえ、もっと警戒するべきでした。まさか、既に内通していたとは……」


「そういえば、兄姉は準男爵として身の安全を保障されたって言ってたな」


「なるほど。やはり、疑ってこのような隠れ家を密かに用意しておいて正解でございました」


「ああ、確かにそうだな。他に変わったことはないか?」


「それが、兄姉がこの領地を譲ると宣言したことで、いずれはグレゴリス男爵家の領兵が草の根を分けてでも我々を捕まえに来る予定だとか」


「くっ……。もうそこまでやつらの計画は進行してたんだな……って、そうだ。父は?」


「……大変、申し辛いのですが、スラン様が意識を失っている間、既に旅立たれました……」


「なっ……」


 俺は衝撃のあまり、しばらく言葉が出てこなかった。


「しかも、ベルク様が亡くなった日は、ちょうど奥方様の命日だったのです……」


「……」


 これが運命の悪戯というやつか。


「ここにベルク様からの遺言状がございます。もし自分が亡くなったら、スラン様に読ませてほしいと承っていたものです。当然ながら、わたくしめはまだ拝見しておりません」


「おお……」


 モラッドが懐からおもむろに取り出した書状を俺は受け取る。


 この日付は……ちょうど俺がスキルを受け取るために王都に出発したときじゃないか。


「よし、内容を声に出して読んでみる」


「はっ」


「三男のスランは心根が優しく、芯がとてもしっかりしており、シードランド男爵家の家督を継ぐに相応しい。必ずやこの領地を守り切るであろう。スランが獲得したスキルがなんであろうとこの意思に変わりはない。ゆえに、モラッドはスランを命がけで守り抜くのだ」


「ベルク様……」


 モラッドは伏せた目を赤くしていた。






 ◆◇◆






 俺はモラッドに対し、とある頼みごとをした。


 彼に体を支えられつつ、山中にある父の墓を参ることになったんだ。


 その隣には母の墓もある。


 この山というのは、母が【植物スキル】で豊かにした山だ。


 母の命日には必ずここへ来ていたものだ。


 兄姉も知らない場所だ。あいつらは実母とともに、妾という立場の母とその息子の俺を見下していたからな。兄姉の実母はというと、ライバル貴族と不倫してさっさといなくなったが。


 それにしても、偶然にしてはできすぎている。まさか、母の命日に父が亡くなるとは。


 もしかしたら、父がそれまで耐えた可能性もあるな。


 数時間ほど歩いて、ようやく母の墓が見えてきた。


「あ、あれは……」


 そこまで着き、両親に祈ろうとしたとき、衝撃的な光景が飛び込んできた。


 ここからは、父と母との思い出の砂浜が見えるわけだが、そこに、防壁が作られようとしていたのだ。


 こんなことができるような金はうちにはない。


「……つまり、あれか。既にグレゴリス男爵の手の者が作業に取りかかっていたということか」


「はい、おそらくそうかと。既に領地におり、兄姉の息がかかった者たちの仕業でしょう」


「うぬう……」


 砂浜に防壁を作れば、海辺から来るモンスターや海賊をシャットダウンできる。


 兄姉が俺に面白いものを見せたいと言っていたのはこれだったのか。


 確かにこの方法であれば、連中にとっては何もかも上手くいく。長らく俺の領地を狙っていたのも納得だ。上手く考えたものだと感心させられた。


 だが、その一方で大切な思い出を踏みにじられたようで、腸が煮えくり返る思いだった。


 グレゴリス男爵家に対してもそうだが、寝返った準男爵の兄ダリックと姉エリーズにも思い知らせてやらねば。絶対に連中の思い通りにさせるものか。


 スキルを貰った直後から生じる、使用禁止期間の三日間は既に過ぎているので、怪我が治ってからは思う存分その性能を試すことが可能になる。


 また、ユニークスキルを貰ったことで一時期は塞ぎ込んでいたが、気持ちの切り替えも済んでいる。


【スライド】スキルには、俺が知らないだけで相手を滑らせること以外に、もっと違う効果もあるのかもしれないって。


 見方を変えれば、母のユニークスキル【植物】のように、世界で一つしかないスキルなんだ。


 そう考えると、無限の可能性があるように思えてくる。


「……」


 俺はモラッドとともに、防壁が作られようとしている砂浜をしばらく見つめていた。


 必ずや、あいつらからこの領地を守り切ってみせる。モンスターや海賊からも。


 兄姉にも、寝返ったことを後悔させてみせる。


 だから、父さん、母さん、どこかで俺たちのことを見守っていてほしい……。

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