サポフル・オーレ!

リセル

第1話 転んで呼び寄せた出会い

 学食の窓際の席に一人座って、唐揚げ定食を胃に詰め込んでいく。ここの定食はどれも美味しいらしいが、俺には味なんてわからない。大学デビュー失敗により。

 事の発端は大学の入学式。式が終わって新入生が退場する際、一番後ろの席にいた俺はパイプ椅子に足を取られて、みんなの前で盛大に転んだのだ。周囲にいた新入生や教授まで駆け寄ったが幸運にも、というか不運にも、とにかく俺は無傷だった。頭を打って意識を飛ばしたいほど恥ずかしかった。

 これだけでは大学デビュー失敗とはならない。そこで終わらないのが俺だ。大学デビューを諦めきれず、翌日始まった少人数の授業で自己紹介をする際「入学式で早くもすっ転んだ転落人生の篠沢しのざわいたるでっす! よろしくお願いしまーす!」と言ったところ、見事に白けて気まずい空気が漂った。これが陽気な元気キャラの発言だったらウケたかもしれない。しかし俺は地味なオタクキャラだ。そもそも恥ずかしいなら黙っていればいいものを、自分で無理にキャラを作ってネタにしてしまった。地味キャラが元気キャラのふりをする無理矢理さと痛々しさもあってか、盛大にスベって二倍恥ずかしくなった。完全にやっちまった。

 それ以降、恥ずかしさにより誰にも話しかけられず、気が付けば孤立していた。高校卒業の際に立てた「楽しい大学生活を送る」という目標は早くも頓挫しようとしている。

 唐揚げ定食を胃に詰め込み終えた俺は、食器を片付けて学食を後にし、次の講義がある大講義室へ向かう。途中に通った中庭では、楽しいキャンパスライフを送る学生達がお弁当を広げて談笑していた。何という劣等感と敗北感。

 大講義室に着くとまだ時間が早いからか、人はまばらだった。一人で本を読んでいる学生。わいわいと話に花を咲かせている女子グループ。一番後ろの席では一組の男女が肩を寄せ合って――これ以上見ていると死にたくなるのでやめよう。

 友達がいなくともせめて勉学だけはきちんとしようと思っているので、入り口近くの一番前の席に座る。そして今日の朝「どうせ今日も暇なんだろうな」と思ってカバンに入れてきた雑誌を広げる。俺が応援しているサッカークラブ「フォレザン花峰はなみね」の月刊誌だ。選手のインタビューや試合の分析、選手の素顔が垣間見られるミニコーナーなど、フォレザン花峰の情報なら何でも載っている。

 フォレザン花峰は地元のクラブだが、俺の友人知人でサポーターをしている人は一人もいない。皆「フォレザンって弱いんでしょ?」と言って、半ば見下している。一応国内トップリーグのJ1にいるんだけどな。

 今までそういう人しか俺の周りにはいなかったので、大学でもフォレザン花峰を応援している同志がいることは期待していない。雑誌を読むのはただの暇つぶし。それだけだ。

 ページを広げて、ゴールキーパーの笹岡選手のロングインタビューを読む。寡黙だが熱い気持ちを持つ笹岡選手の人柄が、言葉の端々ににじみ出ている。さすが俺達の守護神――。

 その時、すぐ近くで「あっ」という声が聞こえた。直後、鈍い音と床に物が落ちる派手な音がほぼ同時に耳に飛び込んでくる。雑誌から視線を移すと、目の前で女子生徒がうつ伏せで倒れていた。周囲には女子生徒の私物が散乱している。

「大丈夫か!?」

 俺が席から身を乗り出すと、女子生徒はむくりと起き上がった。自分でも何が起きたのか分からない様子で目を白黒させている。

「怪我、無いか?」

 おそるおそる聞くと、女子生徒と目が合った。気弱そうな垂れ目。髪はゆるい三つ編みのおさげで、服装は灰色のパーカーにジーパンとかなり地味だ。

「い、今、何を読んでいたんですか?」

 女子生徒からの不意打ちの質問に、俺は思わず「は?」と間抜けな声を出す。今、それを聞くか? しかし倒れて混乱している最中さなかだと思うので「フォレザン花峰の雑誌だけど……」と一応答えた。

 それを聞いた女子生徒はあまりピンときていない様子だったが「サッカー……ですよね?」と確認してきた。高校時代「フォレザンって美味しいの?」と聞いてきたクラスメートよりはいい反応だ。

「サッカーだよ」

「サッカー見るんですか?」

「ああ。週末は必ず見るよ。ホームゲームは欠かさず行くし」

「ホームゲーム?」

「県内でやる試合のことだよ」

「なるほど……」

 俺がそう答えた後、女子生徒との間にしばし沈黙が流れる。どうすりゃいいんだ。何なんだこれ。すると女子生徒は意を決したように顔をぐいっと俺に近づけ、小声でこう言った。

「今、私が転んだことは内緒にしてくださいっ! これ以上鈍臭どんくさい姿を広められたら私……っ! お願いします! 何でもしますからっ!」

 いや、君が講義室の一番前で派手に転んだ姿は、この講義室にいる全員が見ていただろうけど。声として出かかったその言葉は、女子生徒があまりに必死の形相だったので喉の奥へと押し込んだ。

 年頃の女の子が異性に「何でもしますから」と言うのはかなり危なっかしい。しかも顔を近づけられて俺が身体を仰け反っても、女子生徒はぐいぐい接近してくる。少しでも動けば顔同士が触れてしまいそうだ。それに加えてこの子、狙ってこんなことをやっているわけではないようだ。無垢というか、アホの子というか。とにかく彼女の目は真剣そのものだった。

 俺は何だか楽しくなってしまい、女子生徒の反応を楽しんでみようと、こう切り出してみた。

「何でも……してくれるのか?」

「はい! 何でもします!」

 女子生徒は即答する。

「じゃあ週末、俺とサッカー観に行くか?」

「喜んでっ!」

 またも即答。この子、大丈夫か。女子生徒の反応を見ようと切り出してみたが、食いつきが良すぎて引き下がれなくなってしまった。そして柄にもなくカッコつけてこんなことを言ってしまった自分自身が猛烈に恥ずかしくなった。女子生徒の真剣な目を再度見ると、反応を楽しもうとした自分の行為に罪悪感すら覚える。

「お、おう。じゃあ詳しい予定はメッセージで送るからID教えてくれ」

「はいっ!」

 お互いスマートフォンでメッセージアプリのIDを交換すると、画面に「今宮梓乃」と表示された。メッセージアプリに初めて女の子の名前が表示され、にわかに胸が高鳴る。

「あずの、です! よろしくお願いします! あ、あなたは……!」

 自身のスマートフォンの画面を見た彼女は、無邪気に目を輝かせながらこう言った。

「転落人生の篠沢至さんですね! 仲間です!」

 頼むから俺の心の傷を広げないでくれ。

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