第41話 VSリオン(6)

 ドラゴシュが地を蹴る。リオンが地を蹴る。どちらもほとんど同時だった。

 

 斜陽によって黄金に輝きつつある空を、ドラゴシュに乗ったバルドルと、リオンが駆けのぼっていく。上へ、上へ、と。

 

 竜騎士が乗った竜と飛術士が戦う場合、飛術士は相手の上方から襲いかかろうとするのが常道である。優位高度から攻撃し、まず竜騎士を仕留めて竜の能力を低下させるほうが効率的だからだ。主を失った竜は、竜騎士の騎竜術による能力増幅がなくなる。なおかつ、戦術的行動もできない一頭の獣と化す。そうなってから竜を倒すほうが楽なのは明白だ。

 

 よって、まず飛術士は、上方、または側面か後ろから竜騎士を狙う。そうはさせじと、竜騎士も竜を上方へ飛ばす。

 

 バルドルとリオンが急上昇しているのはそのためだ。

 

 相手より高度に行く。両者、あたかも天空を目指すかのごとく空を駆け上がる。高く、高く。

 

 メートルにして、高度三十、五十、百。ここまでは双方違わぬ速度。

 

 高度二百、三百。徐々に差がでてきた。

 

 高度四百、五百。開きがでた。

 

 まず相手より高度をとったのは――リオンだった。ありえない、という思いがバルドルの胸中をかすめた。

 

 ドラゴシュの飛行速度は、バルドルが見知っている竜の中で十指に入る。さらにバルドルの騎竜術によって速さが増しているのだ。相手が優秀な飛術士であっても、通常ならとっくにドラゴシュが上方に占位し、攻撃を加えているところだ。


(今、僕の目の前にいる人間は、優秀どころのレベルじゃないっていうことか)

 

 そう感じながらも、バルドルは冷静さを失ってはいなかった。

 

 リオンが剣を構え、襲いかかってくる。

 

 が、リオンは完全に真上をとれたわけではなく、その攻撃はバルドルの斜め上からだった。上昇速度に充分な差がなかったからだ。どうにかドラゴシュは迎撃の構えをとれた。

 

 リオンが剣で光芒を描きながら飛来してくる。その方向へ、ドラゴシュは首を弓なりに伸ばして口を向ける。

 

 刹那――。

 

 竜のあぎとが開き、灼熱の炎が吐き出された。

 

 リオンの視界が黄に染まる。彼は横に跳ね飛んで炎をかわした。ダメージを食らってはいない。

 

 その後、リオンは間合いをとった。炎を多少なりとも恐れたのだろう。さしものリオンでも、ドラゴシュの炎に直撃すれば、飛術で治癒する余裕もなく焼け死ぬ可能性が大きい。

 

 現在、両者は同じ高度、横距離四十メートルを置いて旋回している。相手の後ろをとるために、互いにぐるぐると円を描くように回っているのだ。

 

 別段、バルドルのほうは三百六十度どこからでもリオンに襲いかかっていいのだが、リオンのほうはそうもいかない。馬鹿のように真正面から突撃したら、ドラゴシュの口から炎を浴びるのは目に見えている。

 

 やはり上、横、後ろのどこかから攻撃せねばならない、とリオンは考えているだろう。今、彼はバルドルを後方から攻めるべく、旋回しつつ間合いを詰めようとしていた。

 

 まだ空中戦は序盤だが、現時点で、リオンが容易ならざる相手だとバルドルは確信していた。

 

 素早く旋回しながらの間合いの詰め方。ドラゴシュの炎をかわした反射速度。先に高度をとった飛行能力。

 

 優れているなどという水準ではない。通常、竜が相手の場合、飛術士は四、五人以上のチーム一体となって戦うものだ。単身で竜と互角に渡り合える時点で、言い方は悪いが化物の領域に達している。

 

 ブリタニア軍の中で、竜を一人で倒したことがある者は、生者に限定すれば、三人のみと言われている。ディアナの異母兄ライナス王子、ゴールドファイン公レナード、そしてリオン・ドラゴンベイン。

 

 三人とも飛術士であるが、レナード公は別の魔道も持っているし、ライナスも別の何かを秘めているのかもしれない。

 

 だが、リオンは飛術のみである。それで、屠った竜の数が他の二人と比べて何倍にものぼる。“ラーザの六大竜”を一頭だけとはいえ、倒したことがあるのもリオンだけだ。ゆえに、殺竜者ドラゴンベインという二つ名を彼が独占しているのだ。

 

 そのドラゴンベインが勝負をしかけた。

 

 互いに相手の後ろをとろうと旋回していたとき――。

 

 転瞬。

 

 リオンが尋常ならざる加速を発揮した。風を裂き、うなりが生じる。一気にドラゴシュの後方に移動した。“氷刃”を閃かせ、背後に迫る。

 

 三十メートル――二十――十――双方の距離が詰まっていく。

 

 ……しかし、この極限状況にありながらバルドルは冷静だった。

 

 ラーザの王子は、竜騎士としての才を開花させようとしている。

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