第38話 VSリオン(3)
リオンの姿をディアナは視認し――戦慄した。
縦隊を組んだ八百騎の真ん中にいるディアナの位置から、リオンは百メートル以上先にいた。だが、彼女の優れた視力なら、彼の顔をとらえることができた。
あの怪物は三回ほど側面から襲いかかっただけで、部隊前方の兵たちを混乱の極に陥れたのである。
その光景を遠望したディアナの体から血の気が引いた。
攻撃後、リオンは宙に浮揚し、ランカスター部隊を俯瞰している。まるで天空から下界を見下ろしているかのように。まるで猛禽類が地上の獲物を観察しているかのように。
彼が同じ国の英雄として味方だった頃は頼もしさがあるだけだった。過去に会って話したときは、ただ寡黙で淡々とした性格の人間という感じだった。しかし、こうして敵として直面すると、深い戦慄を禁じえなかった。
とはいえ、リオンの攻撃で損害がでたのは部隊の前方だけで、それより後方の兵たちはまだ無事だ。
ディアナの横にいる総指揮官ハリスが状況を立て直そうと、指示を飛ばす。
「弓兵、かまえ!」
ハリスの号令を受け、目標であるリオンの射程範囲にいる弓兵たちが弓に矢をつがえる。
「放て!」
高度二十メートルに浮かぶリオンに向かって、幾十もの矢が飛来する。
(リオンならかわせる……!)
ディアナはそう思ったが、実際にはかわされることすらなかった。
リオンは長剣を縦横に走らせ、飛んできた矢をすべてはらい落とした――超人的な剣術で。
それは、ただ矢をよけるよりも兵たちの士気を喪失させた。
あれとどう戦うつもりなのか、とディアナがハリスに目を向けると、その表情には凄絶な決意が表れていた。
「殿下、ご心配なさらず」
ディアナの視線に気づくと、ハリスは力強い声で言った。
「あの猛禽めは私が仕留めてご覧にいれます」
「ハリ――」
ディアナが止める間もなく、飛術士であるハリスは馬から飛び立った。
ハリスは一気に加速し、リオンめがけて空中を突き進む。
(速い!)
ディアナも驚嘆するほどハリスの飛行速度は速かった。疾風のごとく飛びながらハリスは剣を抜く。リオンの超長剣“
互いの距離が三十メートルほどまで縮まったとき、空中で停止していたリオンがハリスのほうへ動いた。
リオンが宙を駆ける。
その飛行は、一瞬で爆発的な加速を見せた。――想像を絶するほどの速さ。
ディアナの背筋がぞくりとした。
リオンとハリスの距離が一瞬でつまる。両者、真正面から相対した。
瞬間――。
剣と剣が激突し、ハリスの剣が折れた。
実力が違いすぎたのだ。ハリスの飛行と剣を疾風のような勢いだと表現するならば、リオンのそれは暴風だった。
半瞬後、リオンは剣を反転させ、ハリスの体を腹から肩まで斬り上げた。――鎧ごと斬り裂いていた。
両断されたハリスが落ちていく。そして、地面に墜落した彼が起き上がってくることはなかった。
ランカスター兵たちの精神的均衡が打ちくだかれた瞬間だった。
彼らの半数は混乱してざわめきはじめた。残りの半数があからさまに動揺しなかったのは賞賛に値するが、その者たちの顔も血の気が失せていた。無理もない。この部隊の隊長であり、ランカスター最強とも言われていたハリスがいともたやすく敗れたのだから。
ディアナの心も打ちくだかれはじめていた。彼女のために戦ってくれたハリスの死によって胸がえぐられるように痛む。
リオンに対して激しい怒りを感じ、
「化物めっ……」
と、ディアナにしては珍しく口汚い言葉を吐いた。
その化物は、そら恐ろしいほどの無表情をしていた。ハリスを討ち取れたことは彼からすれば当然の結果だったのだ。
そして――リオンはディアナに視線を向けた。まだ距離はあっても、エメラルドの瞳と氷の瞳は確かに交錯した。
恐怖がディアナの体中を侵食する。リオンの目的はディアナを捕らえるか殺すか。兵士たちがディアナに馬を寄せて彼女の周囲をかためた。
リオンは、まずディアナの前面の兵たちを削っていこうと考えたのだろう。部隊の前方と中央の間あたりに飛び込んだ。飛び込みざま、急降下の斬撃を一騎に食らわせる。
その一騎はむろん斬殺されたが、リオンが降りたところは兵が密集している。勇気を奮い立たせたランカスター兵たちが一斉に襲いかかった。三百六十度から複数の刃がリオンに向かってきらめく。
だが、“氷刃”が剣の風車と化して、迫りくる刃を完全にはじき返した。続けざま、リオンは竜巻のごとく長剣を横に回転させ、兵たちを斬り飛ばす。
ハリスと同じく鎧ごと斬られた者もいた。リオンは飛術によって剣を強化しているのだ。
飛行能力など、竜の力を人間が体現できるようにするのが飛術。それで発揮できるのは飛ぶ能力だけではない。竜が爪や鱗を硬化させるのと同様、一部の飛術士は剣の硬質性と鋭さを高めることもできるのだ。その能力がおそらく大陸随一であろうリオンが、人の背丈と同じほどの長剣“氷刃”を振り回せば、人間を鎧ごと両断するのは造作もない。
“氷刃”は対竜用の武器としてリオンが愛用しているのだが、対人用として使った場合のほうが、その殺傷能力はおそろしいものになる。
すさまじい速度で飛び、“氷刃”という鉤爪で敵をえぐり倒す。――もはやリオンは、凶竜を人間の形として具現化した存在なのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます