第37話 VSリオン(2)

 リオン・ドラゴンベイン。

 

 もともとはブリタニアの片田舎の農民にすぎなかった彼が、王弟リカードの部下になった経緯は異例だった。

 

 リオンは十三歳の折に父を亡くし、それからは姉のクリスティと二人きりで暮らしていた。母は彼が生まれてすぐに他界しており、母親代わりとなってくれたクリスティに深い敬意と愛情を抱いていた。

 

 父を亡くしても三年間は平穏に過ぎた。貧しいながらも、愛しい姉との静かな生活にリオンは幸福を覚えていた。

 

 その頃から彼は異常な能力に目覚めつつあったが、力を抑え、クリスティや周囲にはそれを告げずにいた。この能力が世間に知られて、自分が誰かに利用されるのを恐れたからだ。リオンは何にも巻き込まれず、姉と平穏に暮らしたかったのだ。


 しかし、運命がそれを許さなかった。

 

 リオンが十六歳のとき、クリスティがさらわれる事件が起きた。

 拉致をたくらんだのは、姉弟の暮らす地方を治める貴族だった。その貴族ヴァーノン男爵は、偶然見かけたクリスティの非常な美貌に目をつけた。己のみだらな欲望の餌食にしようと考えたのだ。もともと、肉欲と専横が服を着て歩いているような男で、悪評の高い貴族だった。

 

 ヴァーノンは部下に命じ、クリスティの住む村で彼女をさらった。このとき、リオンは近くの山まで狩猟に出かけていた。戻った彼は、クリスティが連れ去られる場面を目撃した村民から、その話を聞いた。さらったのがヴァーノンで、この男爵の城まで、クリスティは連れて行かれたのだろうということだった。それを聞いた瞬間、リオンの魔的なエネルギーが奔流のごとく溢れ出した。

 

 怪物の誕生である。

 

 単身リオンは、ヴァーノン男爵の城まで飛行した。城に侵入した怪物は、ヴァーノンの兵士たちを斬って斬って斬りまくった。

 

 ヴァーノンはクリスティと寝室にいた。そこにリオンが入ったとき、クリスティは襲われる前で無事だった。必死の形相で命乞いをするヴァーノンをリオンは八つ裂きにした――原形をとどめないほどに。

 

 その後、逃亡を余儀なくされたリオンとクリスティは、時をそれほどおかず、ブリタニア軍の精鋭部隊に捕まってしまう。天才飛術士であっても、この時点ではまだ完全に覚醒していなかったし、ヴァーノンの城で力を使い過ぎていたのである。

 

 リオンは王弟たるリカードの前に連れて行かれた。

 リカードはしばらく判断に迷った。目の前の少年は、男爵の城で、二十七人の負傷者と六人の死者を出していた。死者の一人ヴァーノンはそれなりの有力者。事情を斟酌しても、通常ならばリオンの死罪は免れない。しかし、


「小僧、リオンと申したか。わしに仕えよ。兵士となって戦場で武勲をたてるのだ。さすれば、わしの権限によって赦免してやろう」

 

 リカードは、少年がいずれ大陸に名を馳せる勇者になると予見したのである。

 

 自分の力が誰かに利用される。リオンが危惧していたことだが、この状況では断りようがない。それにリカードは、武勲しだいでは莫大な褒賞金を与えると約束した。つまり、姉に裕福な暮らしをさせることができるのだ。

 

 リオンと王弟の主従関係が成立した。利用してやる。互いにそんな思惑を秘めながら。

 

 リオンは最初の三ヶ月で並の戦士では到底ありえないほどの戦果をあげた。

 

 十七歳で、王弟リカードの側近に抜擢された。この若さでは異例である。

 

 十八で、ラーザの竜騎士が乗る竜を単身で討ち取った。その年、殺竜者ドラゴンベインという二つ名が広がりはじめる。

 

 十九で、爵位と領地を得た。

 

 二十歳を超えた頃には、ブリタニアにおいて、半ば伝説的な存在になっていた。

 

 現在の年齢は二十三歳。飛術士として剣士として、当代最強と称されるまでになったのである。

 

 だが、戦場で屍を築くにつれて、彼の人間性は損なわれていったのかもしれない。姉への愛情は変わっていないが、それ以外の他者には無感情になりつつあった。


 

 ……そのリオンが今、ランカスター兵たちの――ディアナ王女の前に、敵となって出現したのである。

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