第15話
三人は林の空き地に移動した。
ヘクターは降伏して膝をついていた。武器を奪われたあげく、異常な戦闘能力を備えた男に注視されており、後ろには竜が控えている。抵抗する気力などあろうはずもない。
「それで、やはりエドワード伯爵はリカードの側についたのね?」
ディアナがヘクターに問いかけた。
「……はい」
「エドワードは私を捜索するために、フェルウッドじゅうにくまなく兵を出しているの?」
「領内の巡回兵を普段より多めに出している程度です」
「それでも、その者たちも私を見たら捕まえる気でいるのよね」
ヘクターは気まずそうに「まあ、ええ……」とだけ答えた。
「この付近には、あなたたち以外に見回ってる兵はいるの?」
「いえ、このあたりにいるのは私たちだけかと」
「なるほどね」
ディアナの質問に対して、ヘクターが正直に答えているというのは、時渡りで見た光景によっても裏付けがとれている。念の為に尋ねたという意味合いもあった。
フェルウッドがリカードに味方したことに腹立たしさは感じるものの、この近くに探索の兵がいないことにディアナはとりあえず安心した。
それにしても、ヘクターをどうすべきかと彼女は思案するはめになった 。
と、そこへ。
「どうやら、嘘は言ってなさそうだな。他に吐かせることはあるのか?」
バルドルが話に介入してきた。
王子の雰囲気が一変したことも、彼女は気になっていた。先ほどの戦闘からである。ナイーブだった印象が消え失せ、泰然たる様子が表情や話し方に表れてきたのだ。
「いえ、聞くことはもう特に……」
すると、バルドルの瞳にあやしい輝きがよぎった。
「そうか。なら」
バルドルは剣を抜いた。
それを見たディアナが、
「やめて!」
と、叫ぼうとしたが間に合わず。
刹那の速さで放たれた刺突は、ヘクターの額に食い込んだ。剣が抜かれ、額から真紅の花が咲く。ヘクターの体は、がくりとくずおれた。
突如として行われた殺人。驚愕のあまり、ディアナの全身に衝撃が走った。
「な、なぜ……殺したの……?」
「というと? 殺したらまずかったのか?」
ディアナは信じられない思いでバルドルを凝視する。その王子の表情たるや、驚くほど平然としている。
「今のヘクターは武器も持ってなくて降参していたのよ! なのに彼に弁解の機会も与えず、いきなり命を絶つなんて……」
「状況を考えたうえで、殺したんだ。生かしておけば、俺たちを見つけたとフェルウッドの仲間に急報するのは目に見えていた。そしたら追っ手がやってきて、俺たちの捕まる危険性がぐっと大きくなる」
バルドルはまくしたてている感じではなく、淡々と事実を述べているという印象だった。そのせいで冷淡にさえ感じられる。
「だからって、簡単に人を殺すべきじゃない。ヘクターの処置について、私に考えるゆとりをくれてたらよかったのよ」
「結局、他にどうしようもなかったはずだ。ドラゴシュに乗って遠くまで移動するのは、お前が落ちるおそれがある以上は難しいからな。お前をかかえて俺の能力で飛ぶという手段にも限界がある。追捕の兵と大きな距離をあけられないのだから、この男は始末するほかなかったんだ。第一、俺を斬るよう言っていた男に、情けをかけてやる必要がどこにあるんだ?」
今や――バルドルの変化は明らかだった。その声は理知的で洗練された音調に変わっているが、話しぶりから温かみが消えていた。それに、こんな冷然たる発言をする人間でもなかったはずだ。今の彼からは、前のような繊細で優しげな人柄が感じられない。どころか、別人にすら思える。
この変化はディアナに良い印象をもたらさなかった。
「私のこと、お前って呼ばないで」
ディアナはぴしゃりと言った。
それに対してバルドルは唇をゆがめて、ふっと笑ったのみ。笑い方すら変化している。
「ねえ……急にどうしちゃったの? さっきからあなたらしくないわ」
「俺の何を知ってる? 知り合って間もないだろう。誕生祝いの日を含めて累計しても、せいぜい二日程度の付き合いだ」
誕生祝いの日と言われて思い出した。
(そういえば、あの日も途中から人が変わったようになってたわ……)
試合を終えたバルドルと少しだけ話したことを思い出した。そのときも、試合前とはどこか違う印象はあったのだ。
「ひとまず、この楽しいお話はあとにして先に進まないか? ドラゴシュがいるし、人目にふれないとも限らないからな」
とりあえず、ディアナはうなずくほかなかった。
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