天才竜騎士の王子は、敵国の王女と恋に落ちる

@darupoyo

第1話

 出会ってはならない少女に出会ってしまった。

 

 僕がそう思ったのは、自己紹介をされて、その少女が何者なのかを知ったからだ。


「私はブリタニア国第一王女ディアナです。どうぞ、お見知りおきのほどを」

 

 そう言って、少女――ディアナ王女は自己紹介をしたのだった。明るい笑みをたたえて。

 

 だが、僕は名乗り返すことができなかった。――僕が誰なのかを知れば、王女の友好的な笑顔は、すぐさま消え失せてしまうだろうから。あるいは、敵対心を帯びた表情に取って代わるおそれすらある。


「会場に戻らなくていいんですか? みんな、ディアナ殿下を待っているんじゃ……」

 

 僕は自己紹介もせず、質問をするだけになってしまった。一国の王女に対しては無礼だろう。しかし彼女は気にした様子もなく答えてくれた。


「ああ、いいのですよ。戻っても儀礼的な会話の洪水で窒息しそうになるだけですから」

 

 今日はディアナ王女の十七の誕生日である。その祝宴がここブリタニア王宮にて盛大に催されていた。会場である大広間に隣接する庭園に今、二人は立っている。僕が庭園に一人でたたずんでいたら、つい先ほどディアナ王女が供回りも連れずに現れたのである。


「……そうですか」 

 

 僕は自分でもたまにおそろしくなるほど口下手なため、そんな返答しかできなかった。

 

 わずかな沈黙が流れたからか、王女が庭園の花のほうへ視線をめぐらせたので、僕は彼女の姿をつい見つめてしまう。その美貌と、精彩に満ちた存在感とに改めて息を呑んだ。

 

 銀色がかった黄金の髪は豪奢であり、エメラルド色の瞳は美しいだけでなく、知性的な輝きすら放っている。しなやかに引き締まった体を淡い金色のドレスが包みこんでおり、陽光を受けた彼女は光を帯びているかのようだ。

 

 くしくも、僕は王女と同じ十七歳である。しかし、彼女のほうが大人びて見え、そして少し気が強そうでもある。僕が誰であるか気づいたら、その端整な顔に敵意を閃かせるのだろうか。

 

 が、やはりまだ気がついていないようで、気さくな表情をこちらに向けた。


「あなたは会場に行かないのですか。なぜ、一人でここにいたのです?」


「あそこには、いづらくて……」

 

 僕が辛気くさい返事をしたにもかかわらず、王女は気品のただよう笑みを浮かべた。その笑顔だけで人をとりこにできるだろう。


「ここだけの話、主役の私も居心地が悪いのです。もちろん、皆の祝ってくれる気持ちはありがたいけれど、ラーザ王国との戦が終わったばかりで、こんな宴を開いてる場合ではないんじゃないかしら、とも思ってしまいます。まあ、長きにわたる戦いが終わったからこそなのかもしれないけど……」

 

 陽気なディアナ王女の顔に一瞬だけ憂いの影がよぎった。ブリタニア対ラーザの戦争に思いをはせたのだろうか。


「ラーザが憎いですか? その王族のことも」

 

 思わず、僕はそんなことを尋ねてしまった。


「……そうね。親しい武将や騎士がたくさん殺されたもの。今はラーザと休戦協定を結んだとはいえ、私の兄の命を奪ったラーザの第一王子ヴラドには特に厭わしさを感じます」

 

 彼女の兄――ブリタニアの王子ロアンは、戦場でヴラドに討ち取られたと僕も聞いている。


「厭わしいといっても、ヴラドには会ったこともないのですけどね。もちろん、顔を見たいとも思わないけれど。――ただ、休戦協定を保証するための人質としてブリタニアに差し出された、ラーザのバルドル王子とは、いずれ私もはじめて顔を合わせることになります」


「え、ああ……」


「バルドルは第二王子。彼の父王と兄王子ヴラドが亡くなり、彼がラーザ王になるというのもありえないことではない。そして縁起でもないけど我が父上が崩御なされば、第一王女の私がブリタニア王になります。今は両国とも休戦協定を結んでるけど、情勢がかわれば、またいつ敵国同士になっても不思議じゃない」

 

 ディアナ王女の大きな瞳に凜然とした光が宿った。


「つまり、バルドル王子は将来、私にとって一番の敵になりうる。だから、どんな男か見定めてやろうと思っているの。――といっても、その王子は取るに足らない男でしょうけどね。気弱でひ弱で戦場には一度も出たことのない臆病者らしいから」


「…………」


「ああ、初対面の人にこんな話をしてごめんなさいね。さっき、お付き合いでお酒を少し飲んだものだから、それで熱くなって……ところで、あなたのお名前をまだ――」

 

 そのとき、誰かが二人に近づいてきた。


「ディアナ、ここにいたのか」


「父上」

 

 ブリタニア国王レイモンドだった。長身で肩幅が広く痩身。眉目は鋭く整っているが、心労ゆえか額に深い皺が刻まれていた。この年、四十三歳である。


「勝手に会場から抜け出しよって。おかげで主役がおらぬとちょっとした騒ぎになっておるぞ」

 

 ふと、僕のほうに目を向けたレイモンドの顔に驚きの表情が浮かぶ。


「王子殿下もいらしたのか。まだ一人で出歩くのはご遠慮願いたいですな」


「王子殿下……?」

 

 ディアナがきょとんとした。

 沈黙ののち、ばつの悪そうな顔でディアナ王女は僕に名を問うた。

 

 僕は目をふせながら小さな声で答えた。


「……ラーザ王国第二王子バルドルです」

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